1話
こちらも賑わいを見せるブリリアンアイランドのビーチ。
照り付ける太陽の光を防ぐ大きめの傘の下で一人、上裸でサングラスを掛けるくすんだ黄色い髪をした男が、寝れるようになっている背もたれが大きく傾いている椅子で横になっていた。椅子の隣には長そうな鞘に収まった剣が一つ、男と同じく寛ぐかのように斜めに砂に刺し立ててある。
そこへ長い赤髪を頭の後ろで縛っていて、水色と白の縞々模様のビキニを着用した女性が傘を潜り、寝ている男のサングラスを弾いて呆れた顔をする。
「何してんのアレン!?」
「んあ?」
涎を垂らして起き上がるアレンは、寝起きの目で膝に手を付いて挟まる豊かな胸を凝視して鼻の下を伸ばす。
「ほっほ――?
ぶっ!!?」
女は顔を赤くしながら惚けたアレンの顔に拳をめり込ませた。
「エロ爺めぇー……!」
「爺じゃない。まだ若いぞお姉さん」
変形した顔で冗談まじりに言葉を返すので、女は悔しそうに拳を握っては頭の上に怒りマークがでる。
「なんでアタシがこんな奴と組んで仕事をしないといけないの? あのクソ爺もぶん殴っておけばよかった……!!」
「まあそう言うなよヨゾラパイセン。俺は頼りになるぞ。
なんたって【剣聖】だからな! はっはっはー!」
ヨゾラは上機嫌に笑うアレンの姿を見て、頭を抱えて一人考えに耽る。
アレン・インベリジョン。若くして剣の道を極め、【剣聖】の称号を貰った強者――と聞いたから今回の仕事は楽に済むかなと了承したけど、まさかこんなとんちんかんな奴だったなんて……。あの子もこんなんじゃないでしょうね? 先が思いやられるわ。
そもそも、なんで仕事しに来たのにいきなりビーチなの!? それにのって水着まで着てるアタシもアタシだけど…………。
前を通る水着の若い女性に見惚れて再び鼻の下を伸ばすアレンを見て余計にやる気を削がれるヨゾラだった。
「ダメだコイツ」
◇◇◇
俺たちは遊園地内を一通り回り終わって入口の方へと引き返してきていた。
遊園地内は、悲鳴止まぬ霊体飛び交う『ホラー館』。
浮遊魔法を高速化して空中を高速で飛ばされる『ジェット飛行』。
自分がどこにいるか分からなくなる迷路の『不可思議ミラー城』。
重力に縛られずにゆったりできる『無重力カフェ』。
自分がまるで別の種族になったような体験ができる『他種族体験場』。
過去の伝説をもとに作られた子供に人気のある『英雄伝説劇場』。
張り巡らせられた湖の中に潜って宝探しができる『海のトレジャー隊』。
いくつもの扉や階段の前に魔道具が用意されており、それを使って脱出を試みる『エルビヂア塔からの脱出』。
ここでは言わずと知れたキャラクター達が行進して踊る『キャラクターパレード』。
美味しいお菓子、面白いお菓子、生きたように動くお菓子、楽しいお菓子など色んなお菓子を食べることができる『レーベル魔女のお菓子屋』。
普通の美味しい料理もあるが、辛い料理や酸っぱい料理が推しの『炎のレストラン』。
植物を料理に取り入れたものや虫を料理に取り入れた料理などがあり、そのどれもが絶品という『森のレストラン』。
この遊園地のグッズが手に入る『ブリリアンアイランドグッズ売り場』。
などなど、人が多くて行けなかった場所もあったが、皆結構楽しめたようで――
メノアは両手いっぱいにキャラクターのグッズを持って満足そうな表情をしているし、
ポロは片手にアイスクリーム、逆の手にはキャラクターの顔を模した赤い飴があり、交互に舐めては幸せそうだ。
ロゼは、先程俺と行ったホラー館が楽しかったようで最初のような不機嫌な顔ではなく、頬を赤くしてどこか照れてるような表情をしている。
俺は俺で皆が楽しそうでよかったと安堵するも、やっと遊び終わったと達成感に溢れている感じだ。一回りするにも待ち時間も相まって結構時間が掛かったからな。
「次どこ行く?」
俺の達成感とは違ってメノアはまだまだ元気でポロやロゼもそれに参戦する。
「美味しいものがあるといいのです!」
「地図とかないかしら。結構広いから分かりにくいのよね」
ま、マジか……元気過ぎるなコイツ等。もう少し休ませてほしい。
だが、地図か。ここら辺ならあってもおかしくないんだが…………。
俺はそんな事を思いながらも役に立ちたいのが心情らしく、あたりを見回してあるはずの地図を探す。
すると入口広場の中央に大きな看板があり、マップと書いてあるのを見て皆に知らせる。
「あそこにあるぞ」
指を差すと皆は地図へ向かって歩き出す。俺もそれにやれやれと付いて行く。
地図には広大な遊園地内だけでなく、ブリリアンアイランド全体の主要な場所が記されている。
島の東側にブリリアンアイランドの五分の二を占める遊園地が大きくあり、そこから森を挟んで温泉郷。北と西には、それぞれ釣り場とビーチがあってそこも観光地らしい。俺たちが今日泊るホテルは遊園地とほぼ隣接されているようなもので、ここからでも歩きで10分から15分程度で着く。また、まだ整備されていない場所もあるらしく危険区域には赤い色で染められている。そこの一つが鍾乳洞だったり、森の中だったりするが、通路から大きく離れなければ危険区域に入る事はないらしいから心配はなさそうだ。俺たちの中には好奇心旺盛なポロがいるが、そこはまぁ俺がしっかりしていれば大丈夫だろう。
「どこに行くのです?」
「まっ、近場の方がいいだろうな」
これ以上歩くのは、ちょっと面倒だしな。
「温泉だって! ここ行こう!」
「温泉か~……うん、皆で一緒に入りましょ。勿論、バロウは一人で入りなさい」
「わ、分かってるっての。俺に邪な考えはちっともないぞ、全くない!」
「では行くのです!
あっ、マスター! アイスが終わったので手を繋いでいきましょう!」
見るとポロが左手に持っていたアイスクリームが消え失せていた。さっきまでちゃんと最初から最後まであったはずなのに。更には右手に持つ飴ももうキャラクターの原型が無く、どろどろと小さくなっている。
「は、はや……」
「なんなら、繋ぐのは下の方でもいいのですよ?」
「うるせー、手を繋がないなら一人で行けよ」
「じょ、冗談に決まってるのです……。繋ぎますぅ!」
慌てて俺の右手を掴むポロは、顔を見上げて嬉しそうな顔を見せてくる。
余計な事言わなけりゃあ、ただ幼くて可愛い女の子なんだけどな。
「ずるい、お兄ちゃん私も!」
「バロウ、手を繋いであげてもいいわよ。迷子になるかもしれないし……」
「俺に手は三本ないんだが……?」
「アンタ、勝手に迷子になる気?」
「迷子になるのは俺かよ!」
ったく、こういう時だけは俺がリーダーやってて良かったなって胸が張れるよな。いつもは頼りになるメノアも妹らしく甘えてくるし、俺がしっかりしないと。
結局、右の手をメノアに取られ、ロゼは俺の服の後ろの裾を掴む事で収まった。俺に休息は本当にあるんだろうかと疑問に思ってしまう展開であり、少し疲れた心持ちでメノア達が行きたがってウキウキしている温泉を目指して遊園地から出るのだった。
◇◇◇
数分前、ケンタ達三人も地図の前へと来ており、何か面白いものはないかと自慢のサングラスを頭に乗せて裸眼で探し始めていた。そこで何かを見つけたらしいラキウスが驚いた様子で口を開く。
「おいゾアス……」
「なんだ?」
「び、ビーチがあるってヨ…………!!」
「何!?」
過敏に反応するゾアスに対し、それがどうしたのか疑問に思うケンタ眉をひそめていく。
「なんだ? ビーチくらいあるだろ。
それがどうしたんだよ?」
「おいおいケンタ、これを意味する事が分からないのかヨ」
「なんだよ……」
呆れるように肩を落とすラキウスにイラッとしたケンタは目を細めると、真剣な眼差しでラキウスは一言で宣言する。
「水着の女がいっぱいパイ!!」
「い……いっぱいパイ?」
「そう! おっぱいパイ!!」
「ぱ――…………マジか」
乗せられたケンタも同様に真剣な眼差しでラキウスを見る。
「マジに決まってるだロ!」
「行くのであるな……戦場に」
また、ゾアスも真面目な雰囲気を醸し出していた。
「当然。
パイパイな所に行かずして、漢を語れようか!
否! 挑戦せず者、拝謁すること叶わぬ!!」
「フッ……しかし気をつけよ。戦場にはどんな過激な迫力が待っているかも分からん!」
「望むところだロ!」
「ビバ!」
「「「漢のロマン!!!」」」
三人の意見が究極的に合致し、肩を組んで士気を高めるのだった。
それを奇妙に思って引いていく他の観光客達が避けるように行き交っていた。
「ママーあの人達――」
「見ちゃダメ、無視しなさい!」




