11話
「さっきは邪魔が入っちゃったけど、今度は殺すよ」
「やれるもんならやってみろってんだよ。こっちはもうさっきみてーなふざけた戦法は効かねェよ」
殺気の含んだ言葉が俺へと向けられ、俺も殺気で対抗すると同時に全身を熱くも赤い魔力で覆っていく。
《赤煌》――30パーセントアドバンテージ!!
こいつは強い。キレなんかで言えば俺よりあるかも判らないくらいだ。
初手誘い。そんな事ができる勝負強さだってある。それがハッタリなんかでないなら、まだ剣の方は見てないが、どっちにしろ気を抜けるような相手じゃないってのは明らかだ。
それだけ分かってるなら十分。手なんて絶対抜かねェ…………一時も集中を切らさずに全力で相手してやる!!
「さぁ、殺し合いだ」
紋章の力走る右拳を握り、右半身重心に中段に構える。
相手も再び気色悪く背中から腕を二本生やし、四つ全ての手でそれぞれ四本の剣を抜いた。
既に奇抜な四刀流だが、抜いて直ぐ流れるように収まったその構えは、野獣のそれを彷彿させる。まるで殴り合いをするかのようなかなり腰が低いものだった。
おそらくどこの流派でもない自己流。もしくは自己流のものを教わったかのどちらか。適当に見えてまるで隙が無い。
対して俺には武器が無い。【暁丸】も今はポロが持っていて、俺にあるのは拳のみ。
しかし、それはここ最近じゃいつもの事だった。師匠相手の修行は当然の如く素手のみ。相手が武器を所持しているからとはいえ、それを変えるつもりもない。この一戦、俺にとっては修行の一環だ。
初手はティーレマンス。右の後ろ腕の小振り。明らかな様子見の一手。
しかし、それに対して決して俺は気を緩めない。出ている右足を千鳥足で後ろへと下げるのみでそれを半身へ避ける。
ティーレマンスはそれに対して下から続けざまに右の前腕を振ってくる。
そこで俺は思った。これは、たかが腕が二本増えただけだと。
そう。俺は、戦々恐々としたこの場で沈着した。
そこからは楽だった。圧倒的な楽。一種の流れにも入ったかもしれない。俺の中に根付いた何千、何百と戦ってきた戦闘感覚の流れの一つへとはまった。
その腕を気にした行動ではないが、勝手に俺の身体は対空を選ぶ。
地面から足を外すと低い体勢のティーレマンスを下にして仰向けになった。
実際は回転しているが、俺の感覚が遅くなったような気がしてまるで空中で止まっているかのような感覚になっているのだ。
「何!?」
俺はノールックの左裏拳を、顔を右から叩きつけ、ティーレマンスの重心を右半身から崩す。
「ぶっ……!」
俺の身体が反転し終わり様にそのまま右脚で右横腹へと直撃。クリーンヒットと言えるほど確実な当たりだった。
先程の裏拳によって重心が崩れた為、防御や一瞬の逃げさえもさせない。
しかしこれはまだ序の口。今のを体を上手く使って直撃を避けられる者は実際にいる。俺はそのレベルを見据えていた。
俺の身体は蹴りを入れて空中で開いているが、相手はその前で膝を畳んでなんとか倒れないように耐えている最中。まさに直撃を免れない位置的有利を取った。
俺は右手人差し指を立ててティーレマンスの背中中央へ向ける。そして左手は余波に備えて右腕を掴んで抑える。その瞬間、俺の全身を覆う赤い魔力を全て端である足から相手へ向けている人差し指へと収束させていった。それは指の先でビー玉くらいの大きさの球形を形成する。
「《赤煌丸・空》!!!」
俺は人差し指の先に集めた魔力をティーレマンスの背中へと放った。指を離れると同時に球は拡大し、人一人覆う程の大きさとなって背中へ直撃し、爆発を起こす。
その爆発によって俺自身も飛ばされ、ティーレマンスがどうなったかは黒い煙が立ち込めて確認ができない。
煙の中から出てこないのを見て、肩の力を抜くように構えを解く。
しかし確証があった。まだ立ち上がってきても負ける気がしないと。
確かに隙は無かった。だが、一度開けてしまえば全てが俺のコンボへと繋がる。
ミシネリアで燻っていた俺であれば、腕が四本になった時点で勝ち目はなかった。だが、今なら紋章無しでも相手できるように思えるくらいだ。
まだ少しの間だけだが、師匠と修行して強くなった。これまでの戦闘でも学ぶことはあったが、やっぱり師匠との修行は格が違う。
そんな事を考えていると、煙を剣で払いながら出てくるティーレマンスがいた。背中から煙を発し、口からは血が咳と涎と共に出て顎を伝って地面へと落ちているのが判る。
「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ…………」
よし、やってみるか。
最初の気を抜かないなどといった意気込みはどこへいったのか、俺の思考は既にティーレマンスを敵として認識していなかった。今の自分が通常の状態でどこまでやれるのか、それだけが気になっていたのだ。
先程の技で紋章の力が解除された状態の俺は、そのままティーレマンスへと向かって駆ける。
イメージはそのままに。考えるより体に任せ、直感で動け。
「はは……化物かよ……。
ブレイク・ロック!!」
薄ら笑いを浮かべるティーレマンスの目が開き、魔法が唱えられる。
相手の足場から俺の方に地面が割れ、中の石や土が舞う。それによって足場が悪く、バランスを崩すのは必至。
地面を破壊して足場を奪う魔法だ。
しかし、俺はできる気しかなかった。
足を地面から離し、両腕を顔の前で交差して目に飛んでくる土や砂が入らないようにし、ティーレマンスへと一直線に跳躍する。
これは『誘い』。奴が俺に初手で行ったのと同じ戦法。
しかし、俺はもうこいつの底を知った。交わした。見た。本当の『誘い』の使い方を教えてやる。
ティーレマンスは細剣を四本持ち、リーチや数では完全に負けている。
だが、この距離ではもう魔法を使う余裕は無い。無くなった。俺が跳躍して直ぐに消えていたのだ。
初級魔法ならできる可能性はなくもないが、それは魔法特化型であればの話。それも初級魔法程度なら避けるのに苦労しない。
今、この一瞬一秒も満たない時間の間で俺とティーレマンスの思考がでんぐり返しをするかのように巡る。
来た!? 牽制のつもりで撃ったのに、逆に到達時間を早めた。剣での迎撃しかない。しかし、先の一連の流れでこの人に僕の剣戟が一切通用しないのが解った。魔法は? ダメだ間に合わない。既に一択。
「W十字――」
四つの剣で二つの十字を作って構え、技を繰り出す事が判別できる。
「連斬!!」
四本の腕が開かれ、俺へ向けて二つの十字型の斬撃が一つは左上、もう一つは右下。檻のような中央で四角形を作るように放たれた。
俺はその瞬間、体を丸めて空中で前転し、斬撃中央の上部から逃れてティーレマンスの頭上を通り、背後を取って着地する。
「くっ――」
ティーレマンスは、警戒心から急ぎ右の二本の剣を横殴りするように振り返る。だが、その視界では俺を捉える事ができなかったようだった。
「全てが予想通りだった」
「っ!!」
既に俺はティーレマンスの懐へと入り、姿勢を最大限低くして振り返り様の大振りを回避していたのだ。
「お前が俺を上回ったのは、さっき会った森の中だけ。あの時、俺をやれなかったのが運の尽きだったな」
「強すぎ――」
全身をバネにして右拳を振り上げ、苦笑いをしたティーレマンスの顎を捉える。
細剣を全て放し、宙を飛ぶ。首が伸びきって顔が天上へと向き、そのまま静かに舞って地面へと叩きつけられた。
うん。アジリティもかなり上がっている。確実に進んでいるな。
だけどまだまだだ。もっと強くなって皆をちゃんと守れるくらい強くならないといけないんだ。だから、サクラも必ず守る。元凶をぶっ飛ばしてな!
(強くなったじゃねーか、小僧)
頭の中でユウの声が響く。
(ユウ! 起きてたのか。ここ最近は顔出してくれなかったんで寂しかったぞ)
ユウは紋章の意識だ。偶に頭の中から声を発したり、魔力操作の補助なんかもしてくれる。俺の相棒であり、一部だ。小僧呼ばわりは少し不満だが、頼りになるし、なんだかんだでいつも助けてくれる。
(オレも色々あるんだよ)
俺の中にしかいれないのに何が色々あるんだか。
(だけど、そろそろクライマックスみたいだぜ。見てくだろ、俺の成長をさ)
(調子に乗るなよ小僧。強くなったとはいえ、前の勇者にはまだ遠く及ばねぇ。危なっかしいから、サポートしてやるよ)
(うるせー。
頼むぜ、ユウ)
(おう。おいしいとこ取りだ)
(だから今のタイミングで出て来たわけじゃねぇだろうな?)




