私は何番目だろう
部屋に小春日和の気持ちよい午後の光がさしこんでいたが暗くなりはじめた。ミリーはランプにあかりをともした。
結婚記念日のためにきていたお気に入りの服を着替えるため寝室へむかった。
夫のコンラッドと一緒にでかけ結婚記念日を祝うはずだったので外出する用意をしたが、夫は幼馴染みの妻が子供をつれ突然家を出ていったときくと、そのまま幼馴染みの家に行ってしまった。
今日は結婚記念日を祝うだけでなく、夫に報告したいことがあったがしばらく無理だろう。
幼馴染みのことが落ち着くまで夫が本当の意味でミリーの言うことに耳を傾けることはない。
夫と三人の幼馴染み達は一緒に育ったというだけでなく、近くの森で迷子になった時に力を合わせ自力でもどってきたことから固い絆で結ばれていた。
四人は森で遊んでいるうちに入ってはいけないといわれている場所をこえ迷子になった。家に帰れないかもという恐怖をお互いに励ましあい、自分たちが思いつく限りの知恵をしぼり森をぬけだした。
その時から四人は特別な絆で結ばれた幼馴染みとなり、お互いに何かあれば必ずかけつける仲になった。
二十代半ばになった四人組は全員結婚しているが、妻よりも幼馴染みとの友情を優先した。
義両親も「昔から家族より幼馴染みを大切にしてきている」とため息をつくほどで、彼らの結束の固さは筋金入りだった。
どれほど仲がよくても時がたつにつれ関係は変わっていくが、この四人の友情は変わらなかった。
そのことを批判されたり文句をいわれると、「友情をないがしろにするような奴を信頼できるのか?」といい相手を黙らせた。
これが異性の幼馴染みであれば「男女として適切な距離をとるように」といえるが、同性の幼馴染みであるため「男同士の友情」で許されてしまった。
幼馴染み四人組の妻達は何度も現状を変えようと話し合い、協力しあってきたが、何をどのようにしても彼らの結束を変えることはできなかった。
このような状態に我慢しきれなくなった妻の一人は離婚した。
そして今回、子を連れて家を出た幼馴染みの妻は、子がうまれたことで夫の行動が変わることを願っていたが、子が熱をだし大変な時に幼馴染みから手助けを求められ夫が行ってしまったことでついに愛想が尽きたようだ。
出て行った妻を責めるのは幼馴染み四人組だけだろう。
周りは幼馴染み四人組に友情も大切だが、いい加減大人の男として家族を大切にすべきだといっているが、言葉がただ流れていくだけだった。
ドアをノックする音に気付きミリーがこたえると親友のナディヌだった。
「四人組に離婚の危機という噂をきいたから、きっと一人だろうと思って」
ワインを手にした親友をみて心があたたまる。夫が幼馴染みの一大事を結婚記念日より優先していそうだと心配して来てくれたことがうれしかった。
ナディヌがワインをすすめてくれたが体調がいまひとつなのでとことわった。一瞬、ナディヌは表情をかえたが、すぐにもうすぐ行われる祭りの話をはじめた。
二人でとりとめのない話をしているとナディヌの夫がナディヌを迎えにきた。
酔ったナディヌが泊まっていくとだだをこねるのをナディヌの夫がなだめながら帰るのを見送ったあと、ミリーは片付けをし寝台に体を横たえた。
夫はきっといつものように一晩中、幼馴染み達と男の友情のために自分ができることは何でもやると熱くなっているだろう。
結婚して初めの一年は夫が帰るまで起きて待っていたが、すっかり待つのをやめてしまった。ミリーはそのことが寂しかった。
「ごめん。悪かった」翌朝、結婚記念日を台なしにしたことを夫がわびた。
忘れていなかったのかと正直おどろいた。結婚三年目。結婚記念日をどうでもよいとまでは思っていなかったらしい。
「仕事に遅れるから早く用意したら?」
笑顔でそのようにいうと夫はほっとした顔をした。
幼馴染みの妻の両親が離婚させると息巻き困ったことになっている、という話をしながらコンラッドは着替えると仕事場へむかった。
ミリーは夫が出かけたあと、すぐに体を横たえた。気分が悪く立っているのも大変だったが、さいわい夫は出かける用意をするのに忙しくミリーの状態に気付かなかった。
夫は細かいことを気にしないので妻の変化に気付くことなどないだろう。
離婚の危機におちいっている幼馴染みのことで四人組が結束し、仲間を全力で助けようとする状態になっているのはあきらかだ。
夫に昨日伝えようと思っていたことを知らせるにしても、いつになるやらだ。
伝えなくてもとくに困ることはないといえばない。ミリーがやるべきこと、準備すべきことをしておけばよいだけの話だ。
幼馴染み達をひとつの塊としてみれば、夫にとってミリーの優先順位は二番目になる。しかし幼馴染み一人一人に夫の中でそれぞれちがった優先順位があるようなので、ミリーの優先順位は四番目だろう。
もしかしたらミリーは夫の家族の次と思われているかもしれない。たしかめたことがないので分からないが。
そのように考えると夫がミリーにさほど興味をしめさないのも仕方ないように思えた。
好き合って結婚したと思っていたが、幼馴染み達にいだくほどの感情を夫がミリーに持つことはなかった。
そのことがとても悔しくて悲しい。でも自分以外に好きな女性がいるよりましと考えるべきなのだろう。
気持ち悪さがおさまったのでミリーは起きあがると家の片付けをはじめた。
ミリーが義両親の家に届け物をしにいくと、ちょうど義兄家族も義両親を訪問していた。
体調が悪いこともあり届け物をわたすだけのつもりだったがひきとめられた。
「幼馴染み四人組が離婚の危機だってさわいでるときいたわ。本当にごめんなさいね。また家のことを放りだしてるんでしょう?
あの子も幼馴染みより妻を大切にしないといけないことは頭では分かってるんだけど、もう条件反射のように幼馴染みに何かあったら何がなんでも助けるというのがしみついちゃってるのよね。
息子のわがままで苦労させて本当にごめんなさい」
義母はいつもミリーに息子のことをあやまった。ミリーが離婚しないでいるのは義母の存在が大きい。
義母は家族よりも幼馴染みを優先する息子を叱り、何とかしようと手をつくしてくれた。
義母もコンラッドが結婚すればさすがに変わるだろうと思っていた。しかしコンラッドはこれまで通り幼馴染みを優先するので注意しつづけた。
義父や義兄はコンラッドと程度はちがうものの男の友情は大切だという気持ちがあるせいか、仕方ないとながしていた。
「あの四人組、子供ができても落ち着かないのが痛いわよね」
義姉が二歳の娘を抱っこしうんざりした顔をした。
義兄が「そういってやるなよ」と弟をかばうと義姉とかるく言い合いになった。
ミリーは気分が悪くなり帰ろうとすると、義母が「大丈夫?」と声をかけたあと「もしかして――」と顔をかがやかせた。
ミリーが答える前に「このことあの子は知らないわよね? 昨日、街でばったり会った時に何もいってなかったし。じゃあ、私はミリーがコンラッドに報告するまで知らんぷりしなきゃね。これから忙しくなるわよ」義母がはりきりだした。
義母がミリーを心配し家まで送るというのを断りミリーは家にむかう。ミリーの体を気にかけてくれる義母のやさしさが心にしみた。
コンラッドとの結婚生活のなかで義母がミリーの味方になりコンラッドの行動をいさめ、コンラッドに放っておかれるミリーの気持ちを理解してくれたことが支えになった。
職場の同僚として知り合い、お互い好意をもっていたことから恋人になり結婚した。
結婚する前からコンラッドが幼馴染みとの付き合いを大切にしていることは知っていた。
それ自体に問題はないが、幼馴染みと会う回数や幼馴染みを優先することの多さは結婚してからひどくなったような気がする。
夫婦になり毎日顔を合わせるので恋人の時のようにわざわざミリーとの時間をつくる必要がなくなったせいだろうが、あからさまに自分を後回しにされるようになるとは思わなかった。
愛されていないわけではなさそうだが、コンラッドがどれほど自分のことを愛しているのかは分からない。
幼馴染みの誰かとミリーが夫の目の前で同時にけがをしたら、夫はどちらのけがに気付くのが早いだろう?
どちらも怪我をしていると分かった時にどちらを先に助けようとするだろう?
ミリーは胸をはって自分だという自信はなかった。
ミリーの方が重傷であっても幼馴染みを優先されそうだと思う自分がみじめだった。