5.死神のお仕事
「ボクは、モルエ・ラ・モール。気軽にモルエって呼んでください」
石室へ戻る道すがら。銀髪の死神少女はするりとローブの裾をたくしあげながら名乗った。
白い肌が膝上あたりまで晒される。
なんてことはない。動きやすいように長い部分を腰巻き風にしていただけだ。
「私は、御巫悠。これからよろしくねモルエ」
「ハルカさんですね。どうぞよろしく」
「私のことも呼び捨てでいいよ。てか、さん付け禁止。なんかむず痒いから」
「わ、わかりました……。じゃあ、ハルカ。よろしくお願いしますね」
まあ口癖なんだろうし、敬語くらいはしゃーないかな。
腕部分もまくりあげ、モルエは身軽な格好になった。
すらっとした手足が健康的だ。
こうして見ると、死神のイメージなんてまるでないよな。強いて言うなら、今も彼女が背負っている大きな鎌くらいか。
それに、モルエが言うに、彼女は厳密には"死神見習い"らしい。
「まだ経験が浅いんですが、このまま真面目に仕事をこなしたらすぐ一人前の死神になれるんです。お給料も上がるし」
なんか会社の研修みたいなシステムだな。
私も学生だから会社のことなんて知らないけどさ。
「生命を取り扱うから辛い時もあるし、それに今は人手不足で、正直てんてこまいな状態で……。だけど、そのぶんやりがいもあるんです」
そして医者や看護師みたいことを言う。
死神業界って、現代社会に会社でもあるんですか?
一人がよっぽど寂しかったのか。クールな外見とは裏腹に、モルエは意外なほどよく喋った。
「さ、着いたよ」
話しながら歩いていると、すぐに石室にたどり着いた。
「へえ、こんな場所があったんですね。それに広いし……ここならある程度安全は確保できそう」
この石室の広さだと、無駄なものがなければ五、六人くらいゆうに過ごせそうだ。
前の坂を下った先には川もあるし、水にも困らない。
そう考えると案外良い立地なのかもしれないな。
モルエは、しばらく石室内を見回したあとこちらに向き直る。
どことなくもじもじしているのは気のせいじゃなさそうだ。
「あの……ところで。折り入ってお願いがあるのですが……」
「ん?」
とは言ったものの、大体その内容は予想がついた。
「しばらくのあいだ、ボクもここにいさせてもらってもいい、でしょうか……? いきなり現れて厚かましいのは重々承知しているのですが……」
「それを言ったら、私だって勝手に棲みついてるだけだしね。うん、モルエがよければここにいたらいいよ」
「あ、ありがとう!」
パッと笑顔になるモルエ。こうして見るとどこにでもいそうな普通の女の子だ。
了承することは最初から決まってたけど、これからしばらくは二人で過ごすんだ。思うことがないわけじゃない。
ま、できる限りお互いがストレスを抱えたりしないよう気をつけるしかないか。
それに、やっぱり一人でずっといるよりも二人の方がずっと心強いしね。
「本当にありがとうございます! さっきのお詫びもあるし、これからはボクがハルカを全力で守りますから!」
……なんたって死神だしね。
マジ心強いっす。
こうして、死神少女モルエが仲間になった。
「それじゃあ……まず、水汲みに行こうか」
モルエが加わったことで、昨日汲んだ分の水だけじゃとても心許なくなった。
川への水汲みは今後日課になりそうだな。
ちなみに、お取寄せリストにあった『手水舎』なんかも、水ごととはいかないらしい。たいそうな設備だけ送られても扱いに困るしな。
そこは、近場のおいしい川水を調達させてもらうことにする。
現地調達現地調達。それもスローライフのあるべき姿だね。
小川へ向かう途中、ふと昨日とは違う景色が気になった。
「そういえば、あの綿毛がいないな……」
そこらへんに浮かんでいた白い綿毛。それらが今日は一つも見かけない。
「綿毛? 『ロスト』のことですか?」
「ロスト?」
あれがその、ロストかどうかはわからないけど、ここで見る綿毛というのは他に知らない。
「たぶん、それはロストだと思います。……あれらは、世界の境界が曖昧になる夕刻にしか姿が見えないんですよ。とても儚い存在だから」
そうなのか。そういえば、昨日の夜も一切見てなかった気がする。
「モルエは詳しいんだね?」
「ええ。だって、それがボクたちの専門ですから」
モルエたち……つまりは、死神たちの専門ってことか。
死神は、役目を終えた生命をあの世に送り届ける。
それは彼女から聞いたばかりだ。
つまり……。
「あの綿毛……ロストってのは」
「お察しの通りだと思います。あれらは、もともとは人の魂なんです」
なるほど。
人って死んだらあんな状態になるんだ。
「でも、なんで魂がこの生死のはざま世界にいるの?」
「それは……」
モルエは目を伏せて、少し寂しそうな表情をする。
「ロストというのは、ちゃんとあの世に送られなかった魂、その成れの果て。行き場を失った魂は、生と死……どっちにも属さないはざまの世界……つまりこの世界に流れ着くそうです」
ちゃんとあの世に送られない魂。
迷子の魂。
だからロストなのか。
「なら、その魂たちはこれからどうなるの?」
「……どうにも。生まれ変わることもなく、ずっと、それこそ永遠にここでさまよい続けるでしょう。誰かの導きによって浄化されない限りは」
「永遠に……」
「通常なら、ボクたち死神のような存在が魂を導くんだけど……最近は」
「……人手不足か」
コクリとうなずくモルエ。
これが、さっき言ってた死神業界の事情と繋がってくるのか。
これは、思ったよりも深刻な話だぞ……。
この世界に来たばかりの時、のんきに綿毛の数を数えてた自分がアホみたいだ。
小川に着いた頃には、空が橙色に染まり始めていた。
それと同時に、さっきまで話していた魂……"ロスト"がちらほらと姿を現す。
話を聞いたあとだと、ふわふわ浮かぶ綿毛たちがどこか寂しげに見えた。
「水を汲む前に……少しよろしいでしょうか?」
しばらく黙っていたモルエが尋ねてくる。
「ん? どうしたの?」
「……この世界には、きっとボクたちのような存在はいないんだと思います。もしくは稀なのか。そうじゃなければ、こんなに沢山のロストはいないはずだから」
「ボクたちって……死神のようなってことだよね?」
「はい。でも、この子たちをこうしてしまったのは、少なからずボクたちの責任。だから……」
モルエはその場に跪き、目を瞑り、祈るように両手を組んだ。
少しのあいだそうしたあと、静かに立ち上がる。
「少しの時間だけど……ボクのできる限りをするよ」
そして、どこからともなく取り出した大きな鎌を手にして、モルエは、静かに鎌を振るいはじめた。
……まるで、舞を舞っているかのようだった。
夕やけと小川のせせらぎを背景に、モルエの身体を中心にして、鎌の軌跡が何度も空中で踊る。
その鎌の軌道のすぐあとに、綿毛たちが淡い光を帯びながら空へと消えていった。
「……長く待たせたね。でも、これからは安心して眠ってください」
淡い光を纏いながら舞うモルエの表情は優しくて、悲しげだった。
死神ってのは、真っ黒で骸骨で、肩にカラスなんかを乗せてて……。
私の中ではとにかくそんな不気味なイメージだった。
「でも、実際は違うもんなんだなあ……」
まさに神聖な者。
死者を導く巫女のような存在に見えた。
◇
あたりが夜になり、ロストが見えなくなるまでモルエは舞い続けた。
「ふう……。お待たせしてしまいました」
今日の役目を終えたモルエは息を切らせていた。
結構体力を消耗したんだろう。
「いやいや、ご苦労さま。不謹慎だけど、良いものを見せてもらっちゃった」
正直、私には自分が覚えた感動を伝えるくらいしかできない。
それでも、モルエは汗ばんだ顔を綻ばせた。
「じゃ、今日は水を汲んで帰ろうか」
そうして、ある程度の水を鞄に入れて石室に戻った。
……今日は結局、食べ物は手に入らなかったな。
しかたない、またごはんかお餅かでしのぐか。お菓子もあるし。
スキルで適当に食べ物を取り寄せ、石床に並べる。
「モルエも、好きなの食べてね」
「おお、これは日本の物ですね。ハルカは召喚を使えるんですか。すっごいなぁ」
モルエには、お取寄せスキルを召喚術と捉えられたらしい。
いやでも、そんな羨望の眼差しで見られても困る。
私自身は何にもしてないんだから。
「じゃあ、これと……これを頂きます。あ、これは知ってる。ジャーキーっていうんだったかな? ボクの世界でも似たようなのがあったけど、日本の物はどんな味なんだろう」
楽しそうに食材やお菓子を吟味するモルエ。
修学旅行ではしゃぐ子どもみたいだな。
さっき舞を舞ってた時とは雰囲気がえらく違う。
「ん、あれ……? …………ジャーキー?」
ちょっと待て。
そのジャーキーは、まさか。
「あ、ちょ、モルエ。それは……」
気づいた時には、すでにモルエは封を開けて一本目を咥えてしまっていた。
お、遅かったか!
「ん? んん? なんか味が変…………ぐ、ぐふぅ……!?」
それが犬用だと気づいたモルエは、しばらく奇妙な踊りを踊ったあと、両膝をついてぐったりしていた。
私がもっと注意深く見ていれば……。
モルエ……なんかいろいろすまんかった。
てかこの子、さっきも思ったけど踊りのセンスあるな。
死神モルエ、悠ともどもどうぞよろしくお願いします!