①
大学二年の夏、人魚を食べた。御伽話に出てくるあの人魚だ。
この短い人生の中で、初めて食べた空想の味。
恋焦がれていたはずの彼女の味は記録に残るほど、美味くも不味くもなかった。
ただただ、濃い血の味と焦げた味しかしなかった。
口に残る鉄臭さと未練を、無理やり水で流し込む。だが水だけでは力不足だった。だから俺は酒に頼ることにした。
酒を求め、重たい足取りで冷蔵庫に向かってドアを開ける。なんとなくドアの開きがいつもより鈍い気がした。
中には肉が詰められたタッパーが無数に並んでいた。この肉を食べ切る頃には多少なりとも料理が上達しているだろうか。
赤黒いタッパーを横目にそんなことを考えつつ、酒をあおる。焼けつくようなアルコールが身体の内側を侵食していく。だが、それでもあの味は消えなかった。
酒を飲んだのはいつぶりだろうか。最後に飲んだのがいつだったかも思い出せない。いや、今はそんなことなんてどうでもいい。
久しぶりの慣れないアルコールに頼りながら、目の前の彼女だった肉をなんとか胃に押し込む。すべて飲み込んだはずなのに、歯の隙間に肉が挟まっているような気がした。舌先でいくら探ろうが、何もないことはわかっているはずだった。
それでも口の中に残る鉄臭さは消えない。
まるで彼女が、俺の中で、まだ息をしているように。