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REPAIR  作者: 明星
クリスマス
16/19

第8話

レンの喉からは、声にならない安堵が漏れた。

(よかった……)

ダイキが、生きていた。

ようやく再会することができた、とレンの体からは力が抜け、立ち上がることができなかった。

助かった、という思いが全身を駆け巡り、自然と涙がこぼれた。

だが次の瞬間、大きな違和感を覚えた。

これまでの経験から、「何かが、おかしい」という直感が大声を上げている。

ダイキはいったいいつから、あそこに立っていた?

なぜ、声をかけてこない?

いつもの彼なら、「無事か!」と大声で駆け寄ってくるはずだ。

あるいは「タツヤは!?」と現状の確認をしてくるだろう。

なのに、彼は暗闇の中で俯いたまま彫像のように静止している。

こちらのライトを受けても、身じろぎひとつしない。

その立ち姿からは、ダイキが持っていたはずの頼もしさや熱量が消え失せ、代わりに底知れない「空虚」だけが漂っていた。

「ダ……ダイキ?」

レンが震える声で呼びかけた、その時だった。

「あ……」

レンの声に反応したミホが顔を上げ、喜びの声を上げた。

彼女の声色が、劇的に変化する。

直前までレンとマスクへ向けていたものとは正反対の声。

「ダイキ!? ダイキじゃん!」

彼女には、レンが感じた違和感が見えていないようだ。

「よかったぁ……生きてたんだね、ダイキ……!」

ミホは勢いよく立ち上がり、レンのことなど忘れたかのように駆け出した。

「待って! ミホ!」

レンは咄嗟にミホの腕を掴もうと手を伸ばした。

行ってはいけない。

あれに近づいてはいけない。

根拠のない、けれど確信に近い警鐘がレンの脳内でガンガンと鳴り響く。

だが、その指先はミホの上着を僅かに掠めただけで、空を切った。

「お願い、助けて!!」

ミホは警戒心のかけらもなく、リーダーの懐へと飛び込んでいく。

「私もうこんなところ嫌だよ!タツヤくんも死んじゃって、あいつは役に立たないし!ねぇお願い!早くこんなところから出してよ!」

頼りないレンと違い、ダイキはミホにとって最強の守護者であった。

彼ならこの悪夢を終わらせてくれると、ミホは本気で信じていた。

直後、ダイキが片腕で、飛び込んできたミホを抱きしめた。

「……え?」

ミホが小さく声を漏らす。

だがそれは抱擁ではなかった。

「あ、あれ……? ダイキ……?」

万力のような力で、ミホの身体を片腕だけで拘束する。

困惑するミホの脇腹に、ダイキがもう片方の手のひらを添えた。

生前、ワンダラーの体を容易くぶち抜いたダイキの異能力、「衝撃インパクト」。

それが今、ゼロ距離で生身の女性に向けられている。

「な、なに?これ、どういうこと?」

ダイキは何も答えない。

ただその手のひらを、強く、ミホの脇腹に押し当てた。

直後。

破裂音と共に、ミホの上半身が肉片となって飛び散った。

空気が爆ぜ、狭い通路を揺らしたと思った時にはもう、ミホはいなくなっていた。

ゴロゴロと、黒い塊が転がってくる。

レンは呆然とした。

そこに残された腰から下だけのミホと、壁に散らばったミホを交互に見て、レンは叫ぶことすらできなかった。

(俺を……見てる……)

足元に転がってきたマスクの中身が、無感情な瞳でこちらを見つめてきていた。

ダイキが、ゆらりと動き、ミホの下半身をゴミのように蹴り飛ばす。

壁にぶつかった肉塊は鈍い音を立てて落ちた。

そしてその無機質なマスクが、今度はゆっくりとレンに向けられる。

マスクの奥からは低く長い音が漏れている。

「あ……あ、あ……」

レンは座った姿勢のまま、ズルズルと後退る。

殺される、と思った。

次は俺だ、と思った。

(いやだ……いやだ……いやだ)

レンは震える手でポケットを探った。

ただ無残に殺されるのは嫌だ。

逃げなければ。

だが同時に、もし逃げられないとしても、このふざけた世界に何か爪痕を残してやりたいと思った。

だから、ポケットの中の折りたたみナイフを探ったのだが、しかし指先が触れたのはナイフではなく、冷たくて四角いライターの感触だけだった。

(……なんで、ナイフは?)

脳裏に、遺体を漁った時の記憶が蘇る。

あの時、ライターをポケットにねじ込んだ拍子に落としたのかもしれない。

「クソッ……!」

思わず悪態をつく。

ゴミを拾って武器を捨てたのか、とレンは歯噛みする。

そんな自分を、マスクの中のミホが馬鹿にしながら笑っているような気がした。

ダイキが、再びゆらりと動き出す。

ようやく立ち上がったレンは、その恐怖で足がすくんだ。

(このままじゃ俺も、壁のシミになる)

死にたくない。

叫び出しそうな恐怖の中で、レンの手が「ゴミ」を握りしめた。

イチかバチか、だった。

「んん!!」

押し殺した叫びと共に、レンは手にしたジッポライターを、自分の目指す逆方向の壁へ全力で投げつけた。

虚空に、金属が壁を叩く甲高い音が響く。

ダイキのマスクが、わずかに音の方へ向いた。

(今だ!)

レンは地面を這うように身を低くし、無我夢中で駆け出した。

直後、頭上の空気が破裂する。

髪の毛が波打ち、鼓膜が破れそうな風圧が背中を叩く。

(危なかった)

ダイキの注意を一瞬だけ反らせたことが功を奏したようだ。

レンはダイキの脇をすり抜け、ミホだったものがへばりつく通路を、転がるように駆け抜けたのだった。


どれだけ走っただろうか。

走ることにはうんざりしているが、それでも今はそうすることしかできない。

そんな現状に限界が来ていた。

(どこかで休みたい)

とても、眠たかった。

後ろから追ってくる気配がないことを確認し、レンは配管が複雑に入り組んだ隙間に無理やり体を滑り込ませた。

「はぁ、はぁ……」

狭い空間で膝を抱える。

静かだ。

さっきまで、タツヤやミホの声が聞こえていたのに。

今は、自分の荒い呼吸音しか聞こえない。

仲間と一緒にいる時は、その存在が煩わしかった。

責任を押し付けられ、罵られ、嫌な思いを随分とした。

けれど、一人になった今ではあの喧騒すら恋しくなるほど寂しかった。

ここにあるのは絶対的な孤独だけなのだ。

この広い迷宮に、たった一人。

その事実に押しつぶされそうになりながら、レンの意識は泥のように沈んでいった。


……ふと、目が覚めた。

気絶するように眠っていたようだ。

レンはポケットからスマートフォンを取り出した。

相変わらず表示は圏外。

バックライトが暗闇を青白く照らす。

『12月25日 20:02』

画面に表示された日付を見て、レンは自嘲気味に口元を歪めた。

アビスに来てからまだ1日も経っていない。

それなのに、これまでの二十年近い人生以上の出来事が起きている。

それも、悪いことばかりだ。

レンは息苦しさを感じてマスクに指をかけて僅かな隙間を作った。

その時だった。

バックライトの光が、闇の中の「何か」を呼び寄せたのだろうか。

近くでガンガンガン、と何かがぶつかる音がした。

何かが近づいてくる気配。

レンは慌てて息を殺し、スマホの画面を伏せた。

そして気配はある程度の距離でピタリと止まった。

襲っては、こない。

しかし離れていくわけでもない。

「それ」はただそこに居る。

(……なんだ?)

じっとりと見られているような、粘着質な視線を感じる。

怪物となったダイキや、タツヤを殺した「ツギハギ」とは違う、異質な気配。

レンは恐怖と、それを上回る好奇心に突き動かされ、配管の隙間から顔を出した。

震える手で、スマートフォンのライトを向ける。

闇を切り裂いた光の先。

通路の床と片側の壁に、それぞれ手足をかけた奇妙な姿勢で、それは居た。

四つん這いの魔物。

異常に長い手足をもち、尻尾のように長く伸びているのは、背骨に融合したかのような太いケーブルと鉄パイプの束だ。

無機質な配管が、まるで血管か筋肉の一部であるかのように背中の肉と癒着し、赤黒く脈打ちながら床を這っている。

ライトの光を浴びても、「それ」は動じなかった。

ただ、人間と同じその顔で、レンをじっと見つめていた。

そして、目が合った瞬間、怪物の口が三日月形に裂けた。

ニチャリ、と音が聞こえてきそうなほど、深く、悍ましい笑みだった。

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