「邂逅(かいこう)」1
目の前には高い山が連なっている。白い峰が続いており、人を拒絶した世界のようにも見えた。下弦の月が嶺の間から現れて辺りの景色を藍色に染めている。二時間もすれば朝日が昇り、白銀の世界を現すはずだ。
嶺のずっと手前にある山の途中に、山荘とも呼ばれる小さな城がある。何百年か前は砦として使用されていた建物で、今は嶺国の王族の避暑用に使用されているものだ。王族たちが使用していない期間は、一部を観光客に開放していることもある。
だが今は冬の終わりで、管理をしている者たち以外は住んでいないはずの城だった。
一人の男が手で指示を出すと、付近にいた男たちが縦並びで城に潜入した。足跡は一人分しかついていない。それも動物の足跡にも似たものだ。男たちは城の影になっている箇所にたどり着くと、縄一本を使って壁を越えて、城の敷地内に侵入した。
城は山の中腹の崖に建てられており、その下は渓谷の狭間を流れる川になっている。川底も深く、流れは激しく、落ちれば生きて帰ることはない。
崖以外の場所は山になっているため、雪がとても深い。だが、城は雪崩の危険の無い場所に作られている。城は自然が作った崖とそこに出来た穴などを基礎にして、そこへ木材など追加して作られた。長く砦として使用し続けられただけあり、頑丈で安全な場所だった。
また現在は王族の為に定期的に安全点検がされているため、住んでいる者にとっては、そこらの建物よりも安全が確保された住処になっていた。
砦として作られたものだ。それは外敵の侵攻を確認するための場所である。昔に存在していた騎士たちの侵攻ならば十分に有益な代物だった。
だが現在、この城の周りを囲んで城に侵入しようとしているのは『無月の里』の忍びたちだ。中にいる者に気が付かれることなく侵入を果たすことが出来るものたちだった。
冬至は城に侵入している男たちの一人だ。
今回、自分たちの班以外でも、幾つかの部隊が任務についていた。だがその中でも冬至が所属している部隊の仕事は最初に城に侵入し、現在、城を占拠している反政府側の危険人物の確保、もしくは排除になっている。
全体的な動きとしては、危険人物を排除することによって、後から侵入してくる別部隊の仕事をやりやすくすることでもあった。
つまりは一番危険な仕事を行う部隊だった。
冬至は視界の端で空を確認した。
月がゆっくりと天上に浮かんでいるのが見えた。
雪で覆われた嶺を下弦の月が白く青く輝かせていた。
昨夕まで雨が降り、その後雪に変わったという。だが今は晴れている。空には雲がほとんど無かった。そのせいか気温は更に下がり、まるで月を冷たく凍らせようとしているように見えた。