ヤバい奴が寄ってきた
昼休み。淡海マヒロは、できるだけ目立たないよう机に突っ伏していた。
「ああ、今日こそ平穏に過ごせますように……」
そんな祈りもむなしく、教室の扉が勢いよく開く音がした。
「淡海君!」
元気な声が教室に響き渡る。
マヒロは顔を上げた。
「うわ、マジか……あいつは」
そこにいたのは、別のクラスの女子、芹沢サクラ。当然にこれまで話したことはない。クラスは違うし、接点もない。だが、先日コンビニ強盗に出くわした時に一緒にいた。なるべく顔は見られないように気をつけてはいたが、流石にバレたか。
教室中がざわつく。
「お、芹沢じゃん。かわいい」
「芹沢サクラって、たしかE組の――」
マヒロは頭を抱えた。
「頼むから、目立たせないでくれ……」
「淡海君、昨日のコンビニの件だけど!」
サクラがズカズカと教室に入り、近づいてくる。
「オイ、ちょっと待て!」
慌てたマヒロは彼女を遮り、そのまま教室の外に連れ出した。
校舎の奥、人目の少ない場所まで来ると、ようやく彼女を振り返る。
「……いきなりやってきて、一体なんなんだ!」
「昨日、コンビニで見たよ!強盗やっつけたよね!あれ、すっごかった!」
キラキラと輝く目で言うサクラに、マヒロはたじろぐ。
「え、なんの話だ?人違いじゃないのか?」
「いやいや、ナイフが折れたとことか、すごい迫力だったよ!」
しらばっくれてはみるが、流石に無理がある。サクラはあれが俺のことだと完全に確信を持っているらしい。
「あれは、その……偶然だって。たまたま強盗が持っていたナイフがボロかっただけで」
適当にごまかそうとするが、流石に無理があるし、サクラは全く気にしている様子がない。
「淡海君、絶対ただ者じゃないよね!ちょっとさ、その力見せてよ!」
「いや、そういうのは……」
次の瞬間、サクラはカバンからフライパンを取り出した。
「これ、曲げてみて!」
「……お前、なんで学校にフライパン持ってきてんだ?」
「だって、淡海君に頼もうと思って!すごい力ならこういうの簡単でしょ?」
「簡単とかそういう問題じゃない!やらないからな!」
「うーん。じゃあ、こっちはどう!」
今度はレンガを取り出すサクラ。
「いやいやいや、学校にレンガとか普通持ち込むか、お前頭おかしいだろ?」
マヒロはツッコミを入れるが、サクラは全く動じない。
「淡海君が触ったらどんな感じになるか見たくてさ!」
「嫌だよ!マジで意味わからんって!」
「えいやぁっ!」
掛け声と同時に芹沢がレンガを投げつけてきた。マヒロはとっさの反射でそれを手で掴もうとする。
パゴンッ!
一瞬で粉々に砕けた。
「うおっ!」
飛び散る破片に思わず後ずさるマヒロ。しかし、そんな事態にもサクラは目を輝かせて大興奮。
「すっごーい!本当に粉々だよ!」
「お前、まじでヤバい。いきなりレンガを人に投げつける奴がいるかよ!」
「だって淡海君なら絶対大丈夫って確信してたから!」
喜びながら粉々になったレンガの欠片を拾い上げるサクラを見て、マヒロは心底ため息をついた。
平穏に生きたいだけのマヒロと、彼の強さに興味津々のサクラ。
平和な日常は遠のくばかりだった。
◇◆◇◆◇
「ねぇねぇ、今からちょっと付き合って!」
昇降口でサクラに呼び止められたマヒロは、面倒くさそうに吐き捨てる。
「……なんで?」
「それはね……」
サクラは意味深に笑いながら、スカートのポケットから何かを取り出した。それは――スマホ。
「ほら、これ」
マヒロは眉を寄せて画面を覗き込む。そこには、マヒロがレンガを握り潰す瞬間の写真が映っていた。
「……は?」
「もし淡海君が断ったら、この写真、クラスのグループチャットに送っちゃうよー(淡海君いないけど笑)」
「お前、それ脅迫だろ!」
「うん、そうだね!」
悪びれる様子もなく笑うサクラに、マヒロは頭を抱えた。
◇◆◇◆◇
フライパンを突きつけられ、レンガを投げつけられるという非常識な出来事の後――マヒロは深いため息をつきながら、サクラの背中を見つめていた。
「で、これからどこ行くんだよ」
「いいから、ついてきて!」
サクラは無邪気な笑顔を見せながら、マヒロを街の中心に向かって引っ張っていく。その手には、なぜか手書きの地図が握られていた。
「なあ、お前。これ、何の地図だ?」
「ふふん、目的地への案内図だよ!」
「……雑だな。線歪んでるし、これ文字?読めないんだけど」
「大丈夫、気にしないで。行けばわかるから!」
「いや、気にしないでって――そもそもこれ、本当に正しい地図なのか?目的地もよくわからないんだけど」
「もちろん!淡海君って、細かいこと気にするタイプだねえ」
「細かいこととかのレベルじゃねえよ……」
途中、サクラがふと立ち止まり、雑貨屋のショーウィンドウを眺める。
「……ねえ、淡海君」
「今度はなんだよ」
「クラスメイト達に、どうしてそんな冷たいの?」
マヒロは一瞬表情を曇らせたが、すぐにそっけなく答えた。
「冷たいとかじゃなくて、別に関わる必要がないだけ」
「でも、噂聞いたよ。淡海君の評判、あんまり良くないみたい」
「ほっとけよ」
「淡海君って、本当は優しい人、だと思うんだけど」
「……意味わかんねえこと言ってんな」
マヒロはサクラを突き放すように言い放ち、歩き出した。その背中を見つめながら、サクラは少しだけ困ったように笑った。
三十分ほど歩いたところで、マヒロが唐突に言った。
「……なあ、そろそろ教えろよ。この地図、どこに向かってるんだ?」
サクラは少し気まずそうに目をそらし、しばらく黙っていた。そしてぽつりと言った。
「実は、これ……適当に描いただけなんだよね」
「……はあ?」
マヒロは立ち止まり、じっとサクラを見た。その視線に、サクラはヘラッと笑いながら肩をすくめる。
「だって、淡海君がついてきてくれる理由が必要だったんだもん!」
「お前な……こんなガタガタの線と読めない文字を俺に信じさせたのかよ!」
「うん!」
「開き直るな!」
マヒロは頭を抱えたが、サクラは全く悪びれる様子がない。
その後、適当に入った公園のベンチで二人が座っている時、サクラがぽつりと言った。
「でもさ、本当にどうしてそんなに周りと距離を取るの?」
マヒロは少し黙ってから、不機嫌そうに答えた。
「しつけえな、お前」
「だって気になるんだもん。淡海君って、なんか抱え込んでる感じがするから」
「……くだらねえことに首突っ込むな」
「くだらなくなんかないよ!」
サクラは声を張り上げたが、すぐにトーンを落とした。
「淡海君、本当は誰かと話したいんじゃないの?そうじゃなきゃ、私なんかに付き合わないでしょ」
「写真で脅してきたくせによく言うな」
「でも周りの人達に本当に興味がないんだったら、別にスルーしたって良かったはずだよ」
その言葉に、マヒロは視線を逸らしながら静かに呟いた。
「……俺みたいなのが、他人と関わってもロクなことにならねえんだよ」
「どうして?」
「意味わかんねえ力で、これ以上誰かを傷つけたくないからだよ」
その一言に、サクラは少し寂しい表情を浮かべた。
「わぁっ!大変だ!」
その時、近くで遊んでいた子供たちが突然声を上げた。
見ると公園の噴水の近くを子供たちが囲んでいる。どうやら噴水の蛇口が壊れていて、水が出っ放しになっているらしい。
「おや、これは淡海くんの出番かも知れんね!」
「いやいや、これ完全に業者案件だろ……」
「いいからやってみて!淡海君なら絶対直せるって!」
仕方なく、マヒロは蛇口を掴んで力を入れた。
バキィッ!
次の瞬間、蛇口が根元から粉々に折れ、勢いよく水が噴き出した。
「うおっ!」
マヒロが慌てて飛び退く中、サクラは笑いを堪えきれず大爆笑していた。
「淡海君、やっぱりすごい!普通に直すんじゃなくて、完全に壊しちゃうんだもん!」
「笑い事じゃねえよ!俺、ほんとに普通に直そうとしただけだって!」
子供たちも一緒になって大はしゃぎし、水浸しになったマヒロは頭を抱える。
「もう、つくづくお前といるとロクなことにならねえ……」
「でもさ、淡海君。私、今めっちゃ楽しいよ」
ふとサクラが言ったその言葉に、マヒロは少しだけ目を見開いた。
「キミが思っているより、キミは周りの人たちと変わらないんじゃないかな?」
「……なんでだよ」
「だって、今こうして子供たちが笑ってるでしょ?」
サクラは噴き出す水の中でキャッキャと遊ぶ子供たちを指差した。
「淡海君が、むやみやたらに人を傷付けてしまうんだったら、こんな風にはならないと思うな」
マヒロは子供たちを一瞥し、ため息をつきながら頭をかいた。
「……お前、言うことが的外れなのか、ズレてんのかよくわかんねえ」
サクラはケラケラと笑いながら立ち上がった。
「じゃあ、私の言うことも半分くらい信じてみてよ。ほら、元気出たでしょ?」
「……どこがだよ」
マヒロはぼそりと返したが、その表情はどこか力が抜けたように見えた。
二人がそんなやりとりをしていると、子供たちの親が駆け寄り、慌てて噴水の蛇口を見て騒ぎ始める。
「……やっぱり業者呼ぶべきだったな」
マヒロは小さくそう呟いた。
◇◆◇◆◇
その後、サクラがどこかへ電話をしたと思うと、あっという間に業者らしき人物たちが現れて、とんでもない手際の良さで水道を修繕し、そそくさと去っていった。
もしかするとサクラは実は只者ではないのかもしれない。まあ知る由も無いのだが。
■芹沢サクラ(00001)
みなさん、こんにちは!いつも読んでいただきありがとうございます!
こうして皆さんに物語をお届けできるのは、本当に幸せなことだと感じています。感謝の気持ちでいっぱいです!
この物語は定期的に更新を目指しており、皆さんと一緒に成長していきたいと考えています。少しでも続きが気になるような展開をお届けできたら嬉しいです!
ちなみに、途中で「あれ?前に読んだ内容がちょっと変わってる?」と感じることがあるかもしれません。それは物語の本筋を変えない範囲で、文章や展開をブラッシュアップしているからです。より楽しんでいただけるよう、細かい部分をちょこちょこ改稿するのが作者の趣味なんです(笑)。
そして最後に……
いいねやコメント、本当に励みになります!
いただけると「次の更新もがんばるぞー!」ってやる気がグンとアップします。どんな感想でもいいので、気軽にひとことでも残してもらえると嬉しいです!
それでは、今日も物語の世界へどうぞ!
お楽しみいただけますように!