47.妹を叱る
さて。
どうしたものか。
私は今、地面に尻もちをつきながら、芽衣(禍ver.)に見下されている。
しかも相手は、既に前足を振り上げているときた。
「これは、逃げないとヤバイよね」
見えないほどの速度で振り下ろされる腕。
ショベルカーの頭が落下してくるような迫力だ……!
私は両手両足で地面を蹴って何とかそれをかわす。
……ドゴォォ――ン……ッ! 響くような音と一緒に、私が元いた場所はあっというまに大きなクレーターになった。
「こ、怖ぇぇ……」
芽衣、いつのまにかこんなに強くなって。
それに、その見た目。
姉ちゃんの見てないところで大きく成長しちゃってまあ。
……と、そんなアホなことを考えていたからか。
気づけば、私の視界すぐ横から黒い腕が迫ってきていた。
「あ」
これは、避けられないかも……?
「ハルカッ!!」
ヒュンッ――。
耳元で小気味よい音が鳴ったかと思うと、いきなり目の前の蜘蛛が大きく仰け反った!
……オォォ"ォ……っ!?
よく見れば、蜘蛛の眼の部分(今は芽衣の顔の部分)、その一つに矢が刺さっていた。
遠くからセフィが矢を射て助けてくれたのだ。
「セフィ! 助かった!」
「何してるんだハルカ! ぼーっとしてると危ないぞっ!」
叱られた。
う、面目ないです。
……ゥォォォ"……、ォオオオ"!!
今の攻撃で逆上したのか、蜘蛛が今度はセフィの方へ向かっていく。
「あ、セフィ! 気をつけてっ!」
それに気づいたセフィも素早く弓を構える。
けど、蜘蛛の攻撃に間に合うかわからないところだぞ……。
こうしちゃいられない。私も急いで立ち上がり追いかける。
間に合え……!
間に合え……ッ!!
「あ、間に合った!」
私が、じゃない。
私が行くよりも先に、蜘蛛の前に立ちはだかりその爪を受け止めたのは……私もすっかり見慣れた大きな鎌だ。
「ぐぐぐ……」
蜘蛛の力に押されて、モルエの足が少し地面にめり込む。
「し、死神!?」
「何をしていますか天使……っ。早くそこから退いてください……! この蜘蛛、予想外に力が強くって……長くは、もたない……っ」
言われてすぐに飛び退いたセフィは、その流れのまま、蜘蛛の側面めがけて矢を放った。
「さっさと浄化しろ!!」
矢は、さっきとはまた別の芽衣の顔、その眉間にクリーンヒット!
芽衣の顔の一つが苦痛に歪む。
……実の妹の顔面に矢が刺さってるって、さすがに目を背けたくなるような光景だ。
だけど、今はそうは言っていられない。
あれはたしかに芽衣の感情ではあるけど、禍なのだ。
禍は浄化して、元も場所に帰してあげなければいけない。
モルエとセフィもあんなに頑張ってるんだ。
私もなんとかしないと。
「モルエッ! あたしがこっちに引きつけるから、お前はその隙に横から鎌を当てろ!」
「わかりました! セフィ、しっかり注意を逸らせてください!」
二人が声をかけあいながら蜘蛛の周りを走り回る。
狙いをうまく絞れないのか、蜘蛛も攻撃しあぐねているような感じだ。
「いつもは、あんなに言い合ってる二人なのにな」
ほんとはめっちゃ気が合うんだろうか。
しばらく一緒に過ごしてて、正直うっすらそうかとは思ってたけどさ。
でも、ああして実際に力を合わせてるのを見ると、ちょっと嬉しいかも。
「……うん」
二人が協力する様子を垣間見て、一つ思いついた。
……というか、実際どうなるかは全くわからないんだけど、やってみないことには何も始まらないよね。
両手を前に出す。
モルエとセフィが繋がるように、私と芽衣も繋がっている。
それが神さまの力で具現化した姿であれ、蜘蛛になった禍であれ、だ。
今からそれを証明してみせる。
「……出てこいッ! おタマとフライパンッ!」
かざした両手が光り、それぞれの柄の感覚が伝わる。
『お取寄せスキル』
……久々に使った気がする。
これも神さまから授かった大切なスキルだ。
なおもモルエたちに襲いかかろうとする芽衣(蜘蛛ver.)に近づき、大きく息を吸い込む。
そして……。
「こらあああぁぁ――――!!! 芽衣いぃッ!!! 朝だぞッッ!!! 起きろおおおおおぉぉぉ――――!!!!」
カァンッ! カァンッ! カァァンッッ!!
フライパンの底におタマを打ちつけながら全力で叫ぶ。
これぞ、いつも寝ぼすけの芽衣を叩き起こす必殺技。
私と芽衣が長年培ってきた毎日があるからこそ、生まれた技だ。
私の攻撃(物理)が効かないっていうなら、精神に訴えかけてやればいい!
……ォ"……? ォオオ"……ッ!?
お?
もしかして、よく効いてる?
それなら続けない手はない。
「おらおらッ! いつまで寝てるんだぁッ! 今日は休みじゃないぞ! はよ起きろ――ッッ!!」
芽衣(蜘蛛ver.)がわたわたと慌てだす。
見える。
私には見えるぞ。
まだ眠気まなこのまま、布団の中で跳ね上がる芽衣の姿が。
こうなるともう勝負は決したものだ。
私はダッシュで蜘蛛の足元付近まで近づく。
もちろん、おタマとフライパンは持ったままだ。
「はよ下に降りて、朝飯食えええええぇぇぇぇぇ――――――っ!!!」
そして、私は今日一番の力を込めて、フライパンの底を叩いた。
カァン!
カァァン!
バゴンッ――!!!
「うおっ!?」
神さまの力も加わってか、このはざま世界中に響くような凄い音がなった。
自分でもビックリだ。
というか、今の打撃によってフライパンの底が割れた。
「もったいないことをしちゃった……」
フライパンの犠牲……。
でも、その効果はてきめんだった。
ォォォォ……、ォネ……ェ……
蜘蛛は脳震盪を起こしたようにフラフラしながら、八本足を丸く縮めた。
逆に八つの芽衣の顔は驚きで目を見開いている。
毎朝、幾度と見ていたあの表情で……。
……よしっ。
じゃあ、最後の仕上げだ。
「モルエ! セフィ! 浄化するよッ!!」
「はい!」
「おお!」
モルエが鎌を持ち上げ、セフィが弓を引く。
私もフライパンとおタマをさげて、代わりに大麻を両手に握りしめた。
両手から麻に願いが伝わるように。
しっかりと。
「よし、いくよ……ッ!!」
「「「それッ!!」」」
三人の声が重なる。
蜘蛛の大きな身体を、鎌がすり抜け、矢が通り過ぎ、大麻が撫で払う。
まるで蜘蛛が目の前にいることが嘘かと思えるくらい、手には感触がなかった。
オ"オ"オ"オア"アアアァァ"ァ"――――――ッ……!!
とうの蜘蛛は、無数の赤黒い光の粒を身体から吐き出しながら叫んでいる。
これって、浄化できたのか?
それともまだ、禍を出したりするのか?
「悠さん、お疲れさまです。無事浄化は終了しました」
「あ、ククリさま。これは……ちゃんと浄化できたんですか?」
「ええ! それはもう、完全に!」
いつのまにか隣にいたククリさまが微笑みながら頷いた。




