地獄の亡者にも慈悲は与えられる
生前多数の罪を犯した男が地獄行きを宣告された。
あの世なんてものが本当にあると知っていれば罪など犯さなかったのに、と文句を言いながら地獄にたどり着いた男は、地獄の亡者たちの顔を見てはてと首を傾げた。
責め苦を受けて辛そうにはしているが、その表情はどこか余裕そうというのか、なにか楽しみがあるように見えるのだ。
見た目ほど刑罰はきつくないのかもしれない、男はそう楽観視をしていたが、いざ刑罰が始まってみると、その苦しさは文字通り地獄のような苦しさだった。
切られ、焼かれ、挟まれ、溺れさせられ。ありとあらゆる苦痛を受けさせられていた。しかもこれが無限に続くというのだ。
しかし、ほかの亡者たちを見ると、やはりどこかに余裕がある。
男は針山で体中を刺し貫かれている間に、隣で同じ刑罰を受けている亡者に尋ねてみた。
「なあ、あんたらはなんでそんなに余裕があるんだ? やはり慣れているのかい?」
「おや、新人さんかね。余裕の理由? 血の池に行けば分かるよ」
隣の亡者は苦しそうに、しかしやはりどこか余裕のある声でそう言った。
男はその亡者の言葉を頼りに血の池に行き、驚いた。
なんと血の池の真ん中ほどの天井から、白く輝く太い糸が垂れ下がっているのだ。
周りの亡者の話を聞いてみると、その昔にあの糸が突然極楽から垂れてきて、地獄の亡者にひと時の安らぎを与えてくれるようになったというのだ。
「お釈迦様のご慈悲だよ。俺たちのような罪人でも情けをかけてくれるなんて、なんてありがたいことだ」
その頃、極楽ではお釈迦様が一人で苦笑いを浮かべていた。
カンダタ一人を助けようと思ったのに、選んだ蜘蛛が思いのほか大きすぎて、その糸がいまになっても切れないのだ。
ただの失敗であるのにご慈悲だなんだと言われ、お釈迦様の胸中は複雑なものであった。
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