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森の少女  作者: 猫柳 星
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第1話 森の中で


森は静かに呼吸していた。

深く、重く、夢のように。


その奥、ひとりの少女が暮らしていた。

白い髪は月光のように淡く、瞳は湖を映すほど澄んでいた。

彼女は村の名も、家族の声も覚えている。

けれども村はもう、どこにも存在しなかった。


ある夜、燃える影が森を襲った。

火ではない。

音もなく忍び寄り、ただすべてを「消して」いった。

笑い声も、温もりも、誰かの名前さえも。


気づけば、彼女だけが残されていた。

理由はわからない。

けれど生き残るということは、

ただ孤独を知ることにほかならなかった。


少女は森に守られていた。

木々は枝を広げ、雨を遮り、果実を落として養った。

鳥や獣さえも、彼女には牙を向けなかった。


―けれど、それは優しさではない。


森に「選ばれた」からだ。

この世界に縛りつけるために。


夜ごと、見えない影が彼女を呼ぶ。

風の声にまじり、

「あなたが最後」

「わたしたちを忘れないで」

と、無数の囁きが耳をくすぐった。


彼女は耳をふさぐ。

けれど声は胸の奥で響きつづける


ある朝、湖のほとりで、少女はひとりの少年と出会った。

傷だらけで倒れていた。

旅人だろうか。彼の持つ剣は欠けて、衣は泥にまみれていた。


少女は迷った末、彼を助けた。

草の薬を煎じ、泉の水を与えた。


数日後、少年は目を覚ます。

「……ここは?」

「森の中。あなた、ずっと眠ってたの」


彼は名を名乗らなかった。

ただ「外の世界は、もう終わりかけている」とだけ語った。


少女は聞いた。

「あなたの村も、消えてしまったの?」

少年は答えなかった。

けれど沈黙は、言葉よりも雄弁だった。


二人はしばらく共に過ごした。

焚き火のまわりで、森の音を聞いた。

小さな笑顔が、少女の頬をほころばせた。


だがある夜、少年は言った。

「俺はここを出る。森を越えて、まだ残っている人を探す」

少女は震えながら首を振った。

「行ってはだめ。森があなたを飲み込む」


彼は微笑んだ。

「たとえ飲み込まれても、立ち止まるよりはいい」


少女は叫んだ。

「わたしは……生き残ってしまった。

 でもそれは、ずっと独りでここに縛られることだった!

 あなたまでいなくなったら――」


声は涙に変わった。



夜明け前、少年は森を抜けようとした。

少女は追いすがり、湖のほとりで立ち止まる。


その瞬間、森が揺れた。

枝が絡み合い、影が形を持ち、無数の顔となって現れた。

それは村の人々の残像。

笑い、泣き、そして彼女を呼んだ。


「生き残った者よ。

 ここに留まり、わたしたちを忘れるな」


少女は足がすくんだ。

森の声は甘く、優しく、恐ろしく。


―だが少年が手を伸ばした。

「君は囚われている。けれど、本当に生きるなら、外へ出るしかない」


少女は涙を拭き、その手を握った。


森が叫んだ。

湖が裂け、風が渦を巻き、影が二人を呑み込もうとした。


少女は胸の奥でひとつの祈りを思い出した。

―もう一度、歌える日が来ますように。


声を失ったはずの喉が、震えた。

旋律はかすかに、しかし確かに空気を震わせた。

影はその歌に揺らぎ、霧のように溶けていく。


森は沈黙した。

ただ湖面に波紋が広がり、朝日が差し込む。


━━━━━━━━━━結末━━━━━━━━━━━


少女は森を振り返った。

そこにはもう、人々の影はなかった。


「……さよなら」

呟くと、森は静かに応えた。


二人は手を取り合い、光の射す方へ歩き出した。

足取りはまだ弱々しく、未来は不確かだった。

けれど少女の胸には、

はじめて「生き残った意味」が芽生えていた。


それは―失われた歌を、

誰かともう一度響かせるために。


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