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[旧版]神の一皿は勝利を約す ~魔法料理が繋ぐ、料理人と王子の無二の絆~  作者: 五色ひいらぎ
5章 孤魂再誕

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王都新生

 一週間が経った。

 代わりの業者選定は難航していた。ギヨーム率いるデュヴァル商会は、フレリエール国外も含めた広範囲に商材調達網を持っている。とはいえ同程度以上の規模の商会はいくつかあり、王都を奪還できた今、代わりの提携先を見つけるのは難しくないだろうと、ルネたちは考えていた。

 だが候補として接触した業者は、いずれもヴァロワ王家との取引に難色を示してきた。調べたところ、商人たち同士の情報網に、事実と異なる情報が流布されているようだった。


 ――王子エティエンヌ・ド・ヴァロワは、「神の料理人」ルネ・ブランシャールと共謀し、配給用食糧の調達費を着服して私財とした。さらにその事実が発覚しかかると、すべての罪を出入り業者のギヨーム・デュヴァルに被せ、交渉の席で彼を殴打する狼藉に及んだ。


 誰が流したのかが、これほどよくわかるデマも珍しい。

 だが非常に厄介な事態ではあった。エティエンヌがギヨームを殴った、という以外のすべてがでっち上げではあったが、誤情報部分を誤りと立証する術が王家側にはなかった。書類の矛盾を突いたとしても「王権で書き換えられた」と主張されてしまえば終わりだ。手中に持つ権力が、今回に関しては不利に働いていた。

 しかも、唯一正しい部分についてだけは証拠が存在してしまっている。エティエンヌに殴られた際、ギヨームは頬に軽い傷を負った。それは間違いなく「王子の狼藉の証」であり、ギヨームの主張に信憑性を与えてしまっていた。

 結果、商人たちの間で王家の信用は大きく失墜していた。大規模商会には相手にされず、ようやく話を繋げられた中小の業者に対しても、大きく不利な条件での契約を余儀なくされた。しかも彼らは狭い範囲の調達網しか持っておらず、遠い土地の希少な食材は取り扱っていない。それはすなわち、魔法がいままでのようには使えなくなったことを意味していた。


「もうちょっと頭冷やしとくべきだったな」


 エティエンヌの執務室で、ルネは業者との契約書を確かめつつ、冗談めかして言った。

 部屋の主は、沈痛な面持ちで首を横に振った。


「いかに私が冷静であっても、あの侮辱を看過できたとは思わない。よりによって、『神の料理人』を罪人よりも下に見るなど」

「ま、そう思ってくれるのはありがてえが」


 ルネはこれ見よがしの溜息をつきつつ、契約書の束を繰った。納入可能品目の一覧にあるのは、通常の食材ばかり。少しだけ書かれた幻獣や神聖植物の食材も「食べた者の肌を緑色にする」「ふさふさの髭を生やす」「寝付きをよくする」「寝覚めをよくする」のような、戦に使えない効能のものばかりだ。


「とりあえず対策は立てねえとな……魔法食材の調達目処が立たねえ以上、しばらくはありものでなんとかするしかねえ。何がどれだけあるかは把握しとく必要がある」


 嘆息しつつ、ルネは書類棚から管理台帳を手に取った。特殊食材の在庫状況をまとめた帳簿だが、いま一覧にあるうちで戦いに使えるものは、入城直後に調達した火蜥蜴(サラマンダー)の干肉と金枝芋だけだ。

 火蜥蜴の炎は戦いにも使えるが、炎が届く範囲は、せいぜい大人の背丈の二、三倍程度。戦場一帯を炎で包むほどの威力はなく、金枝芋については完全に護身用だ。金色の守護光が覆えるのは、食べた本人ひとりだけ。いずれも戦局を左右するほどの力はない。


「こうなることがわかってりゃあ、事前にもうちょっと調達しとくんだったな」


 日持ちの問題もあり、必要な魔法食材は都度ギヨームに発注していた。それが今となっては裏目に出た。


「正直、王都を今攻められたら守り切れる自信がねえ。いくら籠城戦は防御側が有利だっつっても、援軍の当てがないまま補給を断たれて持久戦になったら、打開策が皆無だ。東部の味方がどれだけ動いてくれるかも怪しい」

「今は、西海岸諸侯との同盟締結を急ぐことにしよう。背後から貴族連合を牽制してもらい、時間を稼ぐしかない」

「で、稼いだ時間を何に使う?」


 意地の悪い質問のつもりだった。だがエティエンヌの答えには、一瞬の迷いもためらいもなかった。


「王都を立て直す」

「できるのか?」


 エティエンヌは、どこか不敵な笑みを浮かべた。


「古い毒を根こそぎ除けば、できなくはないはずだ。今回のことでよくわかった。あの男の遺した病巣は、王都に、この国に、深く根を張っている。それらすべてを引き抜き、焼き払う」


 青い瞳に、どこか空恐ろしい気迫が宿っていた。


「そうしてはじめて、私はあいつを『殺す』ことができる……あの男の影を、この国から完全に消し去る。それこそが、私の望みなのだから」


 エティエンヌは、くっくっと低く笑った。



   ◆



 翌々日、城下へ二つの告知が出された。

 ひとつは、自警団員と土木作業員とを大々的に募るものだった。ヴィクトールが作った古い部署を完全に廃し、新しい組織を編成するとの触れ込みだった。

 もうひとつは都市整備計画だった。王都内を十の区画に分割し、それぞれ期間を区切って集中工事を行う。作業対象を絞り込むことで、短期集中して復興を進めようというエティエンヌの目論見だった。


「この案、二日で作ったのかよ……すげえな」


 計画の詳細を見ながら、ルネは舌を巻いた。幼い頃から冷遇され、統治者としての教育をろくに受けていないはずの王子が、短期間にここまでの政策を立案できるとは。


「在野の賢人に、頭を下げて教えを乞うてきた。あの男と意見を違えて追い出された学者や高官が、市中には多くいる。彼らなら、現状の問題点を正しく指摘できると考えた」

「考えてすぐ実行に移せる、あんたの行動力は素直に凄いと思うぜ」


 褒め言葉は本心からだ。今のエティエンヌは間違いなく王の器を持っている。機敏さも決断力も申し分なく、必要な時に腰を低くする謙虚さまで備えている。あと問題があるとすれば、長年傷つけられ続けていた人望だけだろうが、実績が表れ始めれば自然とついてくるだろう。若干、希望的観測かもしれないが。


「自軍の結束を固める手段も教えていただいた。彼らの関心が自領の保全にしかないのなら、その望みを叶えてやればよいのだと。理ではなく、益で釣れと」


 具体的には高位の爵位と、装備品をはじめとする各種物資の提供を申し出るつもりらしい。もちろん今すぐではなく、貴族連合の壊滅後という条件でだが。

 計画を語るエティエンヌの表情は、内からあふれ出る自信と希望に満ちているように、ルネの目には見えた。


 新政策が矢継ぎ早に決まり、実行に移されていく。

 陣頭に立って改革を進めるエティエンヌを見ていると、いくらかは理解できる。ヴィクトールが、第五王子の今の姿を正しく予見していたなら、確かに資質を怖れもするだろう。だからといって、父親としての罪が許されるわけではないが。

 ともあれ変革の準備は整った。あとは貴族連合の動き次第だ。彼らが動き始めるまでに、できるかぎり王都の体制を整えておかねばならない。問題は、そこまでにどれだけの時間を確保できるかだ。

 刻限が、できれば来ないことを祈っていた。だがそれは、あまりにも虫の良すぎる願いだった。

 終わりの日は、恐れたよりは遅く、しかし願ったよりは早く、訪れた。

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