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男子Aの日常と復讐譚  作者: 魚妻恭志郎
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男子Aという少年

初投稿です。

ぼくには二人の幼馴染が居た。

一人は男で一人は女。

家が近所であった関係で産まれてすぐ一緒に育ったぼくたち。


三人はいつも一緒だった。


泣かせたこともあったし、笑わせたこともあった。

逆に泣かされたり笑わされたり。

そんな日々を繰り返して、ぼくらは仲良くなっていった。


三人はいつも一緒だった。


けれどぼくはいつしか。

幼馴染の女のほうを好きになっていた。

懐っこい笑顔と、からかったときの拗ねた顔と、時に澄ました凛々しい顔が好きだった。

芯が強くて、優しくて、諦めない芯の強さが好きだった。

やがてぼくらは、ぼくはもやもやとした想いを隠したまま中学生になった。

男と女という性別の境界線は深くなり、ぼくらとあいつは少し距離が遠くなった。


違う。

勝手に遠ざけて逃げていたのはぼくだ。


だからかな、中学卒業の日。

もう一人の幼馴染が、あいつに告白してOKをもらったということを、ぼくは後で知った。

ぼくが自分に素直になれない間に、あいつは―――あいつらは。

お互いを好きだって感情を認めて、前へ進んでしまったんだ。

ぼくを。

ぼくだけを残して。


三人はいつも一緒だった。

その輪から離れたのはぼくだ。


今でも後悔している。

あの日、もっと先にぼくが告白していたのなら。

気持ちを伝えていたのがぼくだったのなら。

あいつは、どんな顔をして、何て返してきたのかな。


今でも羨ましく思っている。

ぼくがおまえだったなら。

あいつの隣にいれたのがおまえじゃなくてぼくだったなら。

その時おまえはぼくに、何て言ってきたのかな。


なんでもない、ありふれた、悔やみきれないエピソード。


これからも思い出しては苦い思いがよぎるのだろう。

そして今も、想いを振り切れないままに。

目を覚ましてもあの日には戻れない。


今日からぼくは高校生。

あいつらとは違う学校に通うのだから。



 ※※※※※※



朝の六時。

まず目覚ましを止め、グレーの制服に着替えて伊達眼鏡をかける。

中学のころから愛用している香水はブルガリのプールオム。

三人の思い出の品だけに、なかなか変える気がおきない。

財布やスマホをポケットに入れて部屋を出て階段を下りると、キッチンへ向かう。

エプロンをして焼き鮭をさっと作り、その間に沸騰させておいただし汁の火を止めて味噌を溶かす。

冷蔵庫から漬物と納豆を取り出してリビングの食卓へ並べ、炊飯器から白米をよそる。

あらかた準備が出来たあたりで、匂いに誘われたのかパジャマ姿の妹がのそのそと顔を拭いながらやってきた。


「ん~、おにぃ、おはよぅ・・・」

「おはよう。朝ごはん出来てるぞ」

「たべりゅ・・・」


椅子を引いて寝ぼけ眼の妹を座らせて箸を持たせる。

反対側の席に座って頂きますと呟くと、手早く朝餉を食べ始める。

安売りの鮭の切り身にしては美味い。

納豆との相性も良い。白米が進む。

手早く食べ終わると同時に妹のおかわりを注いでやり、自分はスマホを眺める。

ラインは未読二件。

幼馴染のふたりからだが見る気が起きない。

いまの自分があのふたりとの輪に加わる資格などない―――だからこれでいい。

言い訳がましいなと自嘲しながら立ち上がると、ぼくは妹に言う。


「今日ぼくは入学式だから早めに帰るけど、おじさんに昼飯はいらないって言っといて」

「りょ」


そろそろ目が覚めてきたのかぱっちりとした瞳で敬礼のポーズをとる妹に片づけを任せ、ぼくはリビングを出て玄関前の立て鏡と向かい合う。

・・・よし、問題ない。

ウェットシートで口周りを拭いて靴を履き、鞄を肩にかけて、玄関を出て鍵を閉める。

左右を見回して誰もいないことを確認しようとした―――が。


「おはよう、幹」


ぎくり、として振り返る。

ぼくを幹、と呼ぶのは家族を除けば二人しかいない。

そのうちの女声といえば一人しか。

家の近さと通学タイミングの問題で出くわす可能性大なのだから仕方ないのだが。

視線の先には、着なれない高校の青い制服を身に着けた、あいつがいた。


「・・・おはよう、美奈子」


そう、彼女の名前は葛城(かつらぎ) 美奈子(みなこ)

このぼく・・・愛葉(あいば) (つかさ)の幼馴染の女の子だ。


美奈子はにこにこと笑顔で両手を腰の後ろにやると、上目遣いにぼくのそばまで寄って、トレードマークの黒髪ポニーテールを揺らしながら言った。


「ふふ、似合うね制服。幹はもともと体格もいいから」

「おまえこそ」

「ん?」

「・・・似合ってる。制服」

「おっ?」


絞り出すように褒めてやると、意外そうな顔にすこしの照れを混じらせてぼくを肘でつついてきた。


「えっへへ。どしたの?幹にしては素直じゃない?」

「ぼくはいつだって素直だ」


どの口が言う―――こんな嘘をすらりとついてしまう自分が嫌いだ。

おまえには嘘ばかりついているというのに。


「でもよかった。ライン全然返事ないから、ちょっと心配だったの」

「気付かなかっただけだよ」

「ならいいけど」


ぼくはポケットに手を突っ込んで眼鏡を直すと、視界の端からそろそろと近づいてくる影が一つあるのに気付き―――。


「わっっっ!!!」

「わっじゃねぇよ誰が驚くか」


肩に向けて突進してきたその影にチョップ一つ。

大仰なリアクションで痛がるそいつに、ふん、と鼻息一つしてじとりと睨む。


「相変わらず馬鹿で安心だよ和弥」

「なんだよー!こっちは連絡ないから心配してたんだぜ!」

「ご心配ありがとう。でも必要ないので廃品回収へどうぞ」

「オレの心配廃品扱い!?」


もう一人の幼馴染・・・明るい髪色の男、赤星(あかほし) 和弥(かずや)

ぼく―――幹と、和弥と、美奈子は。

いつだって三人一緒の幼馴染だったんだ。


「幹もこれから高校か?いいなぁ近くて。オレたちは電車使うからなー」

「おまえらがぼくと同じ高校に受からなかったからだろ。偏差値の低い自分たちを呪え」

「えー!ひどいよ幹!わたしたちだって頑張ったんだからね!」

「そーだそーだ!自分だけ運よく受かりやがって!」

「ふん、凡人の僻みが心地よいわ」


そんな三人が今日からは違う学校に通うことになる。

いつまでも一緒には居られないのは分かっている・・・つもりだった。

一緒にいられないのは・・・ぼくだけだ。


きっとこの先、なにがあったも美奈子と和弥なら二人一緒に生きていけるのだろう。

やがてぼくのことは思い出に変わってしまうのだろう。

ああ。

それはなんだか、嫌だな。


「ギャーギャー言ってないでさっさと行け。遅刻するぞ」

「おっと、もうそんな時間か。じゃな、幹!学校終わったら連絡しろよな!」

「できたらお昼一緒に食べようね!」

「ああ。できたらな」


足で行くよう促してやると、和弥と美奈子はすこし慌ててぼくに手を振って去っていく。

その背中をしばし眺めていたぼくは、じゃれあいながら歩いていた二人がやがて、ゆっくりと手をつないではにかみ合うのを見てしまった。


「・・・っ」


それ以上見ていられなくて、ぼくは学校へと向けて駆け足で走り出した。


ああ、分かってる。

あいつらと同じ学校にも本当は滑り止めで受かっていた。

それでも、一緒の道を選ばなかったのはぼくだ。

あいつらの間に居場所を失ってしまったから。

美奈子は和弥のところに行ってしまったから。


ぼくは主人公にはなれない。

美奈子というヒロインが傍にいないから。

だから、物語の主人公とはつまり、和弥のことを言うのだろう。


ぼくは、愛葉 幹という人間はきっと、物語の登場人物としては単なる男子A。

かつて主人公の幼馴染だったというだけの、モブのような存在だ。

それがたまたまスピンオフのメインに抜擢されてしまったようなもので。


そんなしょうもない存在が、高校という場所でどのような物語を紡ぐのか―――。


何も、期待はしなくてもいい。


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