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男子Aの日常と復讐譚  作者: 魚妻恭志郎
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ミュージックコミュニケーション

結論から言うともといた中学校とそんなに差は無い。

敷地だけは小・中学とは違い結構な広さがあるのだが、結局授業や部活で使う施設というのは年齢の上下関係があってもあまり変わらないのだろう。

正直なところ、ぼくもそうなんじゃないかなーとは思っていたけれども。

見て回りたくなるのは男の子のサガなわけで。


とりあえずまず辿り着いたのはグラウンド。

広い。

どこかのクラスがマラソンをやっている。

感想、終わり。


「完全に来る時間帯を間違えたな・・・」

「部活やってるならともかく、男子のマラソンだけ見てもな・・・」


現在時刻・13:48。

ちょっとガッカリしつつ、金網のフェンスから離れて別の場所を目指すぼくと武。

次は体育館だ。

体育館は体育用シューズが必要らしいが、まだ持っていないぼくらは入ることが出来ない。

それに気づいたのは体育館に到着した後だった。


「なにやってんだぼくらは」

「ま、まぁまぁ。外から中を見学するだけなら―――」


と、武が言ったところで気付く。

体育館、誰も使ってなくて鍵かかっていると。


「・・・」

「・・・次、行こうぜ!」

「ポジティブフゥ~!」


段々と変なテンションになってきた。

次にリストに書いた行先はァ~・・・保健室だ!

事前に調べた結果、保健室は体育館の近くにあるとされている。

やはり怪我人が出やすいのは体育館かグラウンドだからね、近いのも当然だネ!

さぁ1分も経たないうちに到着したぞ、サボりに使えるベッドはどこに―――。


・・・。

めっちゃ怖そうな先生いた。


身長2メートル以上ありそうな色黒の巨躯にスキンヘッドで白衣の男が、なんだかモーツァルトのピアノ協奏曲20番とか流してて、洗面台の鏡に向かってブツブツとしゃべっている。


「俺は怖くない、俺は怖くない、俺は怖くない・・・」


いや・・・。

ブツブツいってるその姿が怖いわ。

なんなんだこれ。保険医ってふつう美人の女の人じゃないのか。偏見か?


「ダメだろこれは・・・流石に見学出来ねぇよ」

「上がってたテンションがガクッと下がったな・・・分かるけど・・・」


そろり、と扉の窓から目を背けてその場を去ろうとするぼくと武。

けれどその拍子に、ごつん、と武が扉に肘をぶつけてしまった!


「やべっ・・・!」

「バカ!」

「ぬぅっ!?患者かッ!!」


どたどたと走る音と扉を開ける音、そしてぼくと武が立ち去る音がほぼ同時に響く。


「怪我人はどこだァッ!!」

「「健康でええええええす!!!」」


さすがに追いかけてくる足音は聞こえなかったが、ぼくと武は急ぎ階段を駆け上って行くのを見送った先生(?)が、


「なんだ、健康か・・・」


と、呟いた気がした。

・・・もしかして、実はめっちゃいい人か?


などと思いつつ、勢いのまま屋上まで来たのだが、屋上への出入り口は鍵がかかっていて出られない。

意味ないじゃん!


「普通に考えたら危ないからって屋上閉め切ってるよな・・・」

「何のために走ってきたんだ・・・」


もうここまで来ると相当やる気も失ってきているぼくら。

でも走り始めたら止まらない。

それに、ここで立ち止まったら何のために美奈子や円治の誘いを断ったかわからないもんな!


「よし、次は科学室だ」

「タフだな幹・・・」


続きましてやってきたのは科学室。

どうやら授業中らしく、中で教師が生徒相手に講釈垂れているのが見える。

逆にここは人がいると自由に見学ができないな。

仕方ない、見つかる前に次へ行こう。


次は図書室だ。

さすがに鍵がかかっているわけでもなければ授業をしているわけでもない。

図書室の司書さんはぼくたちが制服を着ているのをみれば授業中といえどスルーしてくれる。

今日巡った中では一番良いところじゃないか?


「とりあえず見て回るか」

「静かにな」


こそこそやり取りして見て回るぼくと武。

教室二つ分くらいありそうな空間はとても静かで、空気清浄機の駆動音以外は何も聞こえない。

今の時代、ほとんどの本が電子化されているだろう書物の数々は、しっかりと手入れされているのか綺麗で日焼けもほとんどない。

あまり本を読まないぼくでも様々なジャンルの本が豊富に置いていることは分かる。

中には漫画本なども置いてあり、ヒマつぶしにはもってこいかもしれない。

たまにパラパラと気になった本を取って目を通し、元に戻す。

武は・・・おっと、机に座って漫画を読んでいる。

ならここで少し時間を潰してから他の所を回るか。

そう思い、ぼくも少し気になった文学小説を手に取って椅子へ腰かけた。


どれくらい経ったろうか。

気付いた時には15:30を過ぎており、上級生の生徒も下校するか部活に行くかしている時間帯であった。


「そろそろ行くか」

「ん・・・そうだな」


キリのいいところで本を読み終えたぼくらは、来た時と同様に静かに退室することにした。

本を読んでる間、誰かの視線を感じた気がしたが・・・まぁいいや。

見慣れぬ一年坊が席取ってるから気になっただけだろう。


廊下からグラウンドを眺めると、サッカー部らしき集団がドリブルの練習をしているのが見えた。

野球部はいないんだな・・・もしかしたら、円治が言ってた合コンとは野球部主催だったのかもしれないな。


「どうする?またグラウンド行って見学するか?」

「いや、サッカー興味ない。音楽室行こう」

「そうか」

「別に武は行っていいぞ?そんな体格してるんだ、スポーツくらいやってただろ」

「・・・いや、今はもうやってない。だから、いいんだ」

「そっか」


ふと、武の表情に陰がさした気がして、それ以上の追及はやめた。

ぼくだってそうであるように、踏み込んで欲しくない領域はある。

それはたとえ陽キャの化身みたいな武だってそうなんだろう。

そこからはあまり会話は弾まずに、音楽室までゆっくりと歩いて行った。


さて、リストの最後である音楽室。

最後に回したのには理由がちゃんとあるのだが、ともかく中を覗いてみる・・・と。


―――ピアノの音がこぼれ始めた。


音楽室は防音のためあまり耳に入らなかったが、こっそりと扉を開けることで伝わってくる美しい音色。

きっちり調律の施されたグランドピアノから流れ出る、ドビュッシーの月の光。

時にフォルテ、時にピアノ。

まるで月光を浴びながら踊るかのように―――音楽と戯れる、少女の姿があった。


「・・・上手いな」


武も聞き入っているのか、ただそれだけ言って女生徒の演奏から目を離せなくなっている。

ぼくもそうだ。

こんなに上手い、流麗で優しい調べを出せるのは。

あの人以外に知らないと。


やがて静かに曲は終わる。

しばしの余韻を残して手を止めた女生徒は、閉じていた目を開くと入口で覗いていたぼくたちを見ることもなく声をかけてきた。


「もう入ってきていいよ」


どうやら気付いていたらしい、ばつの悪い思いながら音楽室へと入室するぼくと武。

彼女は別段、気を悪くした風もなく、鍵盤の蓋を閉じて帰り支度を始めた。

タイの色を見るに上級生―――二年生だろうか。

シャギーの入ったショートカットに、眠たげな瞳が印象的な先輩だ。


「あの、凄かったです。俺、音楽には詳しくないんですけど、何というか・・・心に来る曲でした」


そんな先輩に飾らず話しかける陽キャ・武である、が。


「そう」


賞賛など聞き飽きているのか、淡白な反応の先輩である。

これには少し困った風の武であったが、ぼくには関係ない。

彼女が鞄を持って去ろうとしている横で、ピアノの鍵盤の蓋を開けて椅子へ座るぼく。


先輩は喋らない。

野郎二人の入室に臆することなく淡々と楽譜を片付け、ぼくと視線を合わせることすらしない。

しかしそんな事はいい、別に口説きたいとか女性として興味があるとかそういうのじゃない。

ぼくはただ、彼女と対話がしたくなっただけだ。


「時間があったら聞いていけ」


ぼくは。

幼い頃から何千万、何億回と指を這わせてきた鍵盤に手を添えると。


「ぼくのほうが、上手い」


―――ショパン、幻想即興曲。


スピード感のあるピアノテクニックを必要とし、曲名の通り幻想感を表に出した曲目。

強弱でいうなら強をメインに、テンポは速く。

月光をイメージした彼女の曲に対してのアンサーとしてはこれしかないと。

ただひたすらに、ぼくは音楽を楽しみ。

聞いてくれる先輩や武を楽しませるために鍵盤を叩く―――。


「・・・!!」

「幹・・・お前・・・!」


先輩も、武も驚きで目を見開いてみてくる。

けどそんなのはいい。

ぼくを見る必要はない。ぼくの音楽を聴いてほしい。

ぼくの考える幻想は・・・これだ。

ピアニスト、愛葉 幹はこんな人間だと。

音楽を通して知ってくれればそれでいい。


そう、いつか美奈子が言ってくれたように。


『幹は、楽しそうに弾くから上手いんだね!』


あの時の感動が、忘れられないから。


やがて曲は終わる。

定められた楽譜がある以上、それは避けられない。

けれど、その限りある時間の中での音楽だからこそ価値があるとも思える。

ぼくは。

流れる汗を拭って、立ち上がると彼女と武へと一礼して頭をあげた。


「ご清聴ありがとうございます」


これだけ。

これだけを言いたくてピアノを弾いた。

確かに彼女のピアノは上手かった、けど聞いてくれた相手へのリスペクトが足りなかった。

だから、説教をするのではなく、音楽を通して感じ取ってほしかった。

そこだけはぼくの方が優れているぞ、と。

そこが身に付けばあなたのピアノはもっとよくなるぞ、と言いたかった。


「すごい・・・すごいぞ、幹!」


武は少し興奮気味にぼくへと寄ってきて肩を叩いてきた。

痛い痛い。


「こんなにピアノ弾けるんだな!凄いじゃないか!」

「語彙力」

「そりゃ凄いしか言えなくなるって!いつからピアノ弾いてたんだ?こんなに弾けるようになるのは相当努力しなきゃだろ?」

「聞き方がボディビルの掛け声」


適当に武の質問攻めをあしらいながら、どうだ、とばかりに先輩を見やる。

すると、少しムッとした先輩はぼくの手を取り、


「・・・君、名前は?」

「1年A組。愛葉 幹です」

「わたし、2年A組。(ひいらぎ) 刹那(せつな)


そしてそのままグッとぼくの腕を引き寄せて、力強く言った。


「時間があったら聴いて行って―――わたしの方が、上手い」

「・・・聞きますよ」


無表情の中に燃える瞳をみたぼくは、挑戦的な柊という先輩の誘いに乗って音楽室の長机へ腰かけた。

フッと笑う武もぼくの隣に座る。

柊先輩といえば指にマニキュアを塗って準備すると、先ほどと同様―――否、先程より美しい音楽を奏で始めた。


真剣な表情で鍵盤に向かうその表情は、音楽に対する愛情を感じさせる。

夕日に照らされてどこか幻想的な雰囲気を醸し出しているその姿に、ぼくは気付かず見とれてしまっていた。

半開きになった口からは言葉が漏れず、ただ感嘆の吐息と静かな呼吸だけが往復している。


これが、音楽。


楽曲がクライマックスに至る過程で、彼女の表情が楽しげな笑顔になっていくのを見て、ぼくはそう思った。

音を楽しむと書いて音楽、それをこうまで体現している人間もそういまい。

そう、ぼくやぼくの先生みたいに―――。


「本当、凄いな二人とも。音楽が出来ない自分が悔しいくらいだ」


武がそう呟くほどに、楽しい時間は続く。

彼女が弾き終わればぼくが弾き、ぼくが終われば彼女が。


そんなやり取りをずっと続けて、気付けば時刻は18:00を過ぎていたのであった。



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