24話
焦燥感に襲われたケンタ、ゾアス、ラキウス、ロゼ、アモーラが天高い場所で見下ろすイメガを落とそうと躍起になって駆けていた。
回復の効き目が良かったのか各々の足並みは激流のようで凹凸している地面を苦にもせずにいる。
「ラキウスは、俺たちの陰に身を潜めて攻撃してくれ。
ゾアスは俺と適当な距離を取りつつ、さっきのような醜態をさらさないように」
「ぐ……痛い所を突いてくるではないか」
「正直、ケンタなんかに命令されるのは嫌だけどヨ。今はそんな事を言っている場合じゃないのは解ってるヨ。
注文なら受けてやるから、お前も自分の仕事をきっちり熟せヨ」
「――ああ!!」
先程までの出来事が三人の中でも大きかったようでその表情にはいつもの蟠りや賑やかぶりは消え失せ、バロウの気持ちも理解していた。
俺だったら――絶対許せない。
あんな事を言われて、このまま黙っていられるわけはねェ!
また、想いは皆同じであり、ロゼもアモーラもその目に闘志が宿り、意図せずとも体に力が入ってしまっていた。
「アモーラ、アンタは無理せず引き際は見極めなさい。
どうせ争いは好きじゃないんでしょう?」
「――いえ、バロウ様のお怒り。この胸にまで伝わってきました。
ぜひ最後までお供させて頂きたく存じます」
アモーラが笑顔でパンパンに詰まったような胸を指し示すので少しばかり微妙な顔になってしまうが、溜息を吐きつつ改めて頷いた。
「それなら、力を貸して。わたし一人では、まだアイツの足を引っ張りそうで不安だから」
「そうですね。まだ紋章の力が安定していないままでは仕方ないでしょう。
今回は、わたしと共にいてください。確かに攻撃はからっきしですが、サポートには自信があります」
ロゼは、どこか見抜かれているようで訝しむが、そんな場合でもないと目の奥が笑っていない笑みをとりあえず受け入れることにして急ぐ脚を速めていく。
「遊んでいる暇はないぞ、女共。
もう敵は目の前なんだからな」
巨人像の攻撃がまるで隕石のように降り注ぐ拳によって始まった。
それをぞれそれを回避すべく移動を開始するが、ケンタだけは違った。
先読みをしたように最小限の体捌きで拳を避け、一気に上昇していく。
《闕歩・空拠ノ勘》――!
「こっからは、最大の限だ! バロウの手がなくとも、お前みたいな奴は好きになれねェ!!
俺がお前もこの置物も俺が全部ぶっ壊してやるよッ!!!」
空中で輝かしい光を放つケンタは威圧的な面持ちで巨人像の顔面へと飛び込んでいく。
拳を振り下ろしたことにより、巨人像の顔が下へ下りていたのが功を奏し、ケンタの体はすぐに目標の場へと届いた。
「《天蓬・乱蹴》!!!」
巨人像の薄ら笑いへ向けられたケンタの振り上げる蹴りが、幾重にも重なって見えるほど速く激しく打ち付けられる。
「ク……触るなァ!!」
激しい振動がイメガのいる水晶に罅を入れたが、すぐに体勢を直しながら振り払う腕に一端身を引くことを選んだケンタは舌打ちをしながら落下する。
「ゴミ共が、数が増えたからといっていい気になるなよ!
貴様等は、ただ私に屠られるのを待つだけの存在だろうがッ!!」
イメガの様子は巨人像に入る前と変わっていた。
狂気の中にも貴族らしい佇まいと口調があったはずだが、それが消え失せ、髪も乱れて冷静さに欠けていた。
それも全て巨人像に魔力を吸われる中で巨人像を操る適正を持たない者の運命であるのをカナリだけが知っていた。
「もう、彼自身の思考を表に出すのも難しいレベルに侵食されてしまっているのですね。
これならばあまり面倒なことにはならなそう。
ティラ、貴女も皆の加勢に行ってきなさい。わたしは、あの子が付いていてくれるらしいから」
カナリはメノアを見た。
少しばかりの誤魔化しが含んでいた言葉だったが、それを理解してかメノアは喜びが混じったように顔の綻ばせて答える。
「任せてください!」
メノアはどっちにしても自分を頼ってくれたことが嬉しかったのだった。
「――左様ですか。
でしたら、不束で実力不足ではございますが――わたくしのできる事、カナリ様の顔に泥を塗らぬように誠心誠意努めてまいります」
普段見せぬ秘書らしさに目を引かれるが、その背中は本当に歴戦を経験してきたような兆しが見え、メノアは自分がいま戦力になっていない事実に再び情けなく思い俯いてしまう。
しかし、それを吹き飛ばすかのように熱く上空で下界を照らそうとする光で顔を上げるのであった。
「あれは――…………」
暗雲の中から少しばかり顔を出す太陽のように燃え上がる炎の球体の一部。
地上から見ただけではそれが何なのか見当もつかないはずだが、メノアはそれが自分の兄によるものだと直感する。
『メノア、無理を言ってすまないが、カナリの事を頼んだ』
さっき言われた言葉を思い出し、メノアは今一度奮起する。
自分達のリーダーから託された任務を全うすることが今の自分のすべき事だと理解したのだった。
「カナリちゃん、わたしが絶対近寄らせないからゆっくり休んでいていいよ」
カナリは不意に呆気にとられた。
メノアの表情がこれまで見たことのない、四年前の時とは全く別人のようなオーラが伝わったことで自分も負けていられないと改めて気を引き締めるに至った。
「それなら――あなたに私の魔力を託すから、私の最後の一矢に付き合って欲しいのですね」
メノアは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに覚悟の乗った返事で応えた。
「うん!」
今を変えたいのなら、今を勝ちたいのなら、今日を、この一時を変えようと動ける者だけが望む道へと足を踏み出すことができる。
バロウは、それを体現しようとしている。そんなことはひと欠けらも頭の中にはないというのに、最初から知っているかのように、その道が正しいと判っているかのように、当たり前のようにその道を私たちに示そうとしてくれている。
ただ道を示される? そんな役割に甘んじるのは私じゃない。そして、彼等も違うと示そうとしている。このバロウの妹も信じる気持ちを絶やさずにいる。自分達の意志で敵に、恐怖に立ち向かっている。
――私は、バロウと同じ道を隣で一緒に歩みたい。
だから、今できる事を全力で。
◇
皆の気持ちが、伝わってくる。
俺やサクラの為に怒ってくれている。
敵が一筋縄じゃないのはこれまでを見れば理解しているはずなのに、誰も自分の為に戦っていない。
いつも思うが、なんて俺たちは恵まれているのか。
両親を失い、途方に迷うかに思われていた懸念や不安を払拭してくれるように師匠が拾ってくれた。
戦うだけの脳になっていた俺に仕えると言ってくれたポロ。なんやかんや言っても付いて来てくれるロゼ。決して好きにはなれないけれど、俺を信じて共闘してくれるケンタやゾアスにラキウス。経緯は理解できないが、何故か助けてくれるアモーラ。俺を鼓舞してくれるタナテル。
こんなあつい熱の塊の中にいるというのに、心は温かくてポカポカするんだ。あいつらの熱が俺の所まで届いているような。
俺は、あいつ等が好きだ。あいつ等がいる場所が好きだ。
一緒にいて飽きないんだ。一緒にいたいと思わせてくれるんだ。
いつだって俺の帰りたい場所は、あいつ等がいる場所なんだ。
サクラ、お前にも同じような場所になる仲間を作る未来が、時間がある。そういう世界へ変えてみせるから。あと少しだけ、俺と一緒に戦ってくれ。
俺は、燃え上がる領域内で一言、サクラの声で「うん」と言ってくれたのが聞こえた気がした。
イメガの操る巨人像は、時間が経つに連れて力を発揮していった。
イメガの魔力供給に見境もなくなっていき、目の前のコバエを踏みつぶすと豪語し、速度、パワー、魔法、あらゆる面でスペックを底上げして災厄を体現していた。
振るった拳や腕は、突風を巻き込み、光線は口からだけでなく目からも放出され、本格的に巨人像の本領が発揮されていた。
それを前に五人はなんとか距離を保ち魔法を撃ち相手を近づけさせまいとするだけであった。
「くそぉ……下手に近づけねェ」
目からの光線はラキウスが矢を、口からの光線はロゼが盾を張って阻む。
しかし、近づけばそれらを直撃するというのは否めなく、一方的に駆られる側になっている事に愚痴を零したくなっている者がほとんどだった。
「あのリーチの長い腕や魔力を前に俺たち小人では歯が立たぬか……」
「なんとか踏み込めれば体勢くらいは崩せるんだが…………」
「ちょい! お前等サボってないで反撃しろヨ!!
次の攻撃が来ちまうだロ!」
魔法が芳しくないゾアスとケンタは攻撃から少し遠のき、ほとんどラキウス、アモーラ、ロゼに任されており、ラキウスは少しイラつきが芽生えていた。
魔法は、ほとんど相殺されるか押し切られるかで攻撃に繋がる感じはしなく、三人共魔力を渋っていた。
魔法のぶつかり合いが爆発を起こし、メラメラと魔力が霧散する中で巨人像の冷たくも気味の悪い嘲笑が顔を出す。
それはケンタをイラつかせ、直ぐにでも殴り飛ばしたいとうずうずしていた矢先、アモーラの声がケンタを振り向かせる。
「あの、ケンタ様と言いましたか?」
「あ? そうだけど?」
「そろそろできそうなので、準備をお願いします。
バロウ様が降りてきそうなので、全員で準備を完了させましょう」
「バロウだぁ?」
ケンタは目を細めながらに辺りを見渡すが、周辺にバロウの姿は見えなかった。
バロウの奴……どこへ……いや、愚文か。
仕方ねェ。俺が最後まで決めちまおうと思ったが、ここはあいつに任せてやるか。
「ロゼ様、準備はおできでしょうか?
少し苦しい想いをするかもしれませんよ?」
「構わないわ。わたしの覚悟はもうとっくに決まってる」
ロゼは汗を搔き疲れているようにも見えたが手元を輝かせ、合図を今か今かと待っているような目で返し、アモーラは微笑む。
「ゾアス、ラキウス、合図をしたら俺に従ってくれよ!」
「任せるのである」
「いつでも来いヨ!」
◇
タナテルは誰よりも遠くで戦況を観戦していた。
近づいてはいけないという皆の想いを理解し、足手纏いになるまいと戦場から少し離れていた。
清々しいまでの目で見るは不気味に佇み蹂躙の限りを尽くそうとしている巨人ではなく、天空、暗く包まれる雲の中で一人着実に魔力を練り上げるバロウだった。
バロウは、どこまでも遠く上昇していく気流みたいだ。
それに対しておれはそこに届くかまだ分からない小さい子供。まだ力を貸すことも許されないちっぽけな存在。
だけど、いつか隣を歩くからな。今はアモーラに助言したり、おれの応援だけでもバロウに届けと祈るだけしかできない。
消えたあの子の為に力を振るうバロウに力を貸せないのが悔しいけど、おれは諦めずに足を止めないからな。
「頑張れバロウォ!!」
緑色の目を輝かせるタナテルの叫びは、高らかに遥か上空に響いた。
バロウは、それに応えるようにほくそ笑むのだった。




