18話
森の中で目覚めるロゼ。
そこら中で巻き起こる騒音がロゼの目を覚まさせた。
頭を押さえて立ち上がるが、空を見上げても夢が醒めていないように真夜中のような暗さとする暗雲があり、その下に佇む巨人像が在った。
かなり眠ってしまっていたみたいね……。
でも、良かった。この分だと間に合いそう。
「あら、貴女、生きてたの?」
巨人像へ向かって歩きだそうとするロゼの後方に森を横切ろうとしていたヴァンデリッシュが足を止める。
振り返るロゼは、彼女の土埃に塗れた服装を見て笑った。
「アンタも大変だったみたいね。土の中から這い出るのに相当……」
「やっぱり、いけ好かない生娘だこと。
だけど、ここで見つけられて良かったと幸運に思える。貴女という気掛かりをここで狩り殺すことができるんだからね!」
「仕事熱心ね……。
わたしは、もう少し休ませて欲しかったけれど――仕方ないから相手してあげる。
こっちもアンタは大嫌いだから」
不敵に笑う二人。
「ファングラティックヘアー!」
ヴァンデリッシュは、長い赤髪を靡かせ、刃のように硬く鋭利に尖らせる。
ロゼは、懐より短剣を取り出し、両手で構えた。
「抵抗なんて無駄なのに、どうするつもり?」
「わたし、嫌いな相手だったら負ける気しないの」
硬く鋭利な赤髪とロゼの短剣がぶつかり合う。
相手は髪の毛だというのに、鉄がぶつかり合うような鈍い音が鳴り響く。
ヴァンデリッシュの髪は、まるで生きているように蠢き、ロゼの体に傷を入れていく。
ロゼのそれらの髪に対応しようと短剣で受け切ろうとするが、手数が足りずに太股や横腹、肩等に切り傷が入る。
髪が長くロゼの手が届かない為に攻撃を仕掛ける隙が無く、苦しい顔をして後退りする。その分ヴァンデリッシュはにじり寄っていく。
「ウフフフフフッ! やっぱり、貴女は口だけで実力はないただの生娘ッ!
ここで死んでアタシへの愚行を償えッ!」
「クッ……!」
体が重い……。地下から抜け出す時にどこかを打った? いつもより動きが鈍い気がする。
いや、そんなことを言い訳にできる状況じゃないのは解ってる!
生きるか死ぬかなのに、他の事を考える暇なんてないのッ!
今わたしにできる事は? 魔力はどれほど残ってる?
よし、もう一度フラッシュで一瞬でも視界を塞いでおこう……。
魔法を発動させようと右手に魔力を集中させるロゼ。
しかし、その瞬間にヴァンデリッシュは距離を取る。
それを「へ……?」と疑問視。魔法を使うことがバレたかもと戸惑った。
「今、魔法を使おうとしていただろ。
アタシには、魔眼で貴女の魔力の流れも弱点もはっきりと見えんのよ!」
してやり顔をするヴァンデリッシュは、再び髪の先端を威嚇するようにロゼへ向ける。
ロゼは魔力を抑え、眉間に皺を寄せていく。
仕方ない……。魔力を残しておきたかったけれど、そう易々と勝たせて貰える相手じゃないことは分かったわ。
どうせこの人はわたしが止めないと、バロウの邪魔をするんだろうし……やってやるわよ。
今のわたしにできる事、全力で!
「……分かったわよ、本気で相手してあげる。
アンタは、わたしが倒すから」
「どの口がそんな事を言うんだよ。現状を見れば、貴女みたいなガキがアタシに勝てる訳がないのは判り切っているだろッ!
さっさと負けを認めて死に腐りなさい!」
「生憎、わたし達は、勝ち負けが分かってても身を引くような臆病者の集まりじゃない」
「そんなの、ただの――」
「それに、誰がアンタが勝つなんて決めたの? 神? 世界? アンタ?
それこそ、なんの根拠もない空想でしょ。やってみなくちゃ判らない。それがこの世界の真理よ、それで今までなんでも乗り越えてきた。
アンタは、アイツの居場所に行くまでの通過点なんだから……わたしは、なんとしてもアンタを倒して先へ行くのよッ!!」
ロゼの気迫にヴァンデリッシュは後退りする。
やがて落ち着くと、頬を伝う汗を流しながら引きつった笑みを見せる。
「な、何言ってんのか分かんない……根性論で実力の差は埋まらないッ!」
両手に短剣を構えて走り出すロゼ。
対してヴァンデリッシュは鋭利な髪を向け、迎え撃つ構えを取った。
「エターナル・シャイン――」
ヴァンデリッシュの懐に入ると、ロゼは自身を円形状の光で覆う。その瞬間、その光に触れたヴァンデリッシュの髪が鋭利と硬さを失い、元の髪へと戻っていく。
「なッ――」
「驚いている暇なんてないわよ」
ヴァンデリッシュが後ろ重心になっていくのを、光を消していくロゼの短剣の刃が顔面を狙って振るわれる。
ヴァンデリッシュはそのまま体を仰け反らせて苦しそうな表情で頬に傷を入れられるだけで済ませるが、ロゼの攻撃はそれだけではなかった。
ロゼの回し蹴りがヴァンデリッシュの横腹に直撃し、吐瀉物を吐く。
更には体が前のめりになるのを左拳で殴り飛ばした。
「元スパイ兼殺しもやっていた――わたしを舐めないでくれる?」
ロゼの続けざまの攻撃がヴァンデリッシュに焦燥感を抱かせ、顔を怒りに染める。
唇を噛み締め、土を力の込められた指で徐々に握り締められていた。
「ち…………調子に乗ってんじゃ、ネェ――――ッ!!」
気迫の乗った叫びが森中をざわつかせ、それは魔力をも孕ませていた。
闘気にも思わせるヴァンデリッシュの魔力が沸々と立ち上っていく。
「もちろん、アンタをこの程度で倒せないのは解ってる。
エターナル・シャインの回数にも限りがある。これを続けても勝てるかどうかは五分五分、むしろ慣れてこられたらそっちに分があるのも……。
だから、最初からこっちで決めようとしていた――わたしの十八番。
反転魔法――守から攻へ…………」
ロゼのしなやかに動かされる両手に光を伴う魔力が収束されていく。
「ハッ! 魔法でケリを付けようとしたってそうはいかないよッ!
こっちだって、ただ単に近中距離戦闘にこだわっている訳じゃない。そのくらいどうって事無いさッ!!」
ヴァンデリッシュの指先が赤く光る。魔力が両手五指に集められていた。
それを泥に塗れ狂気に満ちた顔で体をしならせるようにして放つ。
「死に腐れ! ブラッドネス・ホーミング!!」
ヴァンデリッシュの両手五指から赤黒い魔力の球が十個、ロゼへと急速に向かっていく。
「エターナル・シャイン〈零式〉!!」
ロゼの右手が振り下ろされると同時に一点に集中された魔力が眩い光となって直線状に放たれる。
それは、ヴァンデリッシュの魔法を一瞬にして霧散させ、一直線にヴァンデリッシュへと向かって行った。
「アンタは、勘違いしている。わたしの魔法は魔法を無力化するのよ」
「な……ふざけんじゃ……」
アタシはまだ、野望を――…………
◇◇◇
アタシは、帝国の遊郭で働いていた一般市民だった。
店で男性を遊ばせてはいたが、プライベートで自分を安売りするような女ではないのは間違いなかった。
しかしある日。
「ヴァンデリッシュ・ベーガン! 店に入る男性客から『体の関係を持つから』と嘘偽りを並べ金をせしめているという疑いが掛かっている。即刻帝国軍へと連行させてもらう!」
店にやってきた帝国軍に全く身に覚えのない容疑で逮捕されそうになった。
元から帝国は胡散臭い国であり、ただ住みやすいという一点だけで居座るような場所だった。
だから、抵抗して逃げ遂せてみせようと頑張ったけれど、帝国軍は逃げるアタシを楽しそうに追いかけ、汚い涎まで垂らしている始末。
帝国軍の下っ端は、上からの物言いを別の形で発散しているという噂があり、これがそうなのだろうと意地でも逃げ切ってみせようとしたが、アタシの足はある時挫けた。
履いていた靴が逃げやすい靴ではなく、店で働く用の物で転んでしまったのだ。
アタシの人生はそこで行くところまで行くのだと直感したが、
その時、アタシの前に現れてくれたのだ。
まだ諦めるには早い、と頭領が帝国軍の奴等を叩きのめし、アタシに手を差し伸べてくれたのだ。
「いい目をしている。その目を、この国を塗り替える為に使わないか?」
彼の話を聞く内に思った。アタシは、この国を恨んでいるのだと。
だから、アタシは、帝国軍を破壊したかった。
だけど、もう巨人像は蘇り、頭領も健在。
アタシの野望は、アタシ達の野望は必ず――
申し訳ございません頭領。どうかアタシの分まで――…………。
ロゼの光の一閃は、ヴァンデリッシュを吹き飛ばした。
木々を投げ倒し、土を抉り、ヴァンデリッシュの姿はもう見えなくなっていた。
「この世の誰しも、何かしらに恨みを持っているのかもしれない。
わたしもその一人だから解る……けど、わたしはある人に出逢えたおかげでその気持ちも少しずつ崩れてきてる。
アンタにもそういう人がいたと思ったのだけれど――そこで終わっておけばよかったのにね」
ロゼは振り返り、おぼつかない足取りで巨人像がいる場所へと足を進めていくのだった。




