表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

第18話「社長令嬢ではなく交渉人として」

翌日、私は製造部のフロアにいた。


工場の視察——それが、山田部長が課した最初の研修だった。


白衣を着て、ヘルメットをかぶり、製造ラインを歩く。


機械の音が、耳に響く。


従業員たちが、黙々と作業をしている。


「こちらが、最終検査ラインです」


山田部長が、説明してくれる。


「一つ一つ、人の目で確認します」


「機械では、できないんですか?」


「できますが——」


山田は、作業している従業員を見た。


「人の目には、機械にはない感覚があります。微妙な色の違い、わずかな歪み——それを見つけられるのは、熟練の職人だけです」


私は、作業を見つめた。


一つの製品を、何度も何度も確認する。


その丁寧さ。


その真剣さ。


これが——水瀬コーポレーションの品質を支えている。


「山田部長」


「はい」


「もし、この会社が買収されたら——」


私は、山田を見た。


「この人たちは、どうなりますか?」


山田の表情が、曇った。


「……おそらく、大幅なリストラです」


「全員?」


「いえ。でも——多くの人が、職を失うでしょう」


山田は、製造ラインを見た。


「買収する側は、効率を求めます。人件費を削減し、利益を最大化する」


「それが——企業買収の目的」


「ええ。だから——」


山田は、私を見た。


「水瀬さん、この会社を守ってください」


その目は、真剣だった。


「私たちには、あなたしかいません」


午後、私は営業部にいた。


田中部長が、取引先との交渉術を教えてくれている。


「交渉で大切なのは、相手の立場を理解することです」


田中は、ホワイトボードに図を描いた。


「自分の利益だけを押し付けても、相手は動きません」


「相手の利益も考える、ということですか?」


「そうです。Win-Winの関係を作る」


田中は、私を見た。


「それが、長期的な信頼関係に繋がります」


私は、メモを取った。


交渉——。


それは、これからの戦いで必要になるスキルだ。


その時、田中のスマホが鳴った。


「失礼します」


田中は、電話に出た。


数秒後、彼の表情が変わった。


「わかりました。すぐに向かいます」


通話を切り、田中は私を見た。


「水瀬さん、来客です」


「来客?」


「グローバル・キャピタルの代表——黒崎氏が、社長に面会を求めています」


私の心臓が、激しく鼓動した。


黒崎——。


もう、来たのか。


「私も、同席します」


「しかし——」


「大丈夫です。取締役として、同席する権利があります」


私は、立ち上がった。


田中は、少し躊躇したが、頷いた。


「わかりました」


応接室に入ると、すでに父が座っていた。


そして、その向かいには——。


黒崎がいた。


写真で見たよりも、実物の方が威圧感がある。


鋭い目つき。


整えられたスーツ。


計算されたような微笑み。


「これは、お嬢様ですか?」


黒崎は、私を見た。


「ええ。娘の莉央です」


父が、私を紹介した。


「先日、取締役に就任しました」


「取締役——」


黒崎は、私をじっと見た。


「噂は聞いていますよ。桐生グループとの戦いで、見事な手腕を発揮されたとか」


「お褒めいただき、恐縮です」


私は、冷静に答えた。


でも、心の中では警戒していた。


この男は——危険だ。


「それで、黒崎さん」


父が、口を開いた。


「本日のご用件は?」


「単刀直入に申し上げます」


黒崎は、書類を取り出した。


「水瀬コーポレーションを、買収させていただきたい」


応接室が、静まり返った。


やはり——来た。


「買収?」


父の声は、冷静だった。


「ええ。現在の株価の三倍で、全株式を買い取らせていただきます」


黒崎は、書類を父の前に置いた。


「従業員の雇用も、一定期間は保証します」


「一定期間——とは?」


私が、口を挟んだ。


黒崎は、私を見た。


「二年間です」


「その後は?」


「その後は——状況次第です」


黒崎は、微笑んだ。


でも、その笑顔には温かみがなかった。


「つまり、二年後にはリストラする可能性がある、ということですね」


私は、はっきりと言った。


黒崎の笑顔が、一瞬固まった。


「……鋭いですね」


「事実を述べただけです」


私は、黒崎を見つめた。


「グローバル・キャピタルは、買収後に大幅なリストラを行うことで有名です」


「よくご存知で」


「調べました」


黒崎は、少し表情を変えた。


でも、すぐに元の冷静な顔に戻る。


「確かに、効率化は行います。それが、企業を成長させる方法ですから」


「成長——」


私は、書類を見た。


「従業員を切り捨てることが、成長ですか?」


「感傷的になっても、ビジネスは成立しません」


黒崎は、前に身を乗り出した。


「水瀬さん、あなたは若い。理想を持つのは素晴らしいことです」


「理想?」


「でも、現実を見てください」


黒崎は、窓の外を指した。


「今の時代、企業は常に変化しなければ生き残れません。従業員を守りたい気持ちはわかりますが——」


「それで会社が潰れたら、元も子もありません」


私は、黒崎の言葉を引き取った。


「そう言いたいんですね」


「その通りです」


黒崎は、微笑んだ。


「賢い方だ」


私は、父を見た。


父は、黙って私を見ている。


私に、任せるということだろう。


「黒崎さん」


「はい」


「お断りします」


黒崎の笑顔が、消えた。


「お断り——ですか?」


「はい。この会社は、売りません」


私は、立ち上がった。


「水瀬コーポレーションは、従業員とともに成長してきた会社です」


私は、窓の外を見た。


製造部で見た、あの従業員たちの顔が浮かぶ。


「彼らを切り捨てるような買収には、応じられません」


黒崎は、しばらく私を見つめていた。


そして——笑った。


「面白い」


「面白い?」


「あなた、本当に面白い方だ」


黒崎は、立ち上がった。


「桐生グループとの戦いでも、感情に流されず戦った。でも今は、感情で判断している」


「感情——」


「従業員を守りたい。それは、感情です」


黒崎は、私に近づいた。


「でも、それが悪いとは言いません。むしろ——」


黒崎は、私の目を見た。


「それが、あなたの強さなのかもしれない」


私は、一歩も引かなかった。


「お引き取りください」


「わかりました」


黒崎は、書類をまとめた。


「でも——」


ドアの前で、彼は振り返った。


「この提案は、いつでも有効です」


「必要ありません」


「そうですか」


黒崎は、最後に微笑んだ。


「では、また別の形でお会いしましょう」


その言葉に、背筋が寒くなった。


別の形——。


それは、敵対的買収を意味している。


黒崎が去った後、父が口を開いた。


「莉央」


「はい」


「よくやった」


父は、立ち上がった。


「お前の判断は、正しい」


「でも——黒崎は、諦めないでしょう」


「ああ。だから——」


父は、窓の外を見た。


「戦う準備をしなければならない」


その日の夕方、私は柊のオフィスにいた。


「黒崎が、直接来たのか」


柊は、驚いた顔をした。


「はい。買収提案を持って」


「それで?」


「断りました」


柊は、頷いた。


「当然だ。あの男の提案に乗れば、会社は骨抜きにされる」


柊は、パソコンを開いた。


「黒崎について、もっと調べる必要がある」


「お願いします」


私は、コーヒーを飲んだ。


でも——頭の中は、黒崎の言葉でいっぱいだった。


『また別の形でお会いしましょう』


その言葉が、ずっと引っかかっている。


「水瀬さん」


柊が、画面を見せた。


「これを見てください」


画面には、グローバル・キャピタルの買収実績が表示されていた。


過去五年間で、十五社。


そのすべてが——。


「買収後、三年以内に事業縮小またはリストラ」


私は、画面を見つめた。


「これが——黒崎のやり方」


「ああ。彼は、企業を成長させるのではなく——」


柊は、厳しい表情で言った。


「利益を搾り取って、捨てる」


私の胸が、怒りで熱くなった。


でも——感情的になってはいけない。


今、必要なのは——冷静な戦略。


「柊さん」


「なんだ?」


「私たちに、勝算はありますか?」


柊は、少し考えた。


そして、答えた。


「ある。ただし——」


「ただし?」


「株主を味方につける必要がある」


柊は、別の資料を見せた。


「今、水瀬コーポレーションの株主構成は——」


画面には、円グラフが表示されていた。


「水瀬家:40%、機関投資家:30%、個人投資家:30%」


「つまり——」


「水瀬家だけでは、過半数に届かない」


柊は、私を見た。


「黒崎が株を買い占めれば、経営権を奪われる可能性がある」


私は、息を呑んだ。


「どうすれば——」


「株主を説得する。水瀬コーポレーションの将来性を示し、株を手放さないよう説得する」


「それは——私の役目ですか?」


「そうだ」


柊は、立ち上がった。


「君は、もう社長令嬢じゃない」


「じゃあ——何ですか?」


「交渉人だ」


柊は、私の肩に手を置いた。


「株主と交渉し、従業員を守り、会社の未来を作る——それが、君の役割だ」


私は、柊を見た。


その目には、信頼が込められていた。


「わかりました」


私は、頷いた。


「私、やります」


「いい返事だ」


柊は、微笑んだ。


「では、明日から株主リストを作成しよう。一人一人、説得していく」


その夜、私は自宅のベッドに横たわっていた。


天井を見つめながら、今日の出来事を振り返る。


黒崎との対峙。


父の信頼。


柊の言葉。


そして——製造部で見た、従業員たちの顔。


私は、彼らを守らなければならない。


社長令嬢として——ではない。


交渉人として。


経営者として。


スマホが震えた。


本間からのメッセージだった。


『水瀬さん、お疲れさまです。黒崎の件、聞きました。何かお手伝いできることがあれば、いつでもおっしゃってください』


私は、微笑んだ。


本間——彼女も、私の味方だ。


返信する。


『ありがとう。また相談させてください』


送信後、私は起き上がった。


デスクに向かい、ノートを開く。


【黒崎対策】


1. 株主の説得


大口株主から順に接触

会社の将来性を提示

配当の安定性をアピール

2. 企業価値の向上


新規事業の立ち上げ

既存事業の効率化

ブランドイメージの向上

3. 内部の結束


従業員との対話

各部署の連携強化

情報漏洩の防止(吉田対策)

リストを見つめながら、私は決意を新たにした。


桐生蓮との戦いは、感情的なものだった。


でも、黒崎との戦いは——違う。


これは、純粋なビジネスの戦い。


計算と戦略の戦い。


そして——私は、勝たなければならない。


社長令嬢としてではなく。


交渉人として。


窓の外を見た。


夜空には、星が輝いている。


でも——その美しさの裏に、戦いが待っている。


私は、ノートを閉じた。


「社長令嬢ではなく、交渉人として」


私は、鏡に映る自分に向かって言った。


「私は、戦う」

【作者からお願いがあります】

少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」

と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!

なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ