19話
重そうに起き上がる巨人像。
その笑みに変わりはなく、依然俺達を見下ろし、嘲笑うような不気味な笑み。
しかし、俺の目はハッキリとサクラの無事な姿を見ていた。
サクラは、こちらを引きつった笑みをしながら見つめてきている。
よし、とりあえずサクラは大丈夫そうだな。あのデカブツもガードは高そうだし、よくやった。
あとは、どうやって取り出すかだが……もう一度あそこまで行ってぶん殴ってみるか。
「マスター、無事で何よりです!」
ポロが俺の下へと駆けてくる。
ポロも無事な姿を見せてくれ、さっきまで形態変化をしていたようだが、今はもう戻っていた。
「ポロも無事でよかった。他の皆はどこにいるか分かるか?」
皆でかかれば、サクラを取り戻してからアレを壊すことだって簡単なはずだ。
「ケンタは今、大きな敵と戦っていて、メノアとゾアスとラキウスは、細長い敵と戦っているのです!」
ドーラバって奴とガレスビュートって奴だな……。まぁ、アイツ等なら心配いらないだろう。
そして――こっちをどうするかだが……幸いポロがいるし、二人のどちらかがサクラの所まで辿り着ければいい事になる。
「よし。ポロ、サクラを助け出すぞ!」
「はいなのです!」
俺達と巨人像は向かい合う。
片や忌むべき嘲笑。片や覚悟と怒りの眼差し。
巨人像はそれに応えるように足を進みだし、俺達も駆けだした。
「第二ラウンドだ!
《赤煌・臻》――50パーセントアドバンテージ!!」
「サポートします!」
まずはアレを突き飛ばし、港から離す。
そして、サクラを助け出す!
俺は足赤と空赤で勢いよく空中へ飛び立つと、 右拳を振り上げ、照準を合わせる。
「《赤辣・臻・超世代 》!!」
暗い空の中で赤く光る力が拳へと集中し、巨人像の腕にも負けないほどの巨大な拳を作る。
俺は、その拳を巨人像へと振り下ろしていった。
拳は、巨人像の胸部へと島中に響き渡る音を立てて直撃する。
巨人像は、足を引き、堪えようとする。
表情もきついものとなり、物とは思えない感情の動きに不気味さを感じるほどである。
抵抗が強くなるのを感じた俺はすぐに次の行動へと移した。
「ポロ!」
「はい!」
俺が紋章の力で創り上げた拳を一瞬にして消し、背中から落ちていく後ろからポロが魔力を口へと溜め込みながら上昇してきていた。
「ポロブレスッ!」
ポロの口から放たれる光線が俺が当てた胸部へと追撃するように直撃し、後ろ重心になるのを押し切って倒れさせていく。
「よし、今の内だ、サクラを回収するぞ!」
「はいなのです!」
俺たちが急ぎサクラの所へ向かおうとすると――巨人像が直ぐに体を起こし、視線だけを向けてくる。
未だ空中にいる俺たちは、瞬く間に光る目から放たれる巨人像の光線を避けることはできなかった。
万事休すを思惟するも、加速し俺の視線に入ってくるポロがいた。
「ポロッ!!」
俺へ放たれた光線を無言で受け、煙を纏いながら落下していく。
戸惑いを消すことはできず目で追うものの、今ここで足を戻せばポロにとってはいい迷惑なのは分かり切っていた。
だが――
「ッ――《空足》」
広いストライドを保たせ、空気を蹴る《空足》で一直線にポロへと向かっていく。
ポロを空中でキャッチし着地すると――黒ずんではいるが息があるのは確認でき、
「申し訳ございませんマスター。もう少し上手く助けられると思ったのですが……」
薄目を開けながら反省を綴る。
「バカ野郎……。
お前の役目は俺を庇うことじゃねェぞ」
ポロは微笑んで返す。
すると――遠くからメノアの声がした。空耳かと辺りを見渡し、振り返る。
「お兄ちゃ――ん!」
メノアがこちらへ走って向かってきている。後ろにはラキウスとゾアスがおり、三人で一緒に来てくれたようだ。
俺はその光景に心強く思い、手を掲げた。
「ポロちゃん……」
ポロのぐったりした様子を見て心配そうに背負うメノアに謝罪の言葉以外が出てこなかった。
「すまん、メノア……」
「お兄ちゃんが謝ることじゃないでしょ。
それより、絶対、サクラちゃんを助けてね。ポロちゃんは、お兄ちゃんを信じたんだから、お兄ちゃんが絶対成し遂げなきゃいけないんだよ」
メノアの強い眼差しに対して頷き、妹の戦場から避難する背中を見送った。
こういう時のメノアの言葉は、いつだって俺を奮い立たせてくれる。
今回だって、必ずお前の期待も信頼も裏切らないからな。
「かなり面倒な相手のようだな……バロウ殿」
ポロをメノアに頼んで安全な場所に避難させ、俺とラキウスとゾアスで巨人像へ立ち向かうことにした。
既に巨人像も体勢を立て直し、俺達の視線の先で色あせた光沢を雲近くに佇ませている。
俺たちの虚勢を蔑むが如き嘲笑を持って。
「ああ……二人共覚悟しろよ。
生半可な攻撃じゃあ逆に反撃を食らっちまう。
今も俺を庇ってポロが…………クソッ!」
腹が立ち地面の石ころを勢いよく蹴り飛ばす。
サクラを助けたいのに、俺の力不足で道が遠い事に深い焦燥感に襲われているのが表に現れた。
「任せろヨ、バロウ。
オラももう少し出番が欲しかったところだからヨ」
「ポロ殿の分も、俺がかましてやるのである!」
俺の悔し顔に奮起されたらしい二人も真直ぐに一番の問題である巨人像を睨み付けた。
今の俺たちの攻撃のおかげで更に少し島の中へ追いやることに成功し、港の島民も観光客達も船で海へと出る事ができていた。
あとは、俺たちがこのデカい古びた産物を、ただの化石に戻すだけ。
「額の水晶が見えるか?」
「あ? ああ……あのキラキラしてるヤツかヨ?」
「あの中にサクラが……一人の少女が捕えられているんだ。そいつをあの中から出す。
たぶん、あのデカブツの動力になってるはずだから――きっと、サクラを取り出すことができさえすればコイツも止められるはずだ」
「了解したのである。
であれば、バロウ殿をあそこまで届けさせてみせよう。ラキウス、俺に合わせるのである」
「分かってるヨ」
ラキウスは敵を睨み付けながら微笑みながら答えていた。
この二人の間では連携は造作もない事なのだろう。
直ぐに俺たちは三方向より攻め走り始める。
巨人像の目から出る光線は直線状に伸びてくる。その為、三方向なら一度にやられる心配はない。
誰か一人だけでも巨人像の下に辿り着こうという考えだ。
しかし、相手も甘くはなかった。
俺たちがうねる縄のように不規則な動きで近づいているのを手なり足なりを使い、まるで虫を叩くように攻撃を仕掛けてくる。
時間とともにそうなっているのか、先程より反射能力が高くなっているように思える。スピードも増し、避けるだけで精一杯な事も増えていく。それも視界も広くなったようで左右で揺さぶってもお構いなし。
ゾアスとラキウスに関しては避けるのに体力を持っていかれているようで一向に近づかせて貰えていない。
かくいう俺も、攻撃を避ける事に関してはもう慣れたが、如何せん近づけば近づく程に近付くのが難しくなっていく。俺たちが散々巨人像を動かし、地面も抉れ、せり上がっているのも稀ではない。岩なんかも出てきているし、足場が悪いのだ。
これ以上近づくには今一つ手が足りないところに異変を感じ取ったユウの声が頭の中で響く。
(小僧! 娘の様子が変わった!)
「何!?」
地面に刺さった岩の影に身を顰める俺が視界を上げる先、巨人像の額に位置する水晶の中でサクラが苦しんでいる様子が見えた。首を押さえるようにして息をしづらそうである。
(あのデカブツが、より早く魔力を搾り取っている!)
「このままだと――」
(娘が魔力化――もしくは、死もありえるかもな……)
状況の変わり目にもう時間は無いと焦りが出る。
無謀な事は分かっていても、もうこれ以上時間をかけるのはサクラの命に直結する、と脳内で渦巻いていた。
「クソッ! 状況が変わった、今すぐサクラを解放する!
ユウ、力を貸してくれ!」
(魔力の供給調整と紋章の力の配分はオレに任せろ。それより、小僧はとっとと――)
「ああ! もうやってる!」
俺は岩の影から出ると再び加速し、跳躍力を無理強いし低空飛行で巨人像の足元へと辿り着く。
それに反応して像は足を蹴るように動かすが、それよりも速く段階的に上げるスピードで体を駆け上って行く。
ゾアスとラキウスは、自分の所へ来るはずの攻撃が止み、足を止めながら違和感を覚えていた。
「おい、攻撃が止んだヨ!?」
「あれを見るのである! バロウ殿が特攻している!」
「な……アイツ、あれじゃあ自殺行為してるのと一緒だロ!!」
ゾアスが指差した先を確認してラキウスは顔をしかめる。
予定の無い事に対して戸惑いが表れていたが、ゾアスの話を聞いて落ち着いていく。
「バロウ殿は、そう思っていないのだろう。
しかし、一人で先陣を行くとは頂けない。俺も付いて行くとしよう!
ラキウスは引き続きサポートに専念してくれい!」
「――わかったヨ……」
急いでバロウを追おうとするゾアスをラキウスは面倒そうに見送るのだった。
また自分をよじ登ってくる虫でも払うかのように巨人像の手は俺へと向かってくる。
しかし、俺はそれを余裕で避け、逆に加速する隙とする。
それも全て目の前のことだけに注力できるからこそであるのを俺は解っている。紋章の力の制御をユウに任せたおかげだ。でなければ、コイツの上げ幅の解らないスピードにいちいち考えながら対応しなければいけなかった。
もう迷わず、サクラを奪い取りに行ける!
右! 左! 上! 左!
無数に飛んでくると錯覚するほどの巨人像の拳が俺へ向かって下ろされる。
それを心の中で読みながらとっさの判断で避けていき、着実にトップスピードで駆けていく。
紋章の反射能力は凄まじく、巨人像の予備動作一つでステップを使い回避の準備をする。俺はタイミングを合わせて跳び、加速するだけ。
手足全部を使い、長い光沢の山を登りつめ、俺は再びサクラのいる額の水晶へと到達した。
「待たせたな、サクラ!
今、出してやる!」
近くで見るとごつごつした水晶になっており、足を掛けることができた。
サクラの意識もあり、声は聞こえないが、ぎこちない辛そうな笑顔でコクンコクンと頷く。
俺は水晶を壊すべく、右拳を振りかぶった。
しかし、サクラを魔力の拠り所としている巨人像も抵抗をしてきた。
俺がそれを察知すると同時に下の方からゾアスの強い声が響いてくる。
「バロウ殿ォッ!!」
「クッ……」
サクラからまた離れるのは嫌でイラつくも、巨人像の指が迫ってくるのに対して防御態勢をとる。
衝撃の緩和にはなったが、巨人像の一振りは風圧と推進力の核が違く、俺は楽々と悪い体勢で宙へと投げ出されてしまった。
風圧のせいで体勢を立て直すのは困難なところに巨人像の視線が目標として俺を捉える。
勝った、そう言いたげな笑みを見せながら先程の光線が発射される。
威力は、ポロの光線とほぼ同等。つまりは、一撃で戦況を制圧できるほどの魔力出力がある。防御無しに直撃してしまえば、また地面の中に埋もれさせられるだけでなく、体が崩壊するかもしれない。
(どうすればいい!?)
ユウに手を伸ばすように呼び掛けるも返答が来る前に光線が俺へ当たるのが判っていた。
だから、俺は聞こえたかどうかの曖昧なユウの呟きを、諦め、などの別の意味だと解釈してしまったのだった。
(クソ……)
その瞬間、俺の前へ跳び出て来た男の背中が在った。
まるで光線に突撃していくかのような自殺行為を、
俺へと当たる前に、
庇う為に。
それは――ゾアスだった。
「ダメだヨ……間に合わな――」
これから起きる事を予感して絶望するラキウスは弓に矢を構えていたが、今放っても間に合わない事は判っており、力が抜けていくのであった。
「ヌオォッッッ!!」
斧を前へと構え、なんとか軌道を数センチずらす。
しかし、光線は莫大な量の魔力を孕んでおり、一人の斧一つで受け切るなどは不可能だった。その為、ゾアスは体全体を持ってして巨人像の光線の軌道をずらしていた。
その技術は尊敬に値するものだが、俺は何より、ゾアスの体が半焼しているのを目を見開いて見ていた。
「ゾアスッ!!
ゾアス――ッ!!」
落下速度は未だ衰えなく、俺が伸ばす手は届かずに、ゾアスは光線とほぼ同じ軌道へと向かい落ちていく。
俺の声が聞こえている様子はなく、見えない顔から少しでも無事かどうか判断できないか必死に目で追ったが、意味もなく、悲しみに打ちひしがれながら木々が密集する中へとスライドアウトしていった。
待ってくれ…………。
また……俺のせいで――…………。




