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REPAIR  作者: 明星
落とし物
7/19

第4話

バキッ…バキバキッ……

車の下から這い出た異形が、関節を鳴らして起き上がる。

肥大した両腕のみで体を支えた逆立ちの体勢で、片足は根元から失われ、残された一本足を背中側へ大きく反らせた『サソリ』のような姿。

残された足は脛から先が腐り落ち、断面が鋭利な鉄骨と融合して、それはまるで頭上から獲物を狙う巨大な「尾」と化していた。

次に現れた反転者リバーサーは、両足の先端を一つの巨大なコンクリート塊と癒着させており、その様はまるで重量級の『ハンマー』のようだ。

更に右からは、足に何も癒着していない、細身の『軽装』タイプが迫ってきていた。

片桐は短剣を逆手に持ち直し、深く腰を落とす。

(……左と正面は明らかに危険な魔物だが…右は――)

片桐の視線が、一瞬だけ右の個体で止まる。

他の二体と違い、そいつの両足には鉄骨も瓦礫も融合していない。

しかしあれは骨が砕けているからだろうか、ブラリと無様に伸びただけの、貧弱な枯れ木のような足が二本、柳のように揺れている。

(……武器を持たないのなら、後回しでもいいだろう)

三体のうち一体はまだ様子を見る猶予がある。

その判断を下した直後、『軽装タイプ』が奇妙な動きを見せた。

逆立ちの姿勢のまま、左右の手を交互に地面につき、重心をゆらり、ゆらりと左右へ移している。

それに合わせて、伸び切った頭上の二本の足がゆらりゆらりと振られている。

それは威嚇ではなかった。

明確な、リズムだった。

人間でいえばステップにあたるであろうその動作は、南米の格闘技、カポエィラの「ジンガ」に酷似していた。

頭は下に、足は上に。

重力に逆らう不気味な舞踏。

(……あの動きは)

つまり、すでに臨戦態勢を取っているという証だ。

思考する間もなく、左側の『ハンマータイプ』が動いた。

「ヒュゥ」

漏れる空気音と共に『ハンマータイプ』は丸太のような腕を深く曲げ、地面にキスするほど沈み込んだ。

次の瞬間、背骨のバネを弾けさせて跳躍すると、頭上に掲げた塊を片桐目掛けて思い切り振り下ろした。

大砲の弾が着弾したかのような迫力。

アスファルトが砕け、着弾の反動で『ハンマータイプ』の体が再度宙高く跳ね上がる。

その様は、例えるならば『跳ね回る砲弾』であった。

『ハンマータイプ』は空中で縦回転を加え、遠心力の乗った踵落としで、頭上から片桐を叩き潰しにかかる。

着弾後、すぐさま次の攻撃へと変化させる、連続式の力技。

片桐は泥を蹴り、スロープの柱の裏へと滑り込む。

だが、息つく暇はない。

ヒュルッ、と不快な風切り音が耳元を掠めた。

右手の『軽装タイプ』だ。

柱の陰に隠れた片桐に対し、奴は直線的な攻撃を選択しなかった。

枯れ木のように見えたその足の一本が鞭のようにしなり、空中でさらに射程を伸ばすと蛇のように軌道を変えたのだ。

コンクリートの柱をぐるりと巻き込み、その裏側にいる片桐の首へと刃(爪先)が迫る。

「……ッ!」

片桐は上体を反らし、鼻先数センチで爪先を躱す。

動作に反した速度と、ありえない攻撃軌道。

このままでは、遮蔽物すら意味を成さない。

片桐は柱を蹴り、あえて開けた場所――『サソリタイプ』の正面へと飛び出した。

「ヒュゥ」

好機と見た『サソリタイプ』が、鉄筋の尾を突き出す。

同時に、頭上からは旋回している『ハンマータイプ』が地面に影を落とす。

前方からの刺突と、上方からの圧殺。

逃げ場のない挟撃。

だが、それは片桐にとって好機だった。

片桐は『サソリタイプ』の刺突に対し、限界まで引きつけてから、泥の上を滑るように股下(頭下)へスライディングする。

直後、頭上を鉄筋が通過する。

その切っ先が向かう先は――片桐がいた場所に落下してくる『ハンマータイプ』の横腹だった。

対して、重力に従って落ちる質量の暴力は、空中で止まることなどできはしない。

強烈な音が響く。

「……ッ!?」

声帯を持たない魔物たちが、硬質な音を立てて激突していた。

『サソリタイプ』の槍が落下してきた『ハンマー』の腹を貫いている。

そして片桐は『サソリタイプ』の股下(頭下)を通りざま、赤黒い脈打つ配線へと短剣を突き立てた。

異なるベクトルの殺意が交錯し、二体の反転者リバーサーはそのまま瓦礫の一部となった。

(…残るは一匹)

轟音を背に、片桐は残る『軽装タイプ』へと向き直る。

身体には、先程までの「重量級」に対する回避のリズムが染み付いてしまっていた。

重く、遅い攻撃を見切るためのタメ。

それが、コンマ一秒の遅れを生んだ。

「ヒュゥ」

『軽装タイプ』の動きは、あまりにも軽やかで、しなやかだった。

片桐が振り向いた瞬間、鞭のようにしなる揃えた二本の足が、既に目の前まで迫っていたのだ。

(――速いッ!)

思考が追いつかない。

回避することは間に合いそうにない。

死を予感させる風圧。

(仕方ないっ!)

片桐は反射的に、奥歯が砕けるほどの力で食いしばった。

片桐の体が、とてつもない速度で吹っ飛ぶ。

「ぐッ……!?」

襲ってきたのは、生身の人間ならば胴体が切断されてもおかしくないほどの衝撃。

片桐の身体は衝撃の直後、サッカーボールのように吹き飛ばされ、ミニバンの側面に叩きつけられた。

ガラスが砕け散り、ドアがひしゃげ、その衝撃でボンネットが開く。

舞い上がる埃と乾いた泥。

「……ゲホッ、カハッ……」

片桐は横腹を押さえ、苦しげに咳き込みながら、ゆらりと膝をついた。

作業着の腹部は裂け、下の皮膚がわずかに捲れている。

だがしかし――それだけだ。

あれだけの質量が直撃して、片桐は今、肋骨の一本も折れていない。

しかし。

(……クソッ)

油断してしまった。

もらうべきではない一撃をもらってしまった。

だからこの後…。

(ツケが、来る)

直後、片桐の顔が苦悶に歪む。

死ぬことにも等しい痛みが襲う。

蹴られた腹に、ではない。頭だ。

「頭が割れる痛み」が走る。

何の前触れもない、発作のような激痛。

(これは……相変わらず、気が狂いそうになるな)

片桐は脂汗を流しながら、震える手でポケットから錆びたタブレットケースを取り出した。

中身は残り少ない。

その一粒――市販の鎮痛剤とは違う、特別な白い錠剤を、泥まみれの手で口へと放り込む。

ガリリッ!!

痛みへの苛立ちをぶつけるように、必死で奥歯で噛み砕く。

広がる強烈な化学薬品の苦味。

荒い呼吸を繰り返し、無理やり神経を鎮める。

「……ふぅ、ふぅ、ふぅ」

口の中に溢れる血の匂いが嫌で、地面に向かって唾を吐く。

だがその唾はただの透明だった。

「…ッ!」

目の前では、仕留め損なったと思った『軽装タイプ』が、追撃のためにリズムを取り始めている。

「ふぅ!」

片桐は勢いよく、短く息を吐く。

常に冷静でいなければならない。

それはこれまでの経験の中で得た、間違いのない鉄則。

薬で痛みをねじ伏せた片桐の瞳にはもう、焦りはなかった。

逡巡の後、自らが叩きつけられ、ひしゃげたミニバンへと視線を走らせる。

破損したボンネットの隙間からは、鼻をつく臭気が漂っていた。

衝突の衝撃で内部が破損したのだろう。エンジンの隙間から、ドス黒いホースが血管のように垂れ下がっている。

片桐は短剣を逆手に持ち、迷わずそのゴムホースを断ち切った。

ブシュッ!!

切断面から汚れた廃油が勢いよく噴き出し、瞬く間に泥の上に広がり、片桐と『軽装タイプ』の間を分断する「黒い沼」を作り出した。

「…………」

『軽装タイプ』には、その液体の意味が理解できていないだろう。

獲物が隙を見せたと判断し、再びあの不気味なステップ――「ジンガ」を踏みながら距離を詰めだした。

右、左、そして大きく踏み込んで跳躍――しようとした、その瞬間だった。

反転者リバーサーの手が、滑る。

泥とオイルが混じり合った最悪の路面が、怪物の軸手を裏切った。

摩擦係数はゼロ。

踏ん張るはずだった手は虚しく滑り、「軽装タイプ」の反転者リバーサーは無様に開脚して転倒した。

「…ヒュ…ヒュ」

圧迫された肺から、空気が漏れる、情けない音だけが響く。

鞭のようにしなるはずだった二本の足が、今はただの制御不能な棒となって宙を掻く。

その姿は、陸に打ち上げられた魚のように滑稽だった。

片桐は無言のまま、その黒い沼の縁を回る。

『軽装タイプ』が起き上がろうと藻掻けば藻掻くほど、オイルにまみれた手足は空転し、深みにハマっていく。

もう、回避行動も防御も取れない。

ただ藻掻くだけで、ガラ空きになった胴体。

片桐はオイルで汚れることも厭わず、その懐へと踏み込み、喉元で脈打つ赤黒い配線の束へ短剣を突き入れた。

直後、軽い痙攣のあと、反転者リバーサーはそれまでの軽やかな動きとは一変して、彫像のようにかたまった。

そしてその死骸が黒い粘液の中に沈むと、駐車場に本来の静寂が戻った。

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