表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

第1話「社長令嬢、記者会見で婚約破棄された日」

やり直し前とやり直し後の水瀬

挿絵(By みてみん)


スタジオライトが私の顔を照らす。


まぶしいと思う余裕もなく、私は長テーブルの端に座っていた。隣には婚約者——いや、元婚約者になるであろう彼が、白いワイシャツ姿で座っている。


ここは都内の高級ホテル、最上階の会見場。


天井のシャンデリアが優雅に輝いているけれど、この場所は処刑場と何も変わらない。


「それでは、本日の記者会見を始めさせていただきます」


司会者の声が響く。


会場には大手メディアから週刊誌まで、数十人の記者がカメラとペンを構えている。生中継のカメラが三台、私たちを映し出している。全国に、リアルタイムで。


彼——桐生蓮が、マイクの前で深く頭を下げた。


「本日は、皆様にご報告があり、この場を設けさせていただきました」


低く、誠実そうな声。


彼はゆっくりと顔を上げ、カメラ目線で言った。


「私、桐生蓮は、婚約者である水瀬莉央との婚約を、本日をもって解消いたします」


会場がざわついた。


フラッシュが一斉にたかれ、記者たちが身を乗り出す。私の横顔を映すカメラのレンズが、容赦なく近づいてくる。


私は、何も言わなかった。


言えなかった。


「婚約解消の理由は、私個人の不徳ではなく、婚約者側の……言動に起因するものです」


彼の言葉が、会場を静まらせた。


記者たちが一斉にペンを走らせる音が聞こえる。誰かが小さく息を吸う音も。


「具体的には申し上げられませんが、企業間の信頼関係を損なう行為がありました。私としても、家族としても、今後の関係継続は困難と判断いたしました」


私は、唇を噛んだ。


彼は嘘をついている。


でも、私にはそれを否定する証拠がない。用意していたはずの録音データも、メールの履歴も、すべて消されていた。


「水瀬さん、何かコメントは?」


記者の一人が、私に向けてマイクを突きつけた。


私は顔を上げた。


カメラが私を映している。全国に、私の表情が流れている。


「……特に、ありません」


私の声は、震えていた。


それだけで、私は「認めた」と思われるだろう。言い訳をしない女。反論しない女。つまり、やましいことがある女。


会見は、そのまま続いた。


記者たちは次々と質問を投げかけたけれど、すべて彼が答えた。私はただ座っているだけ。まるで、罪人のように。


「水瀬さんは、今後どうされるのですか?」


「父君の会社との関係は?」


「婚約破棄に関して、慰謝料の請求は?」


私は、ただ首を横に振ることしかできなかった。


会見が終わったのは、開始から四十分後。


私は立ち上がり、会場を後にした。


廊下に出た瞬間、膝が震えた。


壁に手をつき、息を整える。


スマホの通知が、止まらない。


SNSが、炎上していた。


『水瀬莉央、やっぱり性格悪かったんだ』


『社長令嬢って時点で察し』


『桐生くん可哀想。あんな女と婚約させられて』


『何も言わないってことは、認めたってことでしょ』


画面を見るのをやめた。


涙は、出なかった。


ただ、体が冷たくなっていくのがわかった。


私は、すべてを失った。


婚約者。


社会的信用。


会社での立場。


そして、未来。


エレベーターに乗り込み、一階のロビーへと降りていく。


ドアが開く瞬間、私は思った。


——もう一度、やり直せるなら。


そう思った瞬間、視界が揺れた。


床が傾いたように感じて、私は壁に手をついた。


めまい?


いや、違う。


これは——。


視界が、真っ暗になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ