21話
ここはどこ……?
暗い……。
怖い……。
お母さんは? 皆は?
皆は、どこにいるの……?
一人の少女が何も見えなく、何も感じない真暗な闇の中で彷徨う。
おどおどしながら歩く少女は、徐々に恐怖心が増幅するにつれて歩く足を速めていく。
表情が恐怖に犯され、呼吸が荒く、辺りを見渡している。
……誰もいない。
わたし以外の誰も……。
「――――」
誰かー、と叫んだはずの声が出なかった。
歩いているはずなのに、足音もしない。
自分の五感が無くなっているのか、この場所が異常なのか。不気味な状況によって増幅させた恐怖心が歩く足を止めさせ、
俯かせ、
膝を付かせ、
座り込ませる。
怖い……。
怖い…………。
怖い………………。
こわ――
闇に染まっていくサクラの閉じた瞼を開かせるように、真暗な世界を照らす光があった。
目を開くと――世界は変わっていた。
もう暗いだけの世界ではなく、涙を浮かべながら視線を送るメノアがいた。
「やった、起きた!」
朧げな視界の中でなんとかメノアを認識し、抱き寄せられる。
「良かったよぉ!」
戸惑いが先行して何が起きているのかも理解していないようだったが、自分の腕が引っ張られている感覚があり、ゆっくりと振り返る。
そこではボロボロで血を流したバロウが倒れ、自分の腕を意識の無いままに掴んでいた。
「ッ――バロウさんっ!」
「大丈夫だよ。ちゃんと生きてるから」
慌てながら心配するサクラにメノアは優しく微笑む。
それを聞いて改めて見てみると、バロウが眠っているような穏やかな息を続けているのが判った。
「……良かった…………」
大きな息を吐きながら胸を撫で下ろす。
「お兄ちゃんは、サクラちゃんを助ける為にずっと頑張っていたから寝かせてあげて」
「……メノアさんもありがとうございます。
わたしを助けようとしていた人達がたくさんいたのは、苦しい中でも判っていました。
でも、こんなにボロボロになってまで…………。
わたしは、謝罪するべきではないでしょうか……」
「うーん……わたしは、サクラちゃんにお礼を言いたいかな」
項垂れていく途中、メノアの言葉に「へ?」と驚いて顔を上げる。
「だって、サクラちゃんが生きていなかったらお兄ちゃんたちがやってきた事が無駄になってから。
だから、諦めずに待っていてくれてありがとう。お兄ちゃんを、信じてくれてありがとう」
思わず目から涙が零れた。
悔しいとか、怒りとかはない。わたしのしてきた事が、囚われていた中でずっと叫び続けた事が無駄じゃないと言われて嬉しかった。
苦しくても、何もできなくても、一人じゃないと信じて良かった……!!
「ありがとう……ございます……」
歔欷する中で振り絞るように出た言葉は、謝罪ではなくメノアと同じ感謝の言葉だった。
メノアも顔が綻ぶ。今まで無感情だったサクラが素を見せてくれたようで安心した。
しかし――和んでいられるのも束の間。
サクラが額の水晶から脱出したことで動きを静止させ、力が抜けるように倒れて固まったはずの巨人像が再び動き始めた。
最後の悪あがきのようには思えない途切れない立ち上がりは、一度巨人像が倒れたのを見て歓喜していた海に出た島民や観光客陣の顔色を青ざめていく。
絶望の再興。
それを成し遂げるように起立した巨人像の割れた水晶の中には人影があった。
「ようやくですね……。
バロウ・テラネイア。正直、感謝していますよ――貴方にはね。
なぜならこうして――私自身がこの【殲滅の巨人像】を制御できるのだから!!」
座り佇むイメガ・スキータがいた――。
巨人像の目が赤く輝くと、脚を一歩ずつ前へと進ませていく。
初速は遅いかに思われたが、着実に慣れを感じているようでどんどん海へと近づいて行った。
それに合わせ、イメガの体に触角のようなものがくっつき刺さっていく。
すると――魔力を吸収しているように魔素のが巨人像の中へと流れていった。
「これで、私が帝国を滅ぼし王となる!
私は、不滅の殲滅王だッ!!」
巨人像が再び動き出す姿を間近で見て、信じられないものを見たように目が震えるサクラとメノアの二人。
もう戦いは終わったと思っていたのに……もう他に戦える戦士なんていないのに……なんで、まだこれからみたいな顔をして動いているの…………?
メノアは言葉を失い、体の力が抜けていく。
バロウが倒れたことで希望も何も無くなっていた。
「……わたしを助けるのではなく、わたしごとアレを破壊しなくてはいけなかったんです!!
もっと早くに気付いていれば……バロウさんにその事を伝えられたかもしれなかったのに……!」
悔しそうに地面を殴るサクラの拳は切れて血が滲む。
彼女の涙は一際大きい雫となって直接サクラの腕を掴むバロウの手へと落ちて弾けた。
「まだ……終わってねーんだろ…………」
いつから起きていたのか掠れるような声が二人を振り返らせる。
「それなら、俺も……俺たちも終わってねェ……」
「お兄ちゃん……」
「バロウさ――」
「サクラ……お前が悲しんだり、後悔する必要は何一つ……ねェ……。
――俺が必ず、アイツをぶっ飛ばしてやるからッ!!」
「……でも……バロウさん、そんな身体じゃ……。
ダメですよ……これ以上傷付いたら、次は死ぬかもしれない」
「言えよ、お前がここにいる理由――。
散々利用されて、泣きじゃくるのがお前が母さんやばあさんに託された事か!?」
サクラから手を離し、踏ん張って立ち上がるバロウをサクラは見上げていった。
「ちげェだろ! お前は、俺に言わなくちゃいけない!
言ってくれ! 俺が必ずその言葉に応えてみせるからッ!!」
唇を噛み締め、涙が溢れてくる。
手に力が入り、土を握り締めるように拳ができた。
「…………頼んでもいいですか……」
小さく出た言葉にバロウは反応しなかった。バロウは、自分の望む言葉以外を待ってはいなかったから。
「【殲滅の巨人像】を破壊してくださいッ!!」
「――任せろッ!!」
バロウが覚悟の乗せて答える瞬間、誰もいなかったはずの空間である三人の前に女性三人組が現れる。
「お待たせ致しました、バロウ様にメノア様。
そして――バロウ様の……新しい彼女様?」
「は!?」
「いや、違うから……」
引き締まった笑みを浮かべながら冗談を零すティラと、どこか和やかではない笑みを見せるアモーラにタナテルの三人が。
そしてその瞬間、巨人像の体に爆発が起こった。
バロウとメノアはやっとか、と言わんばかりの笑みを浮かべたが、サクラは唖然していた。
「現在、カナリ様が時間稼ぎをしています。
皆様はこれからアモーラ様に傷の回復を行って頂きますので、すぐに戦える準備を整えてください」
「フフフッ、任せてくださいバロウ様。
それにしても、所構わず女性を虜にする様は賞賛した方がよろしいのでしょうか」
「なにお前まで真に受けてんだよ。そんなんじゃないからな」
楽し気な笑みで答える流れるような長い金髪を靡かせるエルフのアモーラ。
それに負けじとバロウを見上げて強い視線を送っている緑色の短髪をした男勝りの顔と威勢を持ち合わせるハーフエルフのタナテル。
「尻込みしてないだろうなバロウ」
「当たり前だ。今回は何も心配はいらないぜ。
もう覚悟も、やるべきことも決まってんだからな……!」
「それが解ってるなら、後はぶちかましてやるだけだ。
それと、言われなくても解ってるとは思うけどな――もしヤバくなったら、おれがなんとかしてやるから思い切り行けよ!」
「それは、解ってなかったけどな」
「な、なんだと!? おれだってちょっとはできるようになって――」
「分かった、分かったって。お前にそこまでさせねーよ」
頬を膨らませ臍を曲げるタナテルにバロウは頭に手を乗せて屈み、和やかな笑みを見せた。
「……でも、ありがとな。やっぱお前が近くにいると力が入る」
「――へへっ!」
バロウは、タナテルの機嫌が良くなった顔を受けて立ち、アモーラを見る。
「頼む、アモーラ」
アモーラは頷くと瞼を閉じて両手を広げる。
そこには、自然を纏うように心地よさそうな光があった。




