22話
「《雷帝・狼弾丸》――」
地面に付くくらいの長い茶髪を靡かせる頭に獣人の耳を持つ少女――カナリ。
その隣に迸る電気がバチバチと音を立てながら出現する紫色の魔力で創造された狼が現れる。
右手を高く上げるとカナリの前髪が靡いて浮き上がり、額の知識の紋章が輝いていた。
それを振り下ろして胸の前で止め、隣にいた狼が瞬時に駆けだし風圧で再び髪が靡く。
それを合図に瞬く間に狼は巨人像の胸へとぶつかり、激しい雷を打ち付けてよろけさせる。
巨人像の表情が苦くなるほどの威力にイメガの笑みも引きつるが、倒すまではいかなかった。
「次から次へと……この像はどうも人気なようだ。
しかし意味はない。この体は、ただの青銅でできている訳でないのだ。
魔素粒子を阻害する断魔素性の素材が組み込まれている。
人間如きが、魔法などで私を止められると思うなッ!!」
変わらず進んでくる巨人像を見て、舌打ちをし、次の魔法を準備するカナリ。
「これ以上――迷惑を掛けられるのはごめんなのですね!」
島中に響き渡る落雷のような音が地上で起きる現状を表す。
暗い島を途切れ途切れにカナリの体を覆う光が眩いまでに光らせ、頭上に雷でできたような大きな魔力の集合体を形成させた。
「ここで破壊する、その狼煙とでも思うがいいのですね…………!」
カナリの手は静かにゆったりと伸び、開かれる。
「《紫電・知識欲》」
その瞬間、頭上の雷の塊が肥大化し光の速さで光線を放つ。
光線が直撃し鈍い音がしかたと思うと、再び巨人像の胸を魔法が襲った。
「こんなもの…………ンッ!?」
ビキビキと音を鳴らし、脚が後ろへと引いていく。
光線の推進力と魔力圧に圧され、どんどん後退りしていき――やがて倒される。
「なん……こんな魔法を使う輩がまだいたのかッ!?
……面白い…………殲滅してくれるッ!!」
狂気が増したイメガの意志により目を光らせ体を起こしていく巨人像。
だが、体を起こすと同時に獣人の少女がいた場所に他の者達が集っているのを目の当たりにして思考が一瞬止まるのだった。
「時間稼ぎサンキューなカナリ」
「別に、破壊するつもりで撃っているのですね」
「微力だけど、今度はわたしもいるからね。お兄ちゃん」
「ああ……分かってるさ」
バロウが水晶の中に包まれるイメガを睨み付けてメノアと共に立っていた。
傷も治っているようで服は依然ボロボロだが、擦り傷一つ見当たらなく辛い様子は微塵も見せてはいない。
やっぱ、あの一番面倒そうな奴が残ってたか。確かイメガ・スキータとか言ったよな。
アイツをぶっ飛ばさない限り、サクラとの約束を守ったことにはならないみたいだ。
さっきの落石の時に死ぬような奴には思えなかったし、警戒して然るべき相手だったって訳だ。
拳を握り締め、見せつけるように掲げる。
それを脇を絞めて構えたかと思うと、一気に駆けだした。
「《赤煌・臻》――50パーセントアドバンテージ!!」
(小僧、分かっていると思うが……)
(ああ。まだ紋章の回復は途中だって事は感覚的に分かってる。
けど、いま全力ださねェとダメなんだ。俺が勝たなくちゃダメなんだ!)
(……お前が計算するタイプじゃないのは解っているが、頭には留めておけ。
赤煌は二度が限度。そして、もう当分のあいだ回復はできない)
(大丈夫だ――もう倒れるつもりは一切無い!!)
(ならばいい。勝て!)
(勝つ!!!)
ユウの賛辞に昂った俺は、空赤で地面を蹴り空中を走る。
そして――
「《赤辣・臻・超世代》!!!」
構えた右拳に紋章の力を収束させ、相手にも負けないくらいの大きな拳を作った。
今度は、お前をぶっ飛ばせいいだけだろッ!!
「うぉおおおおおおお!!!!」
しかし、巨人像の左拳に俺に合わせるように突き出され、防がれる。
「まだだ!
《赤辣・臻・超世代》!!!」
しかし、すぐさま左拳も大きな拳とし、負けじと突き出していった。
それも巨人像の右拳とぶつかり合い、衝撃が、衝撃音が島中を震撼させる。
「舐めるな! 私が戦闘経験のない無能に見えたか!!
いくら貴様が勇者といえど、この島、この殲滅の巨人像には関係無し!
私が貴様ごと島も、帝国も、全て殲滅してくれるッ!!」
「お前に何ができようが、どこの誰だろうが――俺は、お前とこのいけ好かない銅像をぶっ壊すだけだッ!!」
何度も。
何度も。
何度も。
俺と巨人像の拳はぶつかり合う。
海を高波にし、
大地に亀裂を入れ、
風を震わせる。
俺達のぶつかり合いが島に災厄をもたらしていた。
「おぉおおおおおおお!!!」
「オォオオオオオオオ!!!」
必死が必死を呼び、
バロウは約束と意地を、イメガは夢と高揚を拳に乗せてぶつからせる。
互いに一歩も引かず、殴り合う。
しかし、限界が早まったのはバロウの方だった。
既に紋章の力が弱まっており、拳はどんどん小さくなっていき力も落ちていく。
拳の当たる衝撃に耐えられなくなっていった。
更には、空赤も発動が徐々に遅れていき、全くキレを落とさないイメガを前に後退していった。
「どうした! 勇者バロウ!!」
クソ……クソ…………。
何やってやがる……ここで終わりなのかよ! もうガス欠なのかよッ!!?
そのバロウの様子を見ていられなくなったメノアとカナリが動き始めていた。
「お兄ちゃん!!
――カナリちゃん、お兄ちゃんを!」
カナリは頷くと、右手に光りの縄のようなものを生み出した。
それをバロウへ目掛けて振り下ろすと、縄はどんどん伸びて行きバロウの腹へと巻き付く。
「なっ――!!?」
攻撃かと戸惑う瞬間、バロウは後ろへと引っ張られ、カナリたちの下へと無様な着地をした。
「ボヘッ!?」
「お兄ちゃん、無理矢理倒そうとしないで!
お兄ちゃんが倒れたら、もう希望が無くなるようなものなんだよ!?
さっき言われた通り、皆が回復するまで待って!!」
尻を痛みながら説教を受けるバロウは不貞腐れた表情で返す。
「あなたは一人じゃない。
大丈夫。私もいるし、時間稼ぎならそんなに難しくないのですね」
「あ、ああ……」
だけど、もう紋章の力も限りなく少なくなってる。もうそれほどの技は出せないだろう。やっぱ、皆の力を借りないとアレを落とすのは無理みたいだな。
カナリとメノアの言う通り、少し俺も休ませてもらうしかない……か。
「ここは暫く私に任せるのですね」
「え、わたしもやるよ! カナリちゃんだけに背負わせる訳にはいかないし――」
「あなたの魔法はあのデカい図体相手には荷が勝ちすぎる。
私の魔力が安定している内は、私が主に時間を稼ぐのですね。
とはいえ全力を尽くす為、後の事はバロウたちに任せるから」
「……頼む」
悔し気に頼み込む様はバロウの熱の不完全燃焼を表していたが、理解を示したように力を抜いて座り込んだ。
そこから始まったのは、一方的なカナリの魔法の応酬だった。
島の中で起きる雷が鳴り止まず、巨人像へと向けられ、前へ進むことを阻む。
「くぅ……」とイメガの攻めあぐねている様子が伝わってくる。
カナリも俺やメノアの方まで攻撃を行き届かせまいと俺たちの前で仁王立ちしていた。
巨人像の僅かな抵抗もなんなく押さえ込んでおり、むしろ邪魔しない方がいい程に思えるくらいだった。
「動きを押さえるだけで精一杯……」
そんな言葉を漏らしていたが、佇まいからは余裕が感じられ、暫くの間は大丈夫だろうと思えるくらいの安心感がある。
「よし、メノアは俺に魔力を。
俺自身の魔力を回復した方が紋章の力の回復が早くなるからな」
「うん、わかった!」
アイツをぶっ倒すには、今の魔力、力じゃ足りない。
それは、今の戦闘で嫌と言うほど思い知らされた。
勝つ為に、今は我慢が必要だ。カナリの負担がデカくなるが、必ずぶっ倒すから頼んだぞ。
俺たちはそれぞれ目の前の敵を倒そうと、その一点だけを目指して準備を進めていた。
その中で俺は、イメガの野望に対してのどうのこうのより、サクラたちとの約束を果たすべく拳に熱を宿していたのだった。




