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男子Aの日常と復讐譚  作者: 魚妻恭志郎
8/28

再出発

結局、体調が戻るのに一週間を要した。


週明けの月曜日、制服のネクタイを締めて鏡を見る。

・・・入学式の日よりも少し瘦せたかもしれない。


結局、休んでる間は毎日美奈子と和弥が見舞いに来るし、そのたびに幸福と孤独を感じることになった。

こんなことなら最初からひとりが良かった。

そう思う程度にはメンタルが病んでいたし、ならいっそ学校に行った方が気持ちが楽だと考えるのは悪いことではないだろう。


叔父は朝早くに自分の店の仕込みに行くから、ぼくら兄妹の朝餉の準備はぼくの仕事だ。

とはいえ、メニューは毎日似たり寄ったりで焼き魚、納豆、漬物と味噌汁、白米だ。

特に飽きないし妹も文句言ってこないのでずっとこのパターンが続いてる。

パンが食べたければ自分で買ってこいと言ってあるしな。


今日も今日とてキッチンに立って料理を始める。

そうこうしているうちに匂いにつられて妹が起きてくる。

出来上がったら一緒に食べる。

これがぼくら兄妹の朝のルーティンだ。


逆に夜は妹が作る。

以外と愛花は料理が上手い。

あんな雑で大雑把な適当人間のくせに、手際だけは細やかなのだ。

夕飯の買い出しに付き合わされることも多々あるが、愛花は買い物上手でもある。

どこからか安売りの匂いを感じ取ってレシピを頭の中で構築するらしく、晩飯のコストはいつも低く済んでいるとの事だ。

家計簿を握っているのはぼくじゃないから細かいことは知らないけど。

叔母さんがそんなことを言っていた気がするだけだ。


そう、叔父の留守を預かる叔母はちゃんといる。

なのにぼくら兄妹の面倒を見ていないなんて無責任、ネグレクトではないかと思われがちだが、そんなことはない。

叔母さんは夜の飲み屋の仕事をしているから帰りが始発になるので、そういう風になってしまうのだ。

なんなら叔父夫婦の娘にあたる、愛花と同い年のいとこの面倒もぼくらが見ているくらいだ。

住まいを提供してもらってるだけでなく生活費の半分も出してもらっているのだ、文句の言いようもあるまい。


まぁいとこの話はおいおいで良いだろう。

低血圧なのか起きてくるのが遅くて、大体ぼくが学校に行くより後にのそのそ起きてくるから、いつも愛花と遅刻ギリギリの登校になっているから出てこないだけだ。


ともあれ愛葉 幹、完全復活だ。


玄関から外に出て、新鮮な空気を大きく吸い込んでゆっくりと吐く。

いい天気だ、雲一つない。

これで悩みが無ければどれほど気持ちまで晴れ渡る事か。

などと考えながら家の敷地から出ると、悩みの種そのものであるおとなりの家の美奈子が自分の家の前でぼけっと突っ立っていた。

きっと和弥のことを待っているのだろうとは察しが付く。


気まずい、とても気まずくて話しかけにくいが無視するのもなんだか違う気がする。

なんだかんだ見舞いにも来てもらっていたことだし、挨拶くらいしておくか。


「よう」

「あ、幹おはよ!」


相変わらずブルーの制服が眩しい。

いかにも青春していますというようなカラーだ。

対してぼくの高校はグレーの制服ゆえ、白にも黒にも染まらないといえば聞こえがいいが結局はどっちつかずという色合い。

またはある意味ぼくの心の色を表しているかのようだ。


「元気になったんだね、よかった!一週間も寝込んでるから心配したよー!」

「この度はご心配をおかけして誠に申し訳ございません」

「あはは、なにそれ」


もうすっかり熱も引いたし頭の中もスッキリしている。

靄がかかっているのは心の中だけだ。


「あんまり学校休んでると、友達作るチャンス逃しちゃうぞ」

「心配いらない。友達なら初日に作ってある」


そう、いい人属性正義超人クラスのベビーフェイス、大塚 武。

そして桃色の脳細胞をもつ野球部員、北村 円治だ。


ふたりともぼくが休んでいる間にもちょいちょいラインで連絡をくれていた。

武からはわりとどうでもいい話から学校の重要な連絡事項まで。

円治からはクラスの女子がどうたらこうたら。

なんだか恋愛ゲームのお助けキャラみたいだな、こいつら。

なにはともあれ構ってくれるのはありがたい話だ。


「へぇ~、幹にも友達がねぇ~」

「・・・なんだよ」

「だって、いままでそんなに友達作ろうとしなかったじゃない?わたしたちだけで充分だって」

「そうだよ。作れないんじゃなくて作らなかったんだ。高校じゃおまえたちがいないんだからそりゃ作るさ」


なんだか美奈子はぼくをボッチだと思っている節があるな。

失礼な奴だ。


「わたしも友達何人か出来たよ。和弥は友達と野球部に入ろうかって話してたけど」

「野球ね。流行ってんのかな」


和弥にしろ円治にしろ野球が好きだな。

そのうち巻き込まれそうで怖いな、絶対に部活はやらないけど。

だって団体行動苦手だし。


なんて言っていると、いつものように背後に気配を感じたので軽く裏拳を放つと、


「ぶはっ!」

「毎度のことだけどバレバレだ」


和弥がこっそりと近づいて驚かそうとして、逆にぼくからのカウンターを食らった。

懲りないやつだ、美奈子も止めればいいのにくすくす笑ってやがる。


「くっそー!今日こそは幹のポーカーフェイスを崩してやろうと思ったのに!」

「ぼくは背後にも目があるんだよ。諦めろ」

「なにそれ超かっこいいんだけど!」


そうして気付けばまたいつもの三人だ。

中学まではここから同じ学校に通ったものだが、もう違う。

電車の時刻を考えればそんなに駄弁っている時間もないだろう。


「じゃな、幹!もう風邪ひくんじゃないぞ!」

「またね、幹!」


頷いて手を振る。

ふたりはそろって駅へと歩いていく。

無邪気なまま、笑顔で、楽しそうに。

それが羨ましくて、悔しくて。

ぼくは。


「それでも、離れがたいんだから。病的なのはぼくだよな」


そう呟いて踵を返し、学校への道のりを行く。

住宅街の塀の上を歩くカタツムリは、あんな大きな殻を背負って重くないのだろうか。

心の重さに潰されそうになりながら歩くぼくは勝手にシンパシーを感じていた。



※※※※※※



長い坂を登り切り、下駄箱で靴を履き替えて教室へと向かう。

流石に一週間空いただけで除け者扱いはされないだろうと気軽に1年A組の教室へと入っていくと、なんとびっくり、ぼくの席がない。

いや、実際のところもともとぼくが座っていた一番前の右端の席に見慣れぬギャルが座っており、教室内の配置をみるに席替えをした形跡がある。

困ったな、自分の席が分からない。

などと思ってたら、


「おーい、幹!」


ここから対角線上にある、教室の一番後ろの席に座っている武が、ぼくへと手招きをしている。

初日に作っておいてよかった友達、あいつならぼくの席を知っているだろう。

元ぼくの席をすり抜けて歩いていく途中、何人かがぼくを見てひそひそと言い合っている気がした。

まぁ、入学式の次の日にグラウンドで雨に打たれながら寝ていた奇特な男なんて変な噂されて当然だろう。

別に気にならないので無視して武の目の前へと辿り着き、借りていたジャージを取り出して返しながら聞いた。


「おはよう、これジャージ。で、ぼくの席は?」

「端折りすぎだろ。もう体調は大丈夫なのか?」

「まぁまぁ」


苦笑いしながらジャージを受け取る武は、すこし駄弁ろうぜと言わんばかりに目の前の席を指差した。

ていうかそこがぼくの席だった。目印に紙の付箋に愛葉って書いてある。


「何の因果か席も近いな、これからよろしく、幹」

「・・・おう」


なんだか作為的なものを感じなくもない。本当に偶然かよ。

・・・とは言うまい。折角の後方窓際の席だ。

目立ちたがりではないぼくとしてはありがたいの極みだ。

やれやれ感を出しながら武とピシガシグッグと握手をしていると、隣の席に見覚えのある・・・ロングヘアの、女子、が。


「あら、登校してきたのね。具合はいかが、愛葉 幹君?」

「えっと、確か、姫川、撫子さん」

「よくご存じね、大塚君に聞いたのかしら。お察しの通り席替えして私が隣の席だから」


ふわり、と華やかなシャンプーの香りをふりまいて後ろ髪をなびかせる彼女、姫川さん。

あの雨の中、ぼくをグラウンドから保健室へと運んだ豪傑でもある。

強気な態度と芯のある瞳、身長は160センチくらいだろうか。

聞いた話じゃA組のクラス委員でもあるとの事だ。

これだけでもうキツい性格であるという第一印象を抱く。

そんな女子が。ずい、と顔を近づけて。


「で、あの日あなたは何故あんなところで寝ていたのかしら?」


答えづらいことをズケズケと聞いてくるのである。

まるっきり脅されている気持ちだ。助けて武。


「えと、その」

「私にはそれを聞く権利があると思うのだけれど?」


真正面から視線を合わせるのがしんどくてちらりと武を見ると、仕方なさそうに姫川さんへと話しかけてくれた。


「まぁ落ち着けって姫川。幹はまだ俺たちより学校に不慣れな状態なんだから、少しくらい待ってやってもいいだろ?」


うーん、このコミュ力お化け。

味方にすると大助かりなのだわ。


「大塚君は関係ないでしょう?私は愛葉君と話をしているの」

「ほらな、幹。なんだかんだ一番姫川がお前を心配していたんだぜ。少しくらい話す時間を作ってやってもいいんじゃないか?」

「ばっ、ちょっ、そういう意味じゃないわよ!?」


と、思ったら味方でもなんでもなかった武。

おまえは愉悦系裁定者か。

案の定、顔を赤くしておたおたしだした姫川は『ぜんぜん心配なんてしてなかったんだからね!』と王道のツンデレ台詞を吐く始末。

ぼくとしても良く知らない人に急に心配されまくってもあれなんだけれど。

とはいえだ。

確かに彼女には迷惑をかけたという負い目はある。

全てを話す必要は無いにせよ・・・納得のいく説明くらいはすべきなんだろう。


「・・・嫌なことがあった。ぼくという人間の根幹に触れるレベルのことだ。だから、なにもかももういいって思ってしまった」

「そう」


姫川さんはあくまでクールに、タイツに包んだ足を組んでぼくの話を聞いている。

それでもどうでもよさそうに感じないのは、その瞳が真っすぐぼくを見ているからで。


「今も完全に立ち直ったわけじゃない。けど、姫川さんに引っ叩かれて少しは活力を得た」

「・・・あれはやり過ぎたと思うわ。ごめんなさい」

「いいよ。多分、あの時のぼくには必要だったんだと思う」


武も静かに聞き入っている。

アニキや和弥と違って余計な茶々を入れてこないのが逆に驚きだ。


「姫川さんや、武や、色んな人に助けられて今のぼくがいるって気付けた。だから、もうあんなことはしない」

「そう、ならいいわ」


詳細は省いたものの、その説明で誠意が通じたのか姫川さんは頷いてくれた。

よかったよかった。

美奈子や和弥の話なんてほぼ初対面の人にするものじゃないし、したくもないからな。

これで済むなら安いものだ。

などと安心していると、武はぼくの肩を叩いて耳打ちしてきた。


「な?姫川はずっとお前の心配をしてたんだよ。こんな態度取ってるけど滅茶苦茶優しいぜ、彼女」

「大塚君っ!!」


丸聞こえだったらしい姫川さんがまたも赤く染まって立ち上がると、笑ってぼくの後ろに隠れる武。

やめろやめろ、こんな怖い人の盾にぼくを使うな。

・・・怖いだけじゃないってのは、なんとなく分かったけど。


「まったく・・・そうだわ、愛葉君。B組の渡部 真夏って子、知ってるわよね?」

「ん?・・・なんだか聞いたことがある様な、無いような名前だな」


確か入学式にそんな名前を聞いたような。

言われなきゃずっと忘れていたんだが。


「あの子、私の友達なのよ。仲良くしてあげてね」

「え゛」

「なにそのリアクション」


いやいやちょっと待て、なんだその唐突な流れと紹介は。

ていうか誰だ渡部 真夏。顔も思い出せんぞ。

そんなよく分からん人と仲良くしろと言われても、こっちとしては困惑だよ。

このクラス委員、結構周りが見えなくなるタイプなのかな。


「とにかく、よろしくね。私としてはこれで最低限の義理を果たしたから後はゆっくり―――」

「いやいや待っていいんちょ。お見合いのセッティングしたジジババじゃねんだからそこで放り投げんな」

「じじばば・・・っ!?というかいいんちょって、私!?」

「他に誰がいんのさ。ぼくはその渡部さんって人を知らないので、せめてまず連れてくることから初めてくれませんかね?」


この姫川さんこといいんちょ、遠慮すると強気でこちらを振り回してくるタイプだと見た。

そういう手合いには負けじと強気な態度で振り回すくらいがちょうどいい。

先生直伝の交渉術、女は攻めろ、だ。


ぼくの言葉にしばしポカンとしたいいんちょは、冷や汗を一筋たらりと垂らすと、


「・・・あの子、入学式の際に顔合わせして、あいさつしたって言ってたけど?」

「その後グラウンドで寝るという奇行をしたせいで忘れました」

「自分で奇行って言うのね!ああそうかそうでしょうね、忘れるでしょうとも!あんな奇行に走っていたら!」

「むしろいいんちょの方がインパクトあったよ。なんだあのビンタ。振り向いてペチン、じゃなくて振りかぶってバチコーンだからな?」


そう、か弱い女の子のそれではなく。

ピッチャーが全力投球するかのごときフォームから繰り出された一撃というか。

蛇のようにしなやかで長い鞭の音速を超えた一撃というか。


「あの一発は世界を狙えるぜいいんちょ」

「話を盛らないで!私そんなに力強くないから!あの日だってあの後全身筋肉痛になったんだから!あといいんちょって呼ぶな!」

「えー、でもいいんちょって感じだよ?なぁ武」

「くくくくっ・・・ああ、それでいいんじゃないか?」


ぼくといいんちょの会話がツボに入ったのか、腹を抱えて笑っている第三者・武である。

お気に召したようでなにより、なんて思っていると。


「こんなに話が合うなんて、幹と姫川、お似合いなんじゃないか?」

「「はあぁ!?」」


第三者らしく適当なことを言ってくる。

ふざけんな、傷心のぼくにむかってよくもそんな事を。

そもそもぼくは美奈子以外の女子に魅力を感じたことなんてないぞ。

文句の一つも言ってやろうと口を開きかけると、がらりと教室の扉を開けて担任が入ってきた。


「出席を取る。皆席につけ」


氷の刃を思わせるような氷川教諭の号令に、黙らざるをえないぼくといいんちょ。

いったん目を合わせたぼくらは、次の瞬間には違う方向へ目を逸らし。

静かに笑いを堪える武の気配を背後に感じながら、朝のホームルームが始まるのだった。


・・・とりあえず、武は後で蹴る。



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