第11話「炎上は起こすものじゃなく操るもの」
鏑木が到着したのは、一時間後だった。
彼は会議室に入るなり、カメラとレコーダーを取り出した。
「水瀬さん、詳しく聞かせてください」
私は、スマホを取り出し、録音データを再生した。
滝川の声が、スピーカーから流れる。
『昨日の記者会見での、あなたの発言と証拠提示——これは、名誉毀損に該当します』
『今ならまだ間に合います。昨日の発言を撤回し、公に謝罪する。そうすれば、訴訟は取り下げます』
鏑木は、メモを取りながら真剣な表情で聞いていた。
録音が終わると、彼は顔を上げた。
「これは……完全に脅迫ですね」
「そうです。しかも、父の社長室で、証人がいる状態で」
私は、父を見た。
父は、腕を組んで頷いた。
「俺も、全部聞いた。間違いない」
鏑木は、ペンを走らせた。
「水瀬さん、これを公開してもいいですか?」
「もちろん。そのために、録音しました」
鏑木は、少し驚いたような顔をした。
「……最初から、録音するつもりだったんですか?」
「はい」
私は、窓際に立った。
「桐生側が反撃してくることは、わかっていました。そして、その反撃は必ず——法的な脅しか、世論操作のどちらかだと」
「それで、準備していた?」
「そうです。もし法的な脅しなら、証拠を残す。世論操作なら、先に真実を広める」
鏑木は、感心したように頷いた。
「水瀬さん、あなた本当に……戦い方をわかってますね」
「わかってます」
私は、彼を見た。
「炎上は、起こすものじゃなく、操るものです」
鏑木の目が、鋭くなった。
「操る?」
「はい。世論というのは、感情で動きます。怒り、同情、正義感——そういった感情を、適切なタイミングで刺激すれば、流れを作ることができる」
私は、スマホを手に取った。
「昨日の記者会見は、第一段階でした。桐生の嘘を暴き、世論を私の味方につける」
「そして、今回の録音が第二段階?」
「そうです。『被害者を脅迫する加害者』というストーリーを作る。これで、桐生側の立場はさらに悪化します」
鏑木は、少し考えるように目を閉じた。
「でも、水瀬さん。それって、結局は世論操作ですよね? 桐生がやっていたことと、何が違うんですか?」
私は、彼の目を見た。
「違いは、一つ。私が語っているのは、真実です」
「真実……」
「桐生は、嘘で私を陥れようとした。でも私は、事実だけを提示している。それが、決定的な違いです」
鏑木は、深く頷いた。
「なるほど……わかりました。この録音、記事にします。タイトルは——『桐生側、被害者に謝罪を強要』でどうでしょう?」
「完璧です」
その日の夜、鏑木の記事が公開された。
私は自宅のソファで、スマホを見ていた。
記事のタイトルは、予定通り。
『桐生側、被害者に謝罪を強要——記者会見翌日に訪問、訴訟をちらつかせる』
記事の中には、録音データの一部が文字起こしされていた。
そして、鏑木の分析。
『これは、明らかな脅迫行為である。記者会見で真実を語った被害者に対し、法的措置をちらつかせて謝罪を求める——これは、言論の自由を脅かす行為に他ならない』
記事は、すぐに拡散された。
SNSが、再び動き出した。
私は、タイムラインを眺めた。
『桐生、最低すぎる』
『被害者を脅迫とか、ありえない』
『これ完全に逆効果だろ。ますます印象悪くなってる』
『水瀬莉央、これも録音してたのか。準備周到すぎる』
『もう桐生側、何やっても無駄だろ』
コメントは、ほとんどが私を支持するものだった。
世論は、完全に私の味方になっている。
スマホが震えた。
着信——柊弁護士からだった。
「もしもし」
『莉央、今の記事見たか?』
「見ました」
『滝川の脅迫、完全に逆効果だな。桐生側の株価、さらに下がってる』
私は、少し笑った。
「予想通りです」
『お前……本当に、全部計算してたのか?』
「ある程度は」
柊は、少し沈黙した。
そして、言った。
『莉央、一つ忠告していいか?』
「なんですか?」
『世論操作は、諸刃の剣だ。今はうまくいっているが、一歩間違えれば——お前自身が、炎上する』
私は、窓の外を見た。
夜景が、広がっている。
「わかってます」
『本当にか?』
「はい。だから、私は事実しか語らない。嘘をつかない。そして——感情的にならない」
柊は、小さく笑った。
『……お前、本当に成長したな』
「ありがとうございます」
『だが、油断するな。桐生側は、まだ諦めていないはずだ』
「わかってます。次の手も、もう準備してあります」
『次の手?』
私は、タブレットを手に取った。
画面には、あの写真が表示されている。
桐生と、相楽美咲が手をつないで歩いている写真。
「まだ、出していない切り札があります」
『……浮気か?』
「はい。でも、今はまだ出しません」
「なぜだ?」
「タイミングが、すべてです」
私は、画面を見つめた。
「炎上を操るというのは、適切なタイミングで、適切な情報を出すこと。今出しても、ただの追い打ちにしかならない」
『では、いつ出す?』
「桐生が——次の一手を打った時です」
柊は、少し考えるように沈黙した。
そして、言った。
『わかった。お前を、信じよう』
「ありがとうございます」
通話を切った後、私はソファに座り込んだ。
スマホの画面には、SNSのタイムラインが流れている。
私の名前が、トレンドに入っていた。
『水瀬莉央』『桐生蓮』『脅迫』
三つのワードが、上位を占めている。
私は、画面を閉じた。
炎上は、起こすものじゃない。
操るものだ。
でも——操るということは、責任も伴う。
一歩間違えれば、私自身が燃える。
だから、慎重に。
冷静に。
そして——計画的に。
私は、タブレットを開いた。
ノートアプリに、これまでの流れを書き出す。
【第一段階:記者会見】
桐生の嘘を暴く
証拠を提示
世論を味方につける
結果:成功
【第二段階:脅迫の録音】
桐生側の反撃を録音
メディアに提供
「被害者を脅す加害者」というストーリー作成
結果:成功
【第三段階:?】
桐生の次の手を待つ
浮気写真を出すタイミングを見極める
最終的な決着
私は、ペンを置いた。
第三段階は、まだ始まっていない。
でも、始まるのは時間の問題だ。
桐生は、必ず動く。
そして——その時が、最後の勝負になる。
スマホが、再び震えた。
今度は、メッセージ。
送り主は——本間だった。
『莉央さん、大丈夫ですか? 記事を見ました。また脅されたんですか?』
私は、返信した。
『大丈夫。心配しないで。すべて、計画通りだから』
すぐに返信が来た。
『計画通り……って、莉央さん、最初からこうなることを予想してたんですか?』
私は、少し躊躇した。
そして、正直に答えた。
『ある程度は。桐生は、必ず反撃してくる。それを利用するつもりだった』
『莉央さん……すごいです。でも、怖くないですか?』
怖くないか?
正直に言えば——怖い。
世論を操るというのは、綱渡りだ。
一歩間違えれば、すべてが崩れる。
でも——。
『怖いけど、やらなきゃいけない。一周目みたいに、黙って負けるわけにはいかないから』
送信してから、私は気づいた。
「一周目」と書いてしまった。
慌てて、追加メッセージを送る。
『間違えた。「前回みたいに」って意味』
本間からの返信。
『前回? 何かあったんですか?』
『ううん、何でもない。気にしないで』
私は、スマホを置いた。
危なかった。
二周目のことは、誰にも話せない。
私は、ベッドに横になった。
天井を見つめる。
炎上を操る。
世論を味方につける。
それは、正しいことなのか?
でも——桐生がやろうとしたことと、何が違うのか?
私は、目を閉じた。
違いは、真実を語っているかどうか。
それだけだ。
私は、嘘をついていない。
ただ、真実を——適切なタイミングで、適切な方法で、語っているだけ。
それが、炎上を操るということ。




