7話
「いった――――い!」
ロゼは一人、森の中にあった落とし穴に落ちており、尻を押さえて痛がっている。
薄暗い穴の下は、洞窟になっているようで先が続いており、ゴツゴツした石や土で出来た壁に包まれているのが落ちてきた穴の僅かな光から窺える。
その先は光がなく、真っ暗で不気味な雰囲気が漂っている。
後ろは落ちてきた衝撃で道が塞がったようで、ロゼは立ち上がって全身の力が抜けていくような溜息を漏らし、仕方なさそうにそんな洞窟の奥へと足を進めるのだった。
「フラッシング」
ロゼが魔法を唱えながら右の掌を上にすると、その手から光を放つ玉が出現する。
フラッシングは、フラッシュの分離型で魔力調節によって灯り代わりにもできる。
ロゼは、その灯りを頼りに足を進めていくのだった。
「ったく、なんでこんなことになんのよー!!
全部バロウのせいだわ。あいつが森の中に入るとか言って。そりゃあ困ってる人を助けたいとか思うのも分からなくはないけど。そういうところが魅力的なんだけどね。
でも…………なんでこんな変な事が続いて起きるのよ〰〰!
ここには旅行気分で来たのに台無し! せっかく久しぶりにバロ……皆と楽しく過ごせると思ったのに!
そもそも!
…………そもそも……わたし、敵の術中に入っていたなんて全く気づかなかった。
ダメね。これじゃあ残して来たメノアとポロに面目が…………いや、ポロなんかはどうでもいいのよ。メノアには申し訳ないとは思うけど、あの子はどっ――でもよかったわ。
って、今はあの生意気チビは、ほんっっっとにどうでもいいのよ。
この先はちゃんと地上に繋がっているのかってこと! 見たところダンジョン化はしてないみたいだから魔物との戦闘はしなくて良さそうだけれど…………だからって地上と繋がっているかと言われても微妙なのよね。
はぁ~、また遊園地に行って遊びたい」
そんな愚痴をこぼしながら道に度々ある水溜まりを避け、洞窟を進んでいると誰かの声が洞窟内を反響しながら聞こえてくるのだった。
「申し訳ございません頭領。目標を見失ってしまいました」
それを聞いたロゼは両手で口を抑えて息を凝らし、足を止める。
こんな所に人!? きな臭いわね。さっきの女と関係あるのかしら?
どうせすぐには帰れそうにないし、少し調べた方が良さそうね。
ロゼは片手で口を抑えたままゆっくりと声のする方へ近づいていく。
「構わない。ティーレマンスがその後を追ったからな」
「ティーレマンスが……」
「それよりキーの方はどうなっている?」
「現在、影が見張りをしておりますが、まだホテルから離れていないようです」
声はどんどん近づいており、その分ロゼが声の主に近づいている事を意味していた。
その洞窟の先には、光に照らされて表面が青緑に輝く岩が見える。その岩へと静かに行きつくロゼは、声がする方をその岩の影から覗いた。
見えたのは、黒いマスクをした金髪の男。それを奉るように頭を下げる長く、チリチリした黒髪の清潔感に欠ける男。岩に身を委ねるように立つ全身に大層な赤い装備を着た茶髪のゴツイ顔の男の三人だった。
こいつら、さっきの女の仲間? なんか怪しげな雰囲気ね。何を企んでるの?
「こいつを起こす最後の鍵はあの女だ。夜までにはここへ連れてこい」
「はっ!」
「頭領、儂も行くか?」
「いや、まだお前はいい。何をするかわかったものではないしな」
「はっはっはっ! こりゃあ一本取られた取られた!」
「ドーラバ、いいかげん頭領に対する態度を改めろ。この方はあのコロッサスを従え、この世界の頂点に座する方だ」
低く掠れた声の男が指さす方をロゼは見る。
「っ!!?」
そこにあったのは三人を見下ろす巨大な像の顔だった。
何アレ!!?
何であんな物がこんな所にあんのよ!?
不気味! ってか、キモイ! 気色悪い!!
「そんなことは今はいい。一刻も早くコレを完成させるのだ」
「はっ! お任せを」
お辞儀をするガレスビュートは、ゆっくり立ち上がると洞窟を戻り、影の中へと消えていく。
あいつ、まさかわたしたちの誰かを襲いに行ったんじゃないでしょうね!?
もしそうなら、皆が危ない。わたしも早いところここを脱出しないと。
◇◇◇
ブリリアントホテル12階にバロウ達が泊まっている部屋がある。
また、メノア、ポロ、サクラが現在居る階も同様12階の一室であった。
ふかふかの白いベットやシーツが誰かが利用した後で皺が入っており、毛布が無造作に捲られて、その空いたスペースに座る心配そうな顔をするサクラとそれを元気づけようとするメノアがいた。
「大丈夫だってサクラちゃん。お兄ちゃんたち、あれでも結構強いし、心配することないよ」
「…………」
ポロちゃんがお菓子を買いに外に出た後にサクラちゃんが起きてくれたはいいけど、ずっとこんな感じで反応なし。お兄ちゃんの名前は度々呼んではいるけど。
さっきのプールで何かあったと思うからそれも聞きたいんだけど、何も言ってくれないし。
この際、記憶喪失かどうか聞いてみようかな。
「サクラちゃんって…………」
「…………バ、ロウ」
メノアの声掛けに対して無反応なサクラは、俯いて一言だけバロウの名前を漏らす。
やっぱりお兄ちゃんが心配なんだ。こうやって見てると、わたしもどんどんそんな気持ちになってきちゃう。
ダメダメ! わたしは、わたしだけは、二人を信じてサクラちゃんを守らないといけないんだ。しっかりしなきゃ!
一時、心が揺らぐメノアは首を振ることでそんな想いを振り払おうとしていた。
◇◇◇
ブリリアンアイランドビーチの一角、ケンタとゾアスとラキウスの三人が日を変えてナンパを続行していた。その出来は良いものではなかったようだが。
「ね、ねぇ……そこのねぇちゃん、ちょ、ちょっと俺たちと遊ばなーい…………?」
水着姿で砂浜を歩く三人組の女性達の前でぎこちない滑舌のケンタの口が動く。
その後ろで見てるラキウスはケンタを冷めた目で見つめ、ゾアスは視線を逸らしている。ケンタが口説く女性達も苦笑いをしながらケンタを避けるようにして通り過ぎていった。
「…………な、何故?」
「ケンタ、センスが無いヨ。昨日から何も変わってないじゃないか!」
「お前等だって誰一人口説けてないだろ!!」
「俺もこういうのは向いていないのである」
「オラはこんなにイケイケなのに……何故女が寄ってこない…………。謎だヨ!」
「お前みたいなのに寄ってくる女がいたら逆に怖いわっ! 鏡見てから言え!!」
キレるケンタとラキウスの喧嘩が始まった。
「何!? 聞き捨てならないヨ! オラのどこが悪いんだヨ!!」
「顔! 髪型! 性格! 全部だ全部!!」
「ケンタの方がモテない顔してるヨ! どうせ今まで一度も持てたことなんてないんだロ!!」
「始まった……。昨日から女が捕まらないとこうして喧嘩になる。これだからモテないのだ」
「「なんだって!!?」」
ケンタとラキウスを傍にゾアスの愚痴が聞こえた二人は、もの凄い形相で言い放つ。
「ぐっ、聞こえていたか……」
再び睨み合うケンタとラキウスに呆れたゾアスは、二人から視線を逸らそうとして森の方を見た。その視線の先で森の中からビーチの方を覗く黒い影二つを捉えたのだった。
「なんだアレは!?
おい、二人共! アレを見ろ!!」
「「あん!?」」
同時に振り返る二人は、それを見た瞬間怒りの形相が驚きに変わる。
「っ――なんだ、アレ?」
「人じゃないのかヨ?」
「絶対違うだろ。どっちかっていうと――」
「魔力、であるか?」
「ああ、そんな感じだな」
さっきまで喧嘩していたはずが、その黒い影を見た途端にそんな気が失せたようだった。そんな三人の視線に気付いたように影達は森深くへと姿を隠していく。
「何か面白そうだな。女の人のケツを追っかけるのも割と楽しかったけど、今度はあっちの方が面白そうな気がする」
「そうであるな。これ以上続けるより、釣りでもしようかと思ってたところ。あの謎の影の真相を掴む為に冒険へ出掛ける方がずっと心が躍りそうである」
「これ以上やっても成果は無さそうってのは理解してるヨ。オラも付いて行くヨ」
目を輝かせ始めるケンタとゾアスを見てしばしば了解するラキウス。
「よし、追いかけるぞ!」
「「イエーイ!!」」