Side:マイルズ 一匹と一匹
一行がグラーツェルへ向かったのを見送った後、マイルズは屋敷の執務室に戻り、託された業務を続けていた。
気づいた時には外はすでに暗く、窓の外には冴え冴えとした満月が地面を照らしていた。
「……もうこんな時間か」
きりの良いところで筆を置くと、マイルズは肩を回しながら家路へと歩き出した。
途中、行きつけのバーの重厚な扉を押し開ける。ドアとは不釣り合いな軽やかなベルの音が店内に響いた。
中にはマスター以外誰もいない。カウンターの向こうでグラスを拭いていたマスターがちらりと目を上げる。
「こんな夜遅くに来るなんて、珍しいな」
「色々とあってな」
「……良いことでもあったのか」
「そうかもしれないな」
言葉少なにやり取りを交わすと、マイルズは「いつもので」と告げた。
マスターは頷き、氷の入ったグラスに酒を注ぎ、彼の前へと滑らせる。
マイルズもまた無言でそれを受け取り、ゆっくりと口に含んだ。
――お前だからこそ私は安心して任せられる。
クラウディアの言葉が、酒の熱と共に胸に染み渡る。
やがてグラスの底が、静かに空を告げる。
マイルズはしばらく指先で縁をなぞり、残る冷たさと余韻を楽しんでいた。
深く息を吐いてからようやく腰の財布に手を伸ばす。
「いい、今日は店のおごりだ」
「……いいのか?」
「お前が機嫌が良いのは、大体領主様絡みのことだろう。俺がこうして遅くまで店を開けていられるのも、領主様のおかげだ」
マイルズは小さく頭を下げ、店を後にした。
指先で払いそこねた硬貨を弾いては掴む、そんな小さな遊びを繰り返しながら、再び家路をたどる。
だが一度、弾いた硬貨を取り損ね、街道脇の茂みに転がしてしまった。
「おっと……」
屈み込んで茂みをかき分けると、そこには古びた箱があり、その中で小さな黒い子猫がちょこんと座り、透き通った青い瞳がまっすぐにこちらを見上げていた。
「……お前も一人か。ひとりぼっちは、さみしいもんな」
小さな声に応えるように、子猫が「ニャー」と鳴いた。
マイルズは思わず口元を緩め、箱ごとそっと抱き上げる。。
月明かりに照らされながら、一人と一匹は静かに家路を歩いていった。
クラウディア一行が帰還してからしばらく後――。
治安維持もひとまず落ち着きを見せ、屋敷にも穏やかな空気が戻りつつあった。
そんなある日の執務室。
「そういえばマイルズ、聞いたわよ。子猫を拾ったんだって?」
「ええ」
「もし里親を探しているんだったら、うちで面倒を見てあげてもいいわよ」
マイルズは少し目を細め、柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがたいお言葉ですが……あの子、仕事終わりに迎えてくれるんです。小さな鳴き声ひとつで、不思議と疲れが抜けてしまう。だから、もう少しだけ一緒にいさせてください」
クラウディアはわずかに唇をほころばせ、静かに頷いた。
クラウディア 「今度見せて頂戴。マイルズが飼っている猫、気になるわ。名前はもうつけてあげたの?」
マイルズ 「ええ。XXXXと呼んでいます」
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