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17話

 ポロが一人先に巨人像の下へと向かった後――ケンタとドーラバは、戦いの最中で森の中にまで入り込んでいた。

 暗雲が立ち込め、強い風が出てきた暗い森の中で激しい激突音が響いていた。


 ケンタの体は光を放ち、暗い中で一際目立つ存在となっている。

 そのケンタは、ドーラバのアックス相手に拳だけで立ち向かっていた。

 ドーラバは、大きく重そうなアックスを軽々振るっているが、ケンタの拳によって既に刃毀はこぼれを起こされている。


「ガハハハハハッ! いいぞ! いいぞ!!

 一人で相手をすると豪語した時には流石に舐めていると思ったが、あながち悪くない!

 むしろ、イイッ!!」


「クッ……!」


 ケンタは、攻めあぐねていた。

 圧倒的威圧感を持ち、それを狂人的なまでに斬りつけてくるスピードに乗せて放ってくるのを何とか合わせて拳を突きだして対応するるが、それ以上のことができそうになかった。


 コイツ……なんて馬鹿げたスピードとパワーをしてやがるッ!?

 紋章まで使ってんのに、押し負けねえように踏ん張ることくらいしかさせてもらえない!

 クソッ、なんでコイツがこんなにも大きく見えるんだ!?

 ふざけんじゃ――。


「どうしたのだ!?

 集中力が欠けているぞッ!!」


 横から入って来た右脚の蹴りにケンタは反応できなかった。

 横腹に受けて転がり飛ぶケンタは、体で木々をなぎ倒していく。


 樹木に激突して止まっても、体を起こそうとするも全身に痛みが走り、震えながら跳躍して追って来るドーラバを見ているだけだった。


「貴様の実力はまぁ悪くはないと思う。

 だが、儂と渡り合うには少し物足りなかっただけの事。さっきまでは、もう一人が中遠距離攻撃で貴様をサポートしていたから俺に攻撃ができただけだ。一人では儂に一撃を入れることすらままならない。

 ここらで幕を引こう少年。これ以上は一方的な戦いになってしまう」


「俺が……俺が負ける訳にはいかねェんだよ…………。まだ俺には、やる事が残ってる。

 誰かの黒子でも構わねェ。こういう役回りだって納得してやってんだ。

 一人で、孤独で、負けそうでも……信じてくれる奴がいるから! 困難に立ち向かっているのは俺だけじゃねェって分かっているから! 帰りたい場所があるから!

 俺は、お前に勝つことをぜってェ諦めねェ…………!!

 覚悟しろよデカいの。俺は、諦めの悪い男だぜッ!」


 立ち上がっても立ち続けることすらままならないケンタは、ドーラバを見上げ、不敵な笑みを見せつける。

 ドーラバはそれに怒るのではなく、面白い、と言いたげな顔で同じく笑った。


「いいだろう、見せてみるがいい。この儂に貴様の全てを……!!」


「望むところだァ――ッ!!」


 ケンタの両拳に力が入り、それに応じて肩が上がり歯を食いしばる。


 プライドなんかどうでもいい! 今は、勝つことを考えろッ!!


(おいお前、俺に力を貸せ!

 こいつは、俺の手で倒さないといけないんだッ!!)


 紋章相手に命令口調で言い放つケンタ。

 本来なら命令されるのを嫌う性格をしている紋章だが、この時だけはケンタの意思と全くの同意見だったようだ。


(任せろケンタ! 僕が君を勝たせてみせる!)


「(カリエンテ・オーバーフロー・改!)」


 ケンタの目の前にオレンジ色の魔法陣が回転しながらどんどん拡大していくように現れる。

 すると――ケンタの体に読み込むように通っていき消える。


「ングッ!?」


 その瞬間、ケンタの右拳がドーラバの顔面を殴り飛ばした。


「(こっからが本番だ!)」


 体勢を立て直したドーラバは、地面をスライドしながらアックスを構えて振りかぶる。

 直ぐに追撃しようと向かってくるケンタへと刃を向け、振り下ろした。


 しかし、それは鈍い音を立てて止まる。

 ケンタの拳によってアックスが粉砕されていた。

 自分が持つ欠けたアックスを見て目を丸くするドーラバは言葉を失う。


「《見出す希望ディスコーディ・ウィッシュ》!!」


 ドーラバの懐近くまで接近していたケンタの体が急激に光を強めていったかと思うと、強烈な爆裂弾となって放たれる。

 ドーラバは、その技に対して無防備に軽々と吹き飛ばされていく――。


 ケンタの光は、半径百メートル程を吹き飛ばし周辺の木々も木端微塵に消え失せている。

 技を放ったことで息遣いが荒くなっていた。肩も上下し、眠くなるように開いた目が細まっていく。更には、大量の汗が髪を伝って落ちていた。


 ケンタは、強化魔法を解除する。


 くそ……カリエンテ・オーバーフローを進化させた「改」は、結構疲れるな。

 無理もないか。俺も微妙なラインでこいつの威力を上げようと欠陥ありきの魔法にしちまったからな。

 だが、これでアイツも――。


「効~いたァ…………」


 モクモクと立ち込める煙の先からドーラバの声が聞こえ、ケンタの顔は驚愕へと染まっていく。

 今の技を受けて立ち上がってこれるとは思わず、悔しさが表れる。


「ほう……相手が自身に近ければ近いほど威力が増す技、か。

 こんな技を持っていたとは……正直、甘く見ていた。

 だが、おかげでもっと面白くなりそうだ……儂は嬉しい!」


 ドーラバを覆っていた鎧が砕けたようで剥がれ落ち、重そうな鉄の塊の落下音が鳴る。

 煙の中から出てきたのは、さっきまでとは別人に映る不気味な笑みと鋭い眼差しをもったドーラバだった。

 筋肉がどんどん膨れていくように肥大化していくのを見て、ケンタは足を一歩引いていた。


 おい、なんだよコイツ……。

 コイツ、こんなにデカかったか……!?


「少々玄人だが、矮小な小僧に変わりはない。しかし、誇っていいい。

 ――儂をこの姿にした事をな!

 百万馬力の超越筋(ブラキオスミリオン)…………!!」


 ドーラバの厚い胸板を中心に広がっていく白。

 それは、体全体へと行き渡り、顔もしらくなったかと思うと、両目の縦方向に顔を分かつように赤い線が入る。

 目は結膜が黒く、瞳は赤く。唇は黒く。

 体中の血管を沿うように赤と黒い線が入っていく。


「こうなってしまっては、手加減無し以外方法がとれん。

 精々楽しませて見せろ小僧!!」


 先程の一撃を返すようにドーラバの硬く大きな拳がケンタの頬へ直撃して吹き飛ばす。


「ブフッ……!!?」


 不意を突かれたようでこれにケンタは反応できず、坂を転がるスーパーボールのように跳ね飛んだ。

 ドーラバはそれを楽しむような笑みを浮かべながら追撃し、ケンタを球遊びのように蹴り遊ぶ。


「ガハハハハハ……! ガハハハハハハッ!!」


 ケンタも咄嗟に防御の姿勢は取れているが、巨体から繰り出してくるドーラバの攻撃が重く、ガードする腕が悲鳴を上げ続ける。


(このままじゃダメだ! アイツの攻撃が強すぎて僕の力を纏わせても防御力が足りていない!

 いずれ決壊してしまうよ!)


(んな事言われたって、どうしろってんだよ! 体勢も立て直す前に吹っ飛ばされっし、打つ手がねェ!!)


(もう一度、見出す希望ディスコーディ・ウィッシュで距離を取らせよう!)


「分かった!

 見出す希望ディスコーディ・ウィッシュ!!」


 ドーラバ追撃に追って来た瞬間、再びケンタの体の光が急上昇し、爆発的に放出される。


「ング……ググググググッ!!」


 しかし、それはドーラバを仰け反らせはしたが、光を押さえ込むように反発するように耐え抜いている。


 嘘だろ……!? この至近距離の見出す希望ディスコーディ・ウィッシュを耐えてんのかコイツ!!?


「効かンッ!!」


 逆に気迫が混じった雄叫びによってケンタの方が吹き飛ばされてしまう。


 木に背中を打ち付け、ずり落ち、朧げな視界でゆっくりと近づいてくるドーラバの変貌ぶりを目の当たりにする。

 しかし、その表情には厳しい状況にも関わらずに「はははは……」と静かに呟く不気味な笑み。


 ったく、バケモンだぜ。

 こんな奴が俺の相手なんてついてねェな。

 もっと、楽な相手だったら…………。


「貴様は良くやった。

 儂にここまで力を引き出させた小僧はいなかった。無論、この世と置き換えても数える程しかいない。

 名を聞いておこう」


「……俺は、大山健太。名をケンタ、性をオオヤマっつーアンタ等からしたら分かりづらい異世界育ちの流れ者さ」


 ドーラバはケンタが諦めたのかと思い足を止める。

 しかし、ケンタの言葉は続き、表情が歪む。


「そして――お前を倒す男だ……。

 良くやっただ? 違う。

 もっと楽な相手だったら? 違う。

 俺は、お前を超えて更に強くなる……お前はただの土台でしかねェ……!

 俺の目標があそこで戦っている、皆に希望を与えることができる英雄なのなら――逆境こそ戦って勝ちを見出すべきだろう。

 それが希望おれの役目なのだからッ!!」


 ゆらりと立ち上がり宣言するケンタ。

 その目には光が戻り、ボロボロでも確かに暗闇を照らす光があった。


「勝手に勝負付いた事にしてんじゃねェぞ!

 最後に勝つのは、この俺だッ!!!」


「重畳!」


 また、相対するドーラバはその覚悟を目の当たりにして笑った。


 ドンッと衝撃波を伴う拳のぶつかり合いが起こる。

 予備動作のない互いの拳は均衡するように足を引かせず、視線を逸らさない。


「俺に勝てるのか小僧ッ!!」


「勝たないと、俺は何も掴めないままだ……もう昔には戻らねェッ!!

 俺は、影でも、光でも、英雄になるッ!!」


 再び混じり合う拳と拳。

 顔面に入れば、負けじと腹に、

 当たれば、よろめいても直ぐに反撃に、

 胸に、顎に、肩に、次々と。

 いつのまにか、言葉無しに足は一歩も動かさずに相手を倒せるかというチキンレースを始めていた。


「うぉおおおおおおおッ!!」

「ウォオオオオオオオッ!!」


 互いに他の事など一切眼中や頭に無く、目の前の男を倒す為だけに拳を振るっていた。

 次第に息切れ、疲れ、限界からよろめいた後に反撃に出る速度が遅れていく。

 だが、それは相手も同じであり、

 鼻血等の出血が起こり、眩暈めまいがしようとも相手が倒れるまで拳を振るい、頭突きを繰り出し、逝った目で攻撃だけを繰り返す。


 防御する気、

 一切無し!


 勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ――。


 勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ――。


 勝ちへの欲は――おさまらない。



 先に限界が来たのはケンタの方だった。

 見上げるような体勢だったぶん膝に限界が出た。

 一瞬の膝の曲がり。

 それを見逃さなかったドーラバがこれまでで一番腕を高く振り上げる。


「これで終わりだ小僧!!」


 膝のクソ野郎ッ!!

 だが――一度でも、一瞬でも、してしまった失敗は次で塗り替えろ!


「ッ――負けねェッ!!」


 振り下ろすドーラバの拳は炎を帯びていく。


「ガイアディベスリィー!!!」


 アイツ等がまだ戦ってる! あのデカい像もぶっ倒せてないのに、俺が負ける訳にはいかねェだろうがッ!!

 全部振り絞って、勝ァ――つ!!


 体を捻るようにして両方の拳を突き上げていくケンタ。


「吹き飛べッッッ!!

 《天蓬てんぽう螺旋弾らせんだんW(ダブル)》――!!!」


 捻った体を戻すように回転力を武器に拳を当てに行く。


 ぶつかり合うドーラバの右拳とケンタの両拳。

 ケンタの圧倒的な推力によってドーラバの腕が跳ねのけられる。


「なっ――!」


 その瞬間、ドーラバの目にはスロー再生でもしているかのように目の前の光景が見えた。

 ケンタの本気の目が昔を思い出させたのだ。



◇◇◇



「獣人を助けたとはやってくれたなドーラバ!!」


 帝国軍だった時代、路地で虐めにあっていた獣人を助けたのが軍の長官にバレ、激しく怒りに苛まれていた。

 儂は焦りながら理解できない心持ちで反論を投げかけた。


「何故、獣人を助けてはならんのですか! 儂等は同じ人間、解り合うべきとは思わんのですか!

 彼等にだって同じ心が――」

「他種族に対する思いやりが帝国軍にあってはならんのだッ!! お前は何も解っていない!

 そういう正義感など、いらんと言っているのだ!

 獣人など、殺してしまえッ!!」


 儂の中のどこかでプツンと音が聞こえた。

 焦燥感を募らせた儂は、いつの間にかその場で長官を半殺しにしており、狂気に満ちた視線を虫の息となった長官へと向けていた。


「貴様は、軍の長官に値しない! 帝国軍は、真っ当な正義を執行して成り立つものだ!

 貴様も、この国も、全て腐っているッ!!」


 あの時の長官の顔は今でも覚えている。怒りに猛り狂った顔と、虫の息で口がきけなくなった顔。

 どちらも儂が嫌悪するものだったが、あの時はそれが正義に思えてならなかったのだ。

 その後、儂は軍の長官を暴行した容疑で国外追放を受けた。

 本来なら死刑ものだったが、帝国軍だからと生かしてはもらった――が、あの愚行は許せんのだ。


 なぜ、帝国はあんなにも他種族を嫌悪するのだ。殺すのだ……。

 儂は悔しくてならん。

 儂は、種族なんぞ関係なく人を救いたくて帝国軍に入団したというのに、実態を知れば反吐が出る事ばかりだった。

 だからこそ、帝国へ復讐するという頭領に乗った。

 儂の思い描く帝国へと塗り替えたかったからだ。



 貴様はそう思わぬか?

 正義を、英雄を夢見る若人よ。

 ……その顔は、目の前の事にしか向いていないみたいだな。

 それでいい。その目でいつか――。


「うぉおおおおおッ!!!」


 ケンタの拳がドーラバの顔面へと直撃し、体を後方へと運んだ。

 地面へと倒れるように落ちたケンタは、まだドーラバが起き上がるのではないかとおぼつかない足で立ち上がり警戒しながらに近づく。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 肩で息をしながら見る、倒れるドーラバの顔は仄かに微笑みながら気絶しており、腰を下ろして安堵した。


(しぶとかったね、このおじさん)


「うん。だけど、悪い人には思えなかった…………」


(……ケンタが言うならそうなのかもしれないね)


 勝つには勝ったケンタだったが、既に満身創痍であり、もう一度立ち上がることは直ぐにはできそうにはなかった。

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