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男子Aの日常と復讐譚  作者: 魚妻恭志郎
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入学

ぼくの通うことになる公立朝ヶ丘高等学校は小高い丘の上にある、そこそこ偏差値の高い高校である。

だからか通学路はだいたいが坂となっており、登って歩くだけでひぃひぃと息を切らせている新入生らしき人とたくさんすれ違った。


ぼくに限ればそこまでしんどくはない。

小学生に必要なのは足の速さ、中学生に必要なのは学問、高校・大学で必要なのは女にモテるコミュ力と親含めた親戚一同がそうぼくに叩き込んだおかげで、体力に関しては小学生のころからある方だ。

なので坂くらいは軽い軽い。

傾斜があと5度あったら面倒くさいと思ったかもしれないが。


街の景色を遠くまで眺められるくらいには高いところに校門はあった。

門のそばには『入学式』と書かれた看板が立てかけられており、桜の木からは花弁がはらはらと降り注いでいる。

まさか一人で入学式を迎えることになるとはな。

両親は忙しくて海外を飛び回っており、今は妹と叔父の家に居候している状態だ。

その叔父も日中は忙しくてぼくの入学式に付き添うことが出来ない、

いや、あんな暑苦しい人来てほしいとも思わないけど。

とはいえ、いつだって傍にいた二人がいないというだけでこんなにも寂しく感じるとは。

やはりあいつらはぼくにとっての日常だったんだな、と再認識して、すこしじんわりと涙が浮かんできたのを拭って歩き出す。

いまごろあいつら何してるかな。


『素敵!ここでわたし達は三年間を過ごすんだね!』

『ああ!幹はいないけど、オレたち二人で幸せを掴もうぜ!』

『和弥!』

『美奈子!』

『『ブチュウウゥゥ~~~~~ッッ!!』』


いやいやなんだその想像。ギャグか。

仮にそんなことになってたとしたらもうそれはぼくの知ってるふたりじゃない。

だめだ、センチメンタルになるな。思考がおかしな方向へ行ってしまうぞ。


肩を落としながら昇降口近くの掲示板へと向かうぼく。

そこには個人のクラス番号と出席番号が張り出されており、既に複数人の新入生が群がっている。

すっすっと人の隙間を縫って掲示板に近づいて自分の名前を探す。

愛葉 幹、愛葉 幹・・・。

と、探す必要もなくA組の出席番号1番なのだな。

小学校中学校と毎年こうだ。名前があいから始まるゆえか、必ずぼくが出席番号1になる。

はは、公立A高校の1年A組男子Aか。

ぼくにはお似合いだな、ははは。

と、自虐気味に思いながらその場を離れようとしたところ。


どん、と。

ぼくの背中に何かが当たった感触があった。


「あ痛っ!いたぁ・・・ご、ごめんなさいっ、私よそ見してて!」


振り返ると、地べたに尻もちをついている女子がひとり。

角度的にパンツは見えなかったが結構な大股開きになってしまっている。

状況的にあれか?この人ごみの中ぼくにぶつかって倒れたのか?

器用なドジだな、と思ったが掲示板回りはわりと人がはけており、むしろぼくがこんな中央で立っているのが邪魔だったのかもしれない。


「・・・大丈夫かい?」


わたわたと慌てて両手をあわあわと振っている女子へ、紳士的口調で手を差し伸べてみる。

そんなぼくの手をどこか呆けた目で掴んで立ち上がった彼女は、パンパンとスカートの埃を払うと、ぎくしゃくとした動きで頭を下げた。


「あ、ありがとうございますっ!わたっ、私っ、渡部(わたべ) 真夏(まなつ)といいます!お、お名前を伺ってもよろしいでしょうかっ!」

「・・・愛葉 幹ですが」

「あいば、つかささん・・・!」


何が珍しいんだかぼくの名前を反芻した彼女、わたべさんは、またも勢いよく頭を下げるとにこりと笑顔を作って礼を言ってきた。


「わ、私、B組ですっ!何か縁がありましたらまた会いましょう!」

「あ、はい、お元気で」

「はいっ!」


三度目のぺこりというお辞儀をして去っていくわたべさん。

その足取りがどこか嬉しそうで軽そうだったのが印象に残った、が。

こちらとしてはもう何さんだったか忘れてしまう程度の出会いだったわけで。


「美奈子のやつ、入学早々ナンパされてないだろうな・・・」


遠く離れた場所にいるであろう美奈子へと想いを馳せ、その身の安全を和弥に託してぼくは下駄箱へ向かって歩いて行く。

ぼくの中では先ほどの出会いも、女子の名前も顔も、記憶に残っておらず。

興味のある事以外はとことんドライな自分に気付くこともなく靴を履き替え、教室へ向かうのであった。



※※※※※※



1年A組の教室は1階の端っこにあった。

1年のクラスはAからCまでの3クラスなのでさもありなん、といった感じだが、まぁとりあえず教室に入ると出席番号的に一番前の端の席へと腰かけるぼく。

鞄を机の横にかけて、立て肘をついて教室の全体を見回してみる。

やはり高校とはいえ新入生が多いためかまとまりがなく、席についてそわそわしている奴、教室の後ろでスマホをいじっている奴、誰かと会話しているコミュ力の高い奴と、なかなかに見ていて面白い。


「よっ」


担任が来てから入学式のために体育館へ行くというプログラムが書かれたしおりをぼんやりと眺め始めたぼくだったが、隣の席に少し背の高い男が座ると、なんとそいつはあろうことか笑顔を浮かべてぼくへ挨拶をしてきたのだ。

まさか話しかけられるとは思っていなかったぼくは、おっかなびっくり返事を返す。


「・・・おぅ」

「そんな警戒するなよ。俺は大塚(おおつか) (たけし)。これからよろしくな」

「・・・愛葉 幹」


なるほど『あ』から始まって『お』がぼくの隣になった感じかなるほどね。

特に握手とかそういうのもなく名乗り合うだけのやり取り。

男同士の初対面なんてこんなもんで十分だ。

そして、高校での友人関係は一生ものになるという。眉唾だが。

この大塚何某がぼくの一生の友となりえるのだろうか。

まぁどうでもいいけど。


「・・・大塚くんは」

「なんだよカタいな。武でいいぜ、幹」

「・・・武はモテるだろ。何だそのコミュ力」

「ぶふっ・・・急に何言いだすんだ、笑かすなよ」

「いきなり初対面の人間と下の名前で呼び合おうって方がどうかしてる」

「そうか?仲良くなる過程が面倒なだけだぜ」


なんというのかな、こいつは爽やかにぼくとの距離をぐんぐん詰めてくる。

それでいて嫌味がないのがこう、ベビーフェイスな感じだ。

ベビーフェイスっていうか正義超人だな。

よくよく観察してみれば、身長172センチのぼくに比べて10センチくらい背も高いし、少し天然の入った短めの髪型もクールで格好よく見える。

完全ストレートを中分けにして伊達眼鏡をかけただけのぼくとはひと味もふた味も違う。

これが陽キャってやつなのか・・・。


「ま、仮にモテたとしても、本当に好きな奴に好かれなきゃ意味ないだろ」

「・・・それは、そうだな。同意だ」


なんとはなしに武が言った言葉に深く頷くぼく。

確かに―――美奈子以外の女に好かれたとして―――ぼくは嬉しいか?

告白されたことがないから全く想像がつかないが、きっと嬉しくはないんじゃないか。

むしろ迷惑・・・なんて思うのも、相手に失礼か。

そもそも告白されてもいないのにそんなこと考えても無駄というものだ。


などと話をしていると、先生らしき人物が教室の扉を開けて侵入してきた。

パリッとしたスーツ姿にオールバックの髪型、いかにも厳めしそうな表情で教壇に立ち、生徒全員が席に着くのを待つ。

席に着いたら静かに頷き、先生は低めのダンディボイスで教室内を見渡して名乗った。


「入学おめでとう、諸君。本日より1年A組を担任する氷川(ひかわ) 寿(ひさし)だ。諸君はこれより高校生としての自覚をもち―――」


なんだか長そうな話が始まった。

ぼくは武と顔を見合わせて黙っていようとアイコンタクトして話が終わるのを待つ。


想定以上の話の長さになった氷川先生の話の内容はほとんど覚えていないが、一つだけ印象に残った言葉が。


「卒業までの三年間、何を選択し、何を決断するかは自由だ。だがそこに責任が付きまとうことは忘れないよう、心に留めておいてほしい」


何を選択し、何を決断するか、そしてそこに付きまとう責任。

その部分だけを頭に残して、ぼくは入学式のため体育館へと移動し始めた。


選択も、決断も、美奈子に告白することすら出来なかったぼくにはもはや薄ら寒い言葉であるが、近い将来にやがて来るのだろう。

選び、決め、責任に苦悩する時が。


そのときにまた後悔しないように―――そう考えるのはきっと、悪いことじゃないはずだ。


・・・などと、考えているうちに入学式は終わっていた。


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