やり残した事
さて。
私が死ぬ日が2030年9月13日というのが決まっているので、私は動けるうちにやり残したことをやらなければならない。
「何かの映画であったなぁ。。」
まさか自分にもそういう機会が訪れると思ってもみなかったが、若さと体力が残っていたことは有難いことだ。兄も若くして亡くなった。家族遺伝性のタンパク質分解異常があるらしく15%で発症する高確率の遺伝性の病気らしい。兄の海斗なんかは病気が発覚してから、打ち込んでいた野球も断念し半年無くしてこの世を去った。親族といえば、歴代の亡き人のこともあり、海斗が生きてきた証を讃えるように、手を長く長く合わせてくれていた。勿論、そんなこと知らない兄の友人達は急すぎる報告に唖然としていたが、異様な葬式の様子から死を受け入れざるを終えなかった。兄は私と違い、暇があれば本を読むのが好きだった。知性があり将来も期待されていたから、短命すぎた人生皆が惜しまれるものだった。兄と違い、私は丁寧に死ぬ日を予告されていた。兄には申し訳ないが、計画的に余生を過ごさせてもらうとしよう。
やり残したとすれば、中学生時代打ち込んでいたテニス。当時は精神的に弱かったあまり、練習で出来ていたロブは、相手前衛のスマッシュ位置にあまく落ち、全て打ちのめされた。あるがままに過ごして中学時代。あの時自分が置かれていたポジションを理解していたら、もう少し良い成績を残せたのではないか。タラレバか。体力こそ現役には叶わないが、精神面では色々経験してるからこそ強メンタルで挑めるのではないか。死ぬ前にもう一度、このコンディションでやれるとこまでやってみたいと思い、社会人テニスサークルを調べてみた。
「結構あるなぁ。」
今やチーム情報を集めるのに時間はかからない。
「うわぁ、これは本気そうやな。。」
現役で活動されている人達と並んで勝てる気もしない。お酒が飲めるようになってからはふしだらな生活にシフトし、肴があれば一食済んでしまう。メンタルは強くなったかもしれないが、体力は学生時代に比べたら比でもない。流石に安易だったか。諦めかけた時に一際目を引いたチームがあった。
「昨日より明後日」
チーム活動は人が集まればで不定期、年配チームとの練習試合有り。気軽に楽しみましょう。
「緩いの好きだなぁ。」
参加費も一回500円だけなので、気軽にできそう。1人行動は苦手で初回からの1人参加には踏み止まったが、我儘言ってられない。友達を誘うことも考えたが、都合良く集まれる手空きの友人は持ち合わせていかった。勇気をだし、ラインから参加申込を送信した。
「初めまして!連絡有難う御座います!」
チーム管理者からの返信は早く、気さくな感じのラインが届いた。少し若い人なのかしら。。若干の不安も残るが、活動場所、時間等の情報を貰い早々と初日を迎えた。
指定されたテニスコートには、10名程男女様々に居るようだった。中には子供連れもいて、怪しい感じもしなかった。早い人からウォーミングアップを始めており、幹事らしき方を探していたところ、若そうな男性と目があった。
「みづきんさんですか?」
「あっ、はい。。美月です」
「すいませんね。馴れ馴れしくて。皆、打ち解けて貰うために基本アダ名で呼ばせて貰ってます。」
「あ、そうなんですね!」
話し方は好印象で、若くても信頼はできそうで、安心した。
「僕、一応チームの取りまとめさせて貰ってます、矢作と言います。皆にはサクって呼ばれてます!」
「サク?」
「漢字で書いた時の作るから、文字られてます。」
「あ〜」
矢作の漢字には追いつけなかったが、良しとしとこう。サクさんは、皆に声掛けてくれて一通り自己紹介をしてくれた。どうやら、ご夫婦やら友人、本当バラバラなメンバーのようだ。
「じゃあ早速、打ち込んで行きましょう〜」
私も会費を預けてから、柔軟後にウォーミングアップに参加した。サクさんはマサという男性に声をかけ、一緒に打ち合うよう誘導してくれた。ストレートでショートから打ち合い、ロングまで後ろに長くしていった。学生以来だが、取り敢えず正面には届けて良かった。相手のマサさんは上級者っぽくて私に合わせてくれていた。
「ちょっと休憩いれましょう」
休憩中、あちこちで雑談が始まっていた。
「どれくらい、テニス経験者なんですか」
「中学の3年間だけです」
「あれ?じゃあ軟式だけ?」
「そうですね。」
本当は高校でもテニスを続けたかったが、軟式しかないということで断念した。硬式しかプロが無いことや目標を見失ったこともある。
いつ、硬式ラケット買ったっけ?軟式上がりは力ずくでボールを打ちがちなんだよなぁ。よく打ててるなぁ私。
休憩後は少し試合形式が入ってきて、前衛とのラリー感を味わった。懐かしい!私よりも経験が浅い方もいるようで、チームでみると、ちょっと上のほうかも。
サクさんが徐ろに声を上げた。
「今日早速なんですが、午後から練習試合の申込みありまして、行ける方いるなら受けようかと」
2,3人が手を挙げるなか、
「みづきん、どう?」
「え!私でいいんですか?」
「4人いれば有り難いんですが。予定ありますよね?」
まだ体力的には動けそうなので、折角だし参加することにした。このチーム感ならソコソコいけるかもって余裕が出てしまったこともある。
場所を変更して、ぞろぞろと対戦相手らしき人達が集まってきた。サクさんは慣れた感じで挨拶しており、何か驚きの表情も見せていた。
「皆さん!今日勝てば優勝プレゼントあるみたいです」
何か、向こうチームのスポンサーの加減で、賞品を用意してくれたみたいだった。俄然、試合感を感じてきて緊張が走ってきた。
一回戦、先程相手をしてくれてたマサさんとダブルス出場することとなった。
ファーストサーブ。。入れ!
弱いサーブだが、何とか相手コートに落ちた。マサさんのフォローもあり、試合は順調にゲームを獲得していた。
「ゲームセット」
なんだかあっという間に、マッチポイントだったようで勝利を収めることができた。あれよあれよと言う間に次勝てば、準決勝まで上りつめていた。
やっぱり、メンタルは大事だなぁ。相手にアドバンテージを取られても、冷静に対処することができた。
この試合に勝てば、準決勝かぁ。いけちゃうかも?自分の悪い癖だ。直ぐ調子に乗ってしまう。落ち着け、落ち着け。自分には経験値がある。中学の頃から成長してるんだ。自分に言い聞かせながら、次の試合に臨んだ。
「ラブオール、ゲームスタート!」
対戦相手は、ペアユニフォームで出場しており、いかにも経験者であることが伺えた。ファーストマッチはレシーブで相手サーブを受ける側である。
高くあげられたボールは、高い打点からのサーブで、ネットギリギリにも関わらず、凄い勢いでサービスラインに打ち込まれた。得意なフォアコースにも関わらず、呆気なく打ち込まれてしまった。しかも、ファーストサーブを入れてくる確率も高く、サービスエースを取られあっという間に、セットを取られてしまった。この体が強張る感じ、凄く覚えている。いつも確実に入れてくるセカンドサーブ狙いだったため、サービスエースを狙ってくる相手は苦手だった。かなり後ろに下り、強いボールに対抗できるよう体制をととのが、それを安安と上回る強さで打ち込んでくる。中学時代、ファーストサーブ外れろとばかり祈っていた。
「ゲームカウント、ラブワン」
マサさんからのサービスで始まり、暫くラリーが続いたあと、マサさんの強烈なバックハンドがクロスに決まり、ゲームは優勢で進み何とかセットポイントを勝ち取る事ができた。しかし、試合は相手優勢で進み、こちらのミスが目立つようになってきた。
「ゲームカウント、フォーツー」
相手のサービスから始まるゲームは、太刀打ちできずほとんどをサービスエースでもっていかれた。
「ゲームカウント、ツーファイブ」
次のゲームを死守しなければ、敗退が決まってしまう。中学時代、嫌ほど味わった負ける経験。私はあの時とは違う。色んな事経験して、辛いこと、楽しこと一杯あった。死ぬまでに、新たな一歩を切り刻むんだ!力んで打ったサーブは、ネットに引掛かり呆気なくフォルト。まだまだーと意気込んだセカンドサーブは、距離が足りず敢え無くネット前に終わった。
「ラブフィフティーン」
嫌だ。負けたくない。
「ラブサーティ」
私は変わったんだ。
「ラブフォーティ」
苦しい。やったことのあるミス、成長してないバックハンド、繰り返すダブルフォルト。メンタルで強くなったはずだったのに、負ける、負けてしまうと思う気持ちを断ち切れない!嫌だ。変えたい。変わりたい。強い気持ちで挑んだ筈なのに、体が言う事をきかない。結局、私は何も成長してなかったの?何とか新しい結末が欲しい。。。