悪夢
3話 悪夢
わたしは、逃げている。
何処だろう。ここは知らない街角。
なんだか精気のない人間が、まばらに座り込んでる。
どんどん進んで行くと。
女の子が、道の真ん中でしゃがみこんでいた。
わたしはその子の手を取り一緒に逃げようと走り出した。
何に、追われているんだろ。わからないけど、とにかく逃げる。何処までも。
道が、だんだん狭くなってきた。いつの間にか洞窟のような場所に入ったようだ。
壁をさわると、それは、岩ではなくぶよぶよした、肉のような物。まるで、なにかの体内にでも入ったような。
手をつないでた少女だと思っていた子が、大人の女になり、私より前に出て振り返った。
あ、この人は。
「私から逃げて、死んじゃうなんて、ダメよ」
この綺麗な人は、だれだっけ。知ってるのに思いだせない。
「自殺なんてしたら、地獄に落ちるわよ。地獄なんてつまらないトコより。私の世界の方が楽しいのよ」
その言葉のあと、壁だと思っていたのが、人間の形に浮き出た。
そして、その人間たちは全裸。
彼らは男女かまわず重なり合っている。
人の壁?
ホホホホホ
目の前の美しかった女が笑うと、女の顔が変わっていく。
目が吊り上がり、口が裂けて、牙の生えた口から長いか舌が出てきて踊るように上下する。
重なり合う男女の中から、わたしを誘う手が。あっという間に裸にされ、乱交のウズに巻き込まれた。
「いやぁああ」
病院のベッドに寝ていた彼女が悲鳴を上げ暴れだしたのを、ボクと担当の看護師で落ち着かせた。
「大丈夫、ここは病院だよ」
「先生呼んできます!」
翌日。ボク同様身体になんの怪我や異常がなかった彼女は退院に。
ボクは、オーナー、ソフィアさんと彼女の迎えに。
「退院祝のドライブでも行こうじゃないの安田くん」
オーナーに言われてボクが運転のクルマで、ちょと遠出した。
「ソフィアさん……わたし」
「大丈夫よ。私たちが力になるから。偶然ねあなたとビルから落ちたのは、ウィッチ・パラダイスと同じオーナーの探偵社の人だったの。運転してるのが探偵社の安田くんよ。助手席の人がオーナーの松平さんよ」
「今頃だけど安田 明です」
「はじめまして松平ですお嬢さん」
「オーナーは見かけは強面だけど、やさしいイイ人だから頼りにしてあげると喜ぶわよ」
「ところで、みんな腹減ってないかな。えーとお嬢さん、名前は?」
「名前は……多分渋谷カナ」
「渋谷かな?」
「渋谷、カナと教えられました、私の同居人に」
「それは、どういうコトかな?」
「わたしひと月前よりの記憶がないんです。気がついたら同居人の家に」
なんだかおかしな話だな。なぜ、その同居人とやらが病院に来なかったんだ?
「その同居人という人は?」
「女の人で綾樫エリスという人です。彼女が言うには、わたしと五年も一緒に暮らしていたと。でも、そんな記憶もありません」
「その同居人に会って話しを聞いた方がいいかな。ねぇソフィちゃん。その前に何か食べに行こう」
オーナーが経営してるレストランに入った。
入るなり個室に通された。メニューは見ずにオーナーが適当な物を注文しウエイターが出ていってから。
「中国から入ってきたそうなんだ。獏っていう妖獣は。でも、中国の獏って夢は食わないんだそーで、獏が日本に伝えられた時に縁起物として、悪夢を食うって伝えられたんだな」
オーナーは、ちょっとは知られたオカルトマニアで研究家。この手のことは詳しい。
「私もちょっと調べたの。へんなことに欧米系の幻獣で夢を食べるとかいうの見当たらないのよね。欧米系は逆に悪夢を見せる方。有名なので夢魔とかの」
「サキュバスとかですね」
「安田君もサキュバスは知ってるか」
「漫画とかでよく」
「実はな日本に居るんだ。夢食うモノノケが」
「獏ではなく?」
「ああ。江戸時代にな、そいつと中国から伝わった獏をうまく合わせてわかりやすくしたんだとさ。で、夢食う獏が出来上がった」
「獏意外にそんなモノノケが。知りませんでした。さすがオーナーね」
「ある日本の古書にな載っていたんだ。そいつはアジア全域のモノノケついて書かれた書だ。それにな。まあその古書は偽書扱いされてるからあやしいんだが。『悪夢喰らい』っていう鬼の話が載ってる」
「悪夢喰らいですか」
つづく