3.だいたいの方針が決まる
はざま世界に来て初めての夜は、最初にいた石室で明かすことにした。
今まで歩いてきた分を引き返すのは骨が折れたけど、まったく知らない土地で、しかも野外で夜を越すのはさすがに危険だと思ったからだ。
ぽっかりと開いた洞窟のような入口。
壁、天井、全部が石だ。
はじめこそほとんど状況を見てなかったけど、石室の中は意外と広い。
六畳、いや、八畳部屋くらいのスペースはあるか? 広さだけなら現世の自分の部屋以上なのは確実だ。
「え~と、布団出てこい」
――ドスッ。
さっそくスキルを使って布団を取り寄せる。
ちゃんと出てくるのかまだ不安だったりしたけど、ほんとに出てきた。
……さて、布団を出したはいいものの、先に今後のことを確認しておきたいと思う。
ロウソクとチャッカライターを取り寄せ、石室から出る。入口から出てすぐの広いスペースに設置、火をつけた。
ちょっと頼りないが、とりあえず明かりは確保した。
月明かりもあるしな。
あ、そういえば……昼は女の人が飛んでたけど、夜は何なんだろうか。
そう思って空を見上げようとして…………やめた。
空から視線を感じたからだ。
たしかに、月明かりらしい光が空から降っている。
現世みたいな黄色くて丸い月かはわからないが、それらしいものはあるんだろう。
ただ、私の心が訴えている。
やめておけ、と。
空にはとても恐ろしいものがあるぞ、と。
これが、はざま世界の夜か……!
月(?)の視線から逃れるように、石室のやや入口側に戻ってきた。
そこでスマホを取り出す。画面は真っ暗のまま。こっちから神さまへ連絡ってのは無理そうだな。
それよりも今は、神さまから送られてきた『お取寄せリスト』を確認したいのだ。
ここに戻る前にも軽く目を通してはいたんだけど、補足と注意事項以外はまだそれほど頭に入っていなかった。
画面を開くと、メモ帳のようなシンプルな画面にいろいろと記されている。
とりあえず、今の状況で使えそうな物をチェックしたい。
上からざっと目を通してみよう。
【 100均箸 100均スプーン 100均フォーク……】
【……醤油 砂糖 塩 みりん……】
簡易的な食器類は一通り揃ってそうだ。あと、調味料も。
続けて、包丁やまな板、鍋やフライパンなどの調理道具もある。
おそらく、さっき神さまが言ってたように社務所にある物なんだろう。
「あとは……」
【……電子レンジ オーブントースター ポット……】
そういえば、さっきオーブントースター出しちゃったな……。
ちなみに、結局ステータス表示は出なかった。この世界にはそういう概念はないんだろう。
……思い出したら無性に恥ずかしいなちくしょう。
気を取り直して、リストを見る。
他にも冷蔵庫などの電化製品、それに七輪などの少しトリッキーな物もある。
でも、電化製品はこっちの世界で使えるんだろうか。主に電気的な意味で。
それから、カップめんやレトルトごはん、そしてお菓子類と続いていく。
布団、箪笥、本棚などの家具類。
神社の掃除用具。
神棚、お祓い用の大麻なども……いや、さすがにそれは恐れ多いっす。使い途も思い浮かばないしな。
なかには【賽銭箱の中身】なんて欄もあり、さらに内訳されている。
【……ハズレ馬券 パチンコ玉 クオカード 定期券(使用済)】
おめーら賽銭箱に何入れてんだ!
そして、【神社その他】の欄。
【……空き缶 空きビン 紙パック 誰かが落としたぬいぐるみ(イヌ)
くたびれたダンボール 近所の少年が捨て置いた雑誌本
散り散りの新聞紙 濡れティッシュ……】
これはもうほぼゴミですね! 本当にありがとうございました!
神社の敷地内といってもわりと広いからな。人気のないところに放置された物も少なからずあるんだろう。
まったく、けしからんですね!
他にも使えそうなもの、意外なもの、心踊るものもあった。
最後の【補足 ナマモノ系や大きい物の注意事項】でリストは終わる。
はあ……なんか、疲れたな。
でも、これだけあれば数日くらいはなんとかなるかな。
あとは少し寝てから考えるとするか。
私はとぼとぼと石室の中に戻り、先ほど取り寄せた布団に潜った。
◇
――あら~?
翌朝。
石室から出てノビをすると、空の女性がのんきな声で出迎えてくれた。
おはようございます、と頭を下げる。
手近な石に腰をおろし、紙コップで水を一杯。
こ、これはうまい……!
市販のミネラルウォーターよりもうまいぞこれっ!
水は、昨日ここに戻ってくる前に【無限かばん】に収納しておいた。
この鞄……なんと、物を適当に放り込んでも自動的に分類し、互いに干渉しないように保管くれるのだ!
……自分で見つけた風に言っちゃったけど、補足に書いてあったのだ。
ちなみに、鞄への移動は手水舎に備え付けの柄杓でおこなった。ひたすら地味で虚しい作業だったけど、こうして今に活きているからいいのだ。
この世界で初めての現地調達。おいしさもひとしおだ。
「さて。次は、朝ごはんだね」
周辺から小石を適当に集めて円を作り、その中心に取り寄せた新聞紙やそのへんの枯れ草を詰める。
さらに取り寄せたチャッカライターで火を熾し、その上に置いた鍋で湯を沸かす。
ぽこぽこと気泡が出てきたところで、昨日出てきたパックごはんを鍋に投入。
時間は体感だけど、適当なところで引き上げる。
これで一応ごはんの用意完了だ。……本当にごはんだけだけどね。
「……早めに食料も見つけないとな」
味気ない米を噛みしめながら、今日の計画を練る。
これからどれくらいの期間、この世界にいるのかわからない。
二、三日? いや、下手したら数週間ここで過ごすことになるかもしれない。
う、このへんのことも昨日神さまに尋ねておくべきだったな……。
とりあえず、しばらくはこの石室を拠点にするとして、衣食住の「住」はひとまずクリアだ。
それと服も今着ているので「衣」もクリア。
万が一ボロボロにでもなったら、神社から袴でも借りるさ。
お風呂は…………川の水でどうにかなるっしょ。
となれば。最後に残るはやはり、食料だ。
お取寄せスキルで食べられるものを出し、ずらっと並べてみる。
主食になりそうなのは、パックごはんと切り餅くらいかな。
あとは煎餅やビスケット、一口チョコなどのお菓子類。
お、ビーフジャーキーは肉っぽいけど、加工品だから取り寄せ可能なのか。
……と思いきや、犬用だった。
さすがにこれを食べるのは勇気が必要だ……。
お菓子の種類こそ意外と豊富だけど、神社内限定だけにどうしても偏りがある。
これだけでも空腹はしのげるかもしれないが、何食も、何日も、となると精神的に辛いものがある。
……いずれ、狩りとかもすることになるんだろうか?
やだな。
怖いな。
でも肉食いたい。
そうだな。その時に備えて、それなりに覚悟をしておこう。
「……よし」
いい具合に煮詰まってきたので、とりあえず今日の残りは石室周辺を散策してみよう!
せっかくの機会だ。
いろいろとこの世界を見ておくのも損はないと思う。
できれば食べられる物を見つけたい。
肉類ならバンザイだけど、野草や果物でもあれば嬉しい。
あと、地味なのだが、トイレの場所も確保したい。
今のところ自分以外の存在に会っていないけど、やっぱりそのへんでっていうのは抵抗がある……。
いい感じに身を隠せそうな場所があればいいんだけど……このへんは草原ばっかりだしなぁ。
これも、狩り同様に覚悟をしておかないといけないかもしれない……。
まぁ、水があればどうにかなるか。
次回から新しいキャラクターが(再)登場します!