6話
俺はガレスビュートに不意打ちを叩き込んでから先程ロゼと別れた通路へ戻ろうと足を走らせていた。
だが、周囲が木ばかりで方向が掴めず、自分がどこにいるかも判らなくなってしまっていた。
「クソ…………ここどこだよ! ロゼはどこだ? 俺はどこにいるんだ?
…………ん? あれは――」
だが、それが終わる光明が見えた。
奥の方で木と木の間より漏れる光がこれまでの暗いものより一層輝いているように思え、先にはきっと通路があるだろうと走る足を速める。早くこの森から脱出したい気持ちが強くなっていたのだ。
光の先は、扇形に木が開けた少しばかりの空間と反り立った崖があるだけでさっきの通路ではなかった。俺はそれにガッカリ感を隠せず肩を落とす。
まさか俺としたことが……迷った…………?
はは……まさか、俺が迷うなんて有り得ない。俺は昔から自然の中で暮らしてきた。森の中でもなんとなく、帰巣本能的な感じなものがはっとなって気付いてたら帰ってることがほとんど…………。
いや、いつもはメノアがいたな。しまった。メノアがいない状況で迷っちまった。
そうか、いつもはメノアがいたからどうにかなっていたのかもしれない。
ってことは、どうすればいいものか……。
「君が、邪魔者かい?」
俺を2、3メートルくらいの崖の端に座り、上から見下ろす男がいた。
「…………」
「聞いてる? ねぇ、そこの君っ!」
唖然している俺を急かせるそいつは、鋼色の逆立った髪に灰色の目、肩出ししたシャツを着ているだけで防具という防具はしていない。しかし腰には剣を計4本刺しており、戦いの場に立っている者には違いなかった。
俺はロゼを探さなければならない為、この人に構わない事に決めて早急に次に向かう方向へと進路を変える。
「ねぇ!? ちょっと、どこへ行く気……止まって欲しいんだけど!!?」
何を言われようと俺は見て見ぬフリをし、そのまま駆けていこうとする。しかし、その男は粘り強く俺の前へしかめ面下りてきた。
「止まれって言ってるだろ!!」
「…………何の用だよ」
「うわー、メンドそう……」
落胆するように反応する俺の気持ちを悟ったのか、男は困った表情をする。
「俺はお前に構ってる暇はねーんだ。通らせてもらうぜ」
「そうはさせないよ!?」
俺が男の横を通ろうとすると道を塞いで阻んでくる。
「こちらは君を殺せと命じられている身なんでね、このまま行かせるわけにはいかなんだよ」
「……お前、殺しには向いてないよ。
なぜなら、殺す相手とこんなに話してる。情報が聞きたいわけでもなさそうだし、無意味だ。むしろ呼びかけないですぐに殺すのが定石。だけど、お前はそうじゃない」
「へー? 少しは見る目があるわけだ。でもね、そんなこと言っていられるのも今の内かもよ? だって僕、すっごく強いから」
男の畏怖さえ思わせる笑みを前に俺が一瞬まばたきをしてしまった時だった。目の前から男の姿が消えてしまっていた。
何!?
「あっ、ども! 僕は、旅は道連れ世は情けのティーレマンス。君とはすぐお別れみたいだからそれ以上は割愛するからね」
咄嗟に声する方向を見ると何とも美しい弧を描くように宙を舞うティーレマンスがいた。
「さっきの奴と同じにすぐに蹴散らしてやる!!」
俺は右拳に紋章の魔力を集中させる。魔力は烈火の如く激しく現れ、されどそれが収まると静かに手を包んで踊る。
「それは勘弁だから――先に殺るね」
宙を舞うティーレマンスの背中からめきめきと、気持ち悪く、両方に一本ずつ腕が生え、四本になる。そして腕全てが腰にある剣の柄を掴み抜剣した。
剣は全て細剣だった。
武器所持か……。こっちは素手、更には炎魔法が使えないとなるとやりにくいな、こっちでいくか。
「《赤煌》――15パーセントアドバンテージ!!」
右拳に宿った赤い魔力は、再び激しさを際立出せるように波打ち、そこから瞬時に体全体を侵食する。すると――先程同様に魔力は静寂を極めるように静かになり、体に定着したようだった。
全身に赤い魔力を纏わせた俺は、相手を迎え撃とうという気迫と共に腰を低くして構え、相手を正面から見上げる。
こっちも急いでる、さっさと済ませるぞ。
ティーレマンスは、木を踏み台にし、俺へと向かってくる。
俺の情報を持っていないこいつがそのまま俺へ向かってくるのを不用心だなと思い、俺は右拳を体に隠すように構えて待った。
これならさっきと同じでコイツで吹き飛ばせる。どちらも技量でいえば同じくらいだったようだが、今はその方が好都合だ。
「《赤流陣》!!」
ガレスビュートの時と同様に構えた拳を地面へ向けて振り下ろす。その瞬間に赤い魔力波が俺の拳中心に広がり、衝撃波となってティーレマンスへと向かう。
しかし、ティーレマンスはこれを地面に剣を刺してそれを軸にして飛んで躱し、剣も抜いた。それを予期できなく、ティーレマンスの剣が俺の額に迫っていた。
しまった! いきなり『誘い』で来るとは思わなかった!
初手の『誘い』は普通しない。相手の手の内が判らない状況では、愚策に終わる可能性の方が高いからだ。相手が、自身が捌ききれないレベルの魔法を撃ってくれば完全に劣勢から始まってしまう。
いや、相手の手の内を知っているならば話は別だが、こいつとは初対面。俺がどんな魔法を使うかなどは知らないはずだ。それでもコイツはやった。現に誘いが大当たりして今にも俺に刃を届かんとしている。俺のここからの打開策は――
その瞬間、俺の寸前に激しく、分厚く、木よりも高い斬撃が地面を抉る音と共に飛んできた。それは、ティーレマンスが俺へ向かってくる移動速度に合わせてドンピシャに俺の目の前で直撃。明らかにティーレマンスを狙ったものだった。
「なっ!!?」
斬撃は、ティーレマンスを遠い彼方へと運んでいき、残ったのは剣圧が遠った跡の地面の抉り様だけ。俺はティーレマンスが飛んでいくのを見送ってすぐ左の方を振り返る。
「誰だ!!」
しかしその者は顔を見せることなく、すぐに俺が感じとれる範囲から気配を絶ったようだった。
誰だ……?
こんな芸当ができる者はそう多くない。俺が知ってる奴だと師匠かアミス、シンセリードももしかしたら。だが、アミスとシンセリードがこんな所にいるわけはないし、師匠なら隠れる理由がない。
いや、考える余裕はねえ。早くロゼと合流しないと!
◇◇◇
涼し気な風が吹く森の中を歩くアレン。その道の先の木の影から穏やかな表情をしたヨゾラが顔を出す。
しかし、それに目もくれずアレンは横を通り過ぎ、歩き続けた。
「助けてあげたのに、あの子と顔を合わせなくて良かったの?」
「…………いいんだ」
ヨゾラの問に空を見上げながら歩き続けるアレンが少しばかり笑うように答えた。それを聞いて口元が緩んだヨゾラは、ゆっくりアレンの後ろを付いていく。
「そ」
案外コイツもあの子のこと、少しは買っているのかもね。
「さて、そろそろこっちの仕事も始めるわよ」
「分かってるよ。ったく、ガンマには感謝して欲しいものだ。
まさか取られてはいけなかった血をとられ、その尻拭いに俺が来る事態になったんだからな」
「歳とかじゃないの?」
「……どうだか」
あの野郎に歳なんか理由になるか? 俺からすれば、これはあの野郎が仕組んだと言われても驚かないくらいなんだがな。