12話
フロアの奥にあった階段を静かに下りていくと、気配が二つ感じられて足を止める。
どちらも知らない気配だが、一人は嫌な空気を纏っている。まだ距離はあるけど、それでも判る危うさ。サーナタンで戦ったシンシヤを連想させる不気味な感じがビシビシ伝わってくる。おそらくこいつが元凶だろう。
もう一人は――強そうではある。
厚い闘気で覆われた武人のような感じ。しかし、もう一人の方と比べてしまえばなんてことはない。実力は、予想だが、さっきのティーレマンスとほぼ同等と思われる。
あくまで感覚的だが。
(割とやりそうなのがいやがるな)
(ああ。二対一は避けたいところだ)
師匠が前に言っていた。
実力を上げると、感覚的に相手の実力も判るようになると。今の分析はそれに近い。
それにしても二対一か……。ケンタたちを待った方がいいか。急ぐ必要もないし、あちらもこっちに気付いてはいないみたいだ。
そんな考えから待つことにすると、気配が一つ増えたことに気付く。
いや、気配が一つ、二人の所へ近づいて行っているのだ。
「来たか」
まるでその人を待っていたかのような嬉しそうな声が聞こえて顔に驚きが表れる。
驚愕に値した。なぜなら、増えた気配に覚えがあったからだ。
俺は、その気配を感じてゆっくりと階段を更に降りていく。
戦いなんてしたことの無さそうな華奢な気配。警戒はしている感じはあるが、それはまるで初心者のそれ。
恐る恐る階段から顔を出してそれが本人かを確認する。
なんで、なんでお前がこんな所にいるんだよ――サクラ!!
間違いようのない珍しい桜色の髪が覗け、確信した。サクラが一人、覚悟を決めたような顔をして洞窟の奥から出て来ていた。
(知っているのか、誰だ?)
(説明している暇はねーよ)
くそっ! なんでここへ来たんだサクラ。ここはお前が来ちゃいけない場所だって自覚してると思ってたんだがな……。
「まさか、鍵の方からやってきてくれるとは! 驚きというより、呆れるな! 実に無防備、実に哀れ!」
サクラをこの目で確認した頃から俺の左手の甲がまた光り出している。
これが何を意味するかは分からないが、今はそれより何故が敵の本拠地まで来てしまったサクラをどうやって守るかだった。
相手は二人。一人を一発一瞬で倒す事が不可欠だ。
金髪ロン毛の黒いマスクをした貴族っぽい男が台座から立ち上がり手を広げた。
「ようこそ! 殲滅へと導くたった一つしかない鍵よ!!」
「……鍵? 何のこと――っ!!?」
サクラは何を見たのか後退りして両手で口元を抑え、まるで死人を見たように有り得ない程の驚き顔になっていった。
あれは――あの時の巨人!!!
動いていない? それなら今が最大のチャンス。今の内に壊さないと、またあの時のように――島が破壊されちゃう!
母さんが、ジュタイナさんが、わたしをここへ送り込んだ理由。
わたしがアレを破壊しないといけないんだ!
どうやって……?
いや、決まってる。
ジュタイナさんは、バロウさんと運命の歌を変えてと言っていた。だから、バロウさんとならきっと。
「はぁあああああああああ!!!」
「っ!!!」
サクラに気を取られて隙ができたのを見逃さなかった。狙ったのは赤い甲冑で全身を覆った茶髪のおっさんだ。もう一人の不気味な奴よりかは楽だと思った。
右拳を力の限り握り締め、本気の構えで身を投げ出す。それと同時に俺の拳に炎のように滾ってくる紋章の力を纏わせ、腰を回して男の腹中央に叩き込む。
「バロウさん!」
「んぐっ……《赤辣》!!」
「ギッ…………ボハッ……!!」
振り抜いた拳は甲冑の男に血反吐を吐かせて吹き飛ばし、着ている甲冑を凹ませ、後方にある岩まで持っていくとその岩をも砕いた。
俺は着地すると同時にサクラまで一直線に走り出す。
「バロウさん、来てくださったんですね」
俺は半分負けた気持ちで、走る流れを崩さぬようにサクラを右腕で担ぐと、サクラが入って来た方向の洞窟の通路へ走る。
「バロウさん!? バロウさん、待ってください! あの人達を倒さなければ――」
「できたらそうしたかったが、お前を守りながらじゃ二人相手は流石に無理だ。せめて仲間を一人は連れてこないと――」
「逃がすな」
冷静な男の余裕の声が聞こえる。
「おう!」
今さっき俺が殴り飛ばしたはずの赤い甲冑の男が俺よりも速く通路を塞ぐように阻んできてブレーキを掛けた。
っざけんな!
今の俺の技は明らかに直撃だった。紛れもないみぞおちコース。おまけに吹っ飛ばして直ぐには起きてこれないはずだ。
なのに! なんでお前は、俺より速い!!?
さっきまでのもう一人の奴よりマシというのは撤回だ。体躯とか、それ以上にこいつが大きく見える。圧倒的な威圧感。
間違いない、こいつは獣だ。計り知れない野獣の底力を感じる。
「待って欲しいですね。何処の誰かは分かりませんが、彼女を連れて行かれるのは少々都合が悪い」
まっ、後ろの奴もヤバいってのは変わらないんだけどな。
「わりーけど、こいつは渡せねェ。俺の大事な仲間だ」
俺は振り返って宣言する。サクラには指一本触れさせない、それを表すように殺気を解き放って。
「そうですか」
痛い程の殺気だ。かなりのやり手なのは間違いない。もし言い伝えというのが当たっているのだとしたら、こいつかもしれん。
そうだとしても構わん。今ここで殺せば邪魔が無くなる。一石二鳥のチャンスがこちらへ転がってくるとは、なんて運のいい。
「わたしはイメガ・スキータと申します。元帝国貴族でした。そちらの大きいだけが取柄の男も元帝国貴族で、ドーラバ・オーランドと言います。貴方は?」
自分達から名乗って礼儀は弁えるってか? 気に食わないな。
「…………バロウ・テラネイア」
「ではバロウ殿、自己紹介も終えたところで少しわたし共のお話を聞いては頂けませんか。わたし共も話し合いで解決できれば、それに懲りたことは無いと思っているのですよ」
「聞き耳なんか持たねーよ。それより、さっさと本性を現すんだな。そんな畏まらないでも、どうせ俺とお前等は敵どうしだ。つまらない腹の探り合いだの、言葉のトラップだのはいらねーんだ。
端的にいこうぜ。決着はどうせ互いの力がどっちが上か、お前等もこんなことをやっている以上は理解しているはずだが。
もし白を切るつもりなら構わないけどよ、よく肝に銘じておけよ。
サクラや俺の仲間に手を出した罪、償ってもらうからな!!」
「ふぅ……仕方ないですね。ならばやり方を合わせて差し上げますよ――。
ドーラバ! 男を殺し、女を奪え!!」
「了解、頭領!」
「ちっ――」
ドーラバと呼ばれる男が背中から取り出した斧を構える瞬間、俺の視線の端で人影が動いた。そこで初めてその気配を察知する事ができたのだった。
これは――
「目の前の敵に集中しなさい、バロウ!!」
ロゼ!!
ロゼが持つ短剣が黒マスクの男へと伸びる。しかし、相手も抵抗できるだけの手があった。
手を構えるとその場に男の身長くらいの長い棒が出現し、その棒でロゼの攻撃を受ける。
「ふん。一撃で倒れときなさいよ、面倒ね!」
「そうはいきませんよ。ここに入り込んできたのには気づきませんでしたが、刺客が来るときにも備えていたので助かりました」
これで二対二。戦える戦力になったが、敵がサクラをどうしようとしているのか判らない限りは、サクラを離せないし、下手に踏み込めない。
ドーラバの斧が振り下ろされ、俺は咄嗟に後ろへ跳んで回避する。斧は地面を割り、突き刺さった。
すごい威力だ。一発食らっただけでもヤバいが、掠っただけでも致命傷を負いかねない。気が抜けねェ……!
俺は攻撃を避けながら身を引くことを続けていると、いつの間にか押し出されており、後ろで戦っているロゼが近くなる。
これでは一対一が二つから、二対二が一つになっちまう。俺の方が避けるのが主になっちまうから、不利にしかならない。ロゼの負担を増やしまうだけだ。
ここは森じゃねぇ。得意の炎魔法も使える!
「カイゼルパージ!」
肘関節までの左腕を魔力で生み出した炎に纏わせ、拳を握る。
しかし、違和感があった。
【カイゼルパージ】は、以前【ニトロパージ】を進化させた上位互換のはずなのに、炎の威力が弱い。
なんだ? 俺の魔法が弱まってる?
それだけではなく、どんどん炎が小さくなっていき、魔法が保てなくなって霧散してしまった。
どういうことだ!!?
理解不能の事態に戸惑い、余所見をしてしまっていた。
その瞬間、ドーラバに斧で左脇腹を横殴りされてしまう。
「がっ!」
「きゃあっ!!」
その反動でサクラを放してしまい、二人して宙に投げ出され地面に叩きつけられる。
なんとか直撃は避けられたが、血が出るので左脇腹を抑えながら立ち上がり、サクラを探す。
サクラも無事なようで立ち上がり、ドーラバを警戒するように見ていた。
しまった……。
でも、なんで魔法が引っ込んじまったんだ!? 気づけば魔力もちょっと少なくなっている気がする。
(分かったぞ、小僧)
(ユウ、何が分かったんだ?)
(小僧の魔力が何者かに吸収されている)
(なんでそんなことになってんだよ! だって今までそんな前ぶりは…………)
気付いた。
俺の左手の甲が光っていて、これが原因だと。
(ってことは――)
(ふん。小僧の魔力を吸収している張本人とは、あの娘だ)
サクラ!
(それと、もう時間が無いぞ小僧)
(どういうことだ?)
(小僧の膨大な魔力をあんな小さな娘が吸っているんだ。元の魔力と合わさって魔力庫が膨れ、魔力暴発を起こしてもおかしくはない)
(魔力暴発!? でも、どうやって解除すればいい? これが最初に現れた時はサクラに触れただけだったぞ)
(それは、解らない。できるとすれば、その娘だけだろうが……)
「サクラ!」
俺はすぐにサクラの下に駆け寄る。
「さて、そろそろ終わりにしようか」
ドーラバの隣に今までロゼと戦っていたはずのイメガがいた。
なんで……。あいつはロゼが、まさか!
ロゼがいた方向を見ると――ロゼは二人分の土でできた人形相手に短剣を使って戦っている最中だった。
「あの方なら、私が創り出した土人形の相手をしてもらっているよ。
ゴーレム・パレードという。私の魔法は面白いだろう?」
「ちっ、楽させちゃくれないのかよ」
「貴方達が歯向かうなら、もちろん。
死ぬ気があるのなら、楽にさせてあげるがね」
「はっ、ねェよ!」
相手は二人……。
いけるか? MAXパーセントの力で。
一瞬で片付けられなければ、負け。できれば、勝ち。
「うっ!」
隣で苦しそうな声が聞こえて振り返る。すると、サクラが意識が遠のくように力が抜けて倒れていく。
「さく――」
それと同時に俺の左手の甲の紋様から眩い光が溢れ出す。それは、眩しく目を開けてはいられないほどだった。
どうなってんだ!?
(魔力吸収が急激に速くなっている! すぐになんとかしなければ、その娘が死ぬことになるぞ!!)
っざけんな!!
死なせるか! 俺はサクラを守る為にここまで来たんだ、死なせるわけにいくかよ!!
「これは…………重畳!!」
イメガが何かに気付いたように目を見開いて急ぎ移動を始める。
それが気になって視線を移動して初めて気付いた。イメガの奥、その上でこちらを不気味で気色悪い笑みを浮かべる巨大な像がいた。
まるで生きているかのような笑みは、俺に恐怖を感じさせる。これは本当にただの像なのだろうかと思わずにはいられない。
俺が像に気を取られているうちにイメガが像の下の段差の前に行きついていた。
「邪魔だぁあっ!!」
「きゃああああっ!!!」
腕を払うように振るうと、黒い魔力のようなものが発生し、自分が創ったゴーレムごとロゼを吹き飛ばす。
あいつ、何をするつもりだ?
「今ここに!」
(嫌な予感がするぞ)
イメガは自分のポケットからガラスでできた試験管のようなものを取り出し、それを握り締めて割る。すると、中に入っていた赤い液体が地面へと零れていった。
それは、血のようであった。
(なんにしてもいい予感はしない。小僧、止めさせろ!)
(わ、分かった)
「カイゼルパージ!」
左手に魔力を込めるが、ずっと光りっぱなしなだけで炎がちっとも出なかった。
(魔法は使うな! 今は発動さえしないぞ!)
「うっ……くっ…………」
サクラが苦しそうに胸を抑える。俺が魔法を発動しようとしたことで更に苦しんでいるのだろうか。
今はあいつの方が先決なのかと葛藤する。
「くそっ!」
俺はユウの嫌な予感を信じ、イメガへ向かって走り出す。
「行かせん!!」
しかし、俺の道を阻むようにドーラバが来る。まるで壁のように阻み、抜けれそうな隙が一切無い。
「邪魔すんじゃねェ!!」
俺がドーラバに殴り掛かろうとする瞬間、ドーラバの後ろで黄色い光が放たれた。
「殲滅の巨人像の復活を、宣言する!!」
イメガが床に描かれた魔法陣に手を触れて魔力を流し込んでいた。
何がどうなっているんだ…………?




