10話
できてからかなり時が経っているようで塔の周りは苔や植物の蔓がくっついており、少々ヒビなんかもはいっている。下から見上げると一番上が見えないが、所々にある窓の部分が吹き抜けになっているのが分かる。
今は使われていないのか人の気配は無い。そもそも森の中のこんな場所にある時点で今も使われている可能性は低いな。それに整備もされていないようだし。敵の本拠地としてはおあつらえ向きなわけだ。
俺は周囲の確認を終え、開いた入口から塔の内部へと足を踏み入れる。昼間だからか明かりも付いていないそこは、窓から入る外からの明かりだけが暗い内部を照らしている。
入口の左側には階段があり、それが上の階へと繋がっているようだ。
とりあえず上へと行こうすると、自身の下の方が光っていることに気付いた。
「なんだ?」
昨日サクラを見つけた時と同様に左手の甲にある紋様が光っていたのだ。
なんだ、これ。何か意味あるのか?
俺が紋様に気を取られていると――いきなり足場が崩れてしまった。
「やべ――」
抗おうと上に手を伸ばすが、誰もいるはずもなく落ちていくのだった。
◇◇◇
「呼んでる」
静寂を極めていたホテルにいるサクラの口から言葉が出ると、何かに触発されるように急にベットの上にあった腰が持ち上がる。
その場にはサクラしかいなく、サクラはそのまま移動を始め、部屋から音もなく出ていくのだった。
◇
◇
◇
暫くして、その部屋の入口の側面にあるドアが開き、中から髪をタオルで拭くメノアが何も知らずにサッパリとした顔で出てきた。
「サクラちゃんもお風呂入る? 狭いけど、気持ちを入れ替えるには丁度いいよ――
あれ?」
メノアはベットの上にサクラがいなく、表情に疑問が起こる。
「サクラちゃん? サクラちゃーん。
あれ? トイレ? は無いか。今お風呂に入ってたしトイレだったら分かるもんね。気を使ってフロントのトイレに行ったとか?」
この部屋のトイレは、風呂と同じ部屋にあり、入室すれば気づくことができた。メノアは、部屋の中を粗方調べ、ある考えが過ぎる。
もしかして…………連れさらわれた!? でも、どうやって部屋の中に? どうやってこの部屋だって判ったの? 見張られてた?
「って、こうして考えてる暇なんかない!」
メノアは急ぎ頭の上のタオルを捨て、ベットの横に置いておいた剣やポーチ、防具を身につけて部屋を出る。
もう! お兄ちゃんに護ってくれって言われてたのに! ポロちゃんがいない時に目を離しちゃった! ごめんお兄ちゃん。ごめんポロちゃん。ごめんサクラちゃん。
部屋を出て等間隔にある明かりである灯篭をいくつか過ぎた後、角を曲がってきたポロと鉢合わせする。ポロは、両手一杯にお菓子を大量に持っており、幸せそうであった。
「ポロちゃん!」
「あっメノア。さっきサクラが一人で下に急いだ様子で降りていきましたが、何かあったのですか?」
「えっ!? 一人で?」
「はい。ちょっと焦っていたようにも見えました」
「…………どういう事? サクラちゃんは攫われたわけじゃないの?
って、何でポロちゃん止めてくれなかったの?」
「へ? ……………………そうでした! サクラを護らなくてはならなかったのです!!」
思い出すようにしてポロは両手に持っていたお菓子を全て落として頭を抱える。
「どうしましょう…………。マスターの命を達することが出来なかったとあらば、ポロは約立たずのゴミロボなのですぅ〰〰〰〰!!?」
「落ち着いてポロちゃん! 今ならまだ間に合うはず。早く追いかけるよ!」
「そ、そうですね。あっ、でもお菓子は……」
「っ――もう。
全部口の中に入れちゃえばいいのよ!」
「メノア、頭いいのです!」
「えっ? 本当にやるの?」
ポロは屈むと、下に落としたお菓子を一瞬で口の中へと運んだ。
「ほ、本当にやるとは思わなかった……」
ポロの頬はリスのように膨れて爆発しそうになっていたが、当の本人は、満足そうな表情を浮かべている。
「ふぁ、ふぃふぃふぁふぉ」
少々口から何か出てくる中で話すポロが何を言っているかメノアにさえ分からなかった。
「な、なんて?」
ポロは待ってと掌を見せて「待って」と表すと息を吸ったかと思えば瞬く間に口の中のものを全て喉奥へと押し込み、やがて飲み込んだ。
「こんな事、ポロちゃんじゃなきゃできないね」
「満足しました。サクラの所へ行きますよ、メノア!」
「うん!」
◇◇◇
落とし穴の先は洞窟だった。
そこで待っていたのは、先程原因不明の斬撃で飛んで行ったはずのティーレマンス。斬撃の影響か服は破け、上半身は何も着ていなく鍛えられた筋肉が露わになっている。
地下だから視界が悪い事を予想したが、ティーレマンスの後ろに見える池のような水辺が青い光を放っており、ここら一帯がまるで宝石のようにキラキラと輝く美しい光を浴びている。
どこから風も通っているのか地下であるというのに涼しい気が行き来していて居心地は悪くない。この場所だけに限るのであれば、皆も連れてきたいと思う程だ。
しかし、今はそんな妄想をも押し殺さなければならない。何故俺がここに辿り着くことを知っていたのか解らないが、俺を殺そうとしているティーレマンスがこの場所にいるということは、免れることはできないだろう。
覚悟はしていた。だけど、どう見てもこいつは今回の一件の大元には思えない。できれば、根幹をへし折って直ぐに企みを暴いたり、ぶち壊したりと、とんとん拍子で進みたかった。
ティーレマンスは、再会を喜ぶように笑みを浮かべて俺を見る。その表情だけでこいつが俺と戦いたがっているのが判る。
稀に見る戦闘狂。昔の俺もそうだったからこういう視線には敏感なのかもしれない。あの戦いに明け暮れた日々の中で培った能力の一つ。
そうだ。
忘れてはいけない。
俺は、あの日々に犯した間違いを二度としないように、
二度と誰も失わせないように、
それを胸に秘めて二度目の旅を始めたんだ。
メノアや仲間達はもちろん。サクラも、もう俺の仲間だ。こいつ等がサクラをどうしようとしてるのかは解らないが、
「サクラは俺が守る! この俺の命を懸けて!!
来るなら来い! 誰だろうと、相手になってやるっ!!」




