32.甘味処『はいいろ』
もち米が蒸しあがり、小豆のアク抜きが済んだ。
ここからは二組に分かれて作業をすることにしよう。
まずは、餅つき係。
作業中ずっと目と牙をギラつかせているまかみさんには、当然こちらに入ってもらうことにして……。
あとは適任者……というか、彼女しかできない仕事があるのでお呼びした。
「あなたの涙が必要なんだ」
「自分の力がこんなところでもお役に立つとは……。感無量なのですよ」
泣沢女ちゃんだ。
お餅をつく際、少しずつ彼女の涙……塩分を加えていってもらう。
味にモロに影響するので、なかなか重要な役割。
けど、長年の涙貯めの経験もあって、根気と集中力に定評のある(……はず)泣沢女ちゃんなら、上手くやってくれると思う。
お次は、あんこ係。
……は、私とモルエでやる。
モルエは真面目だし、私が作り方を教えながらやれば問題なくできそうだ。
言い換えれば、このあんこ餅づくりは、お餅の出来にかかっていると言っても過言じゃない!
……それを直に伝えると、まかみさんが張り切り過ぎて暴走しかねないので、心の内に留めておくことにする。
こんな感じで班分けをして、それぞれの手順に沿って作業を進める。
「振り上げて……どっすん! また振り上げて……どっこいしょ!」
「ぶるぶる……、ぶるぶる……」
イシコリばあさんに持ってきてもらった臼に蒸したもち米を移し、それを木製の杵でつく。
昔ながらの餅つき風景が、そこには広がっていた。
ただし、景気よくつくのはケモミミの女性で、水と塩を加える役は常に泣いている女の子なのが少々斬新だ。
ちなみに泣沢女ちゃんは、臼のすぐ側で顔をぶるぶる振って涙をお餅めがけて飛ばしている。
うん……、それでちゃんと水分塩分を加えられているのも逆に凄いことだけどさ。
一方、あんこ班である私たちは、小豆を柔らかくなるまで茹で、それをすり鉢とすりこぎを使ってつぶしていく。
「小豆のいい香りがしますね」
「だね。殻も柔らかいし、きっとおいしいあんこになるよ」
取り寄せた砂糖を混ぜ合わせつつ丁寧に豆をつぶしていくと、あっという間につぶあんが完成した。
あとはしばらく熱を取り除くだけだ。
ほぼ同じくらいの時間で、まかみさんたちもお餅をつき終える。
「もち米って、こんなになるのですね。ちょっと感動なのです」
泣沢女ちゃんはできあがったお餅を見て感動の涙を流していた。…………私の中ではそういうことにしておく。
「もちつき、楽しかったです~。これは今後のお餅づくりが楽しくできそうです」
「もう定期的に続けるつもりなんですね……。でも、ちょっと待って。最後の大事な仕上げが残ってますよ」
お餅とあんこができた。
なら、それらをちゃんと合わせないとね。
最後はみんなで同じ作業をする。
お餅を平に伸ばし、そこにあんこを乗せて、包み込む。
中からあんこが飛び出さないように優しくこなしていく。
「まかみさん、中からあんこが出てますよ」
「あっ、ほんとだ! 少しお餅を薄くしすぎました……」
「お餅に涙がかかって上手く伸ばせねーのです」
「泣沢女ちゃん……少し手を前に出してやると、涙もかからないかもよ?」
こういうお菓子作りは、みんなでやるととっても楽しいね。
ちょっとしたトラブルもまたよし!
そして数分後……。
「…………できた。これで、あんこ餅の完成です!」
私の作業完了宣言で、みんなからわっと歓声があがる。
「せっかくなんで、みんなで試食しようか」
「試食……すごく素敵な響きですよね」
モルエが感慨深げに呟いていた。
うん、まあ……その気持ちはよくわかるよ。
わりとたくさんのあんこ餅ができたので、再び集落中の元神さまたちに集まってもらい、連日の試食会となった。
「むむふ……! これは、甘くてもちもちで……!」
「うめーです」
「外はこんがり、中はほんのりじゃのー!」
うん。塩加減も甘みもちょうど良く、餅の柔らかさも申し分ないね!
みんなからの評価も絶賛レベルだった。
主にヒノ長老の反応を見るに、今後焼き餅の展開も悪くないとさえ思える。
こうして、あんこ餅は無事に完成したのだった。
…………。
「これで、おもてなし計画が大きく前進しました! ハルカさん、ほんとにありがとうございました!」
試食会も無事終了して、私たちは石室に戻ることにした。
まかみさんは何度もお礼を言ってくれるのでちょっとむず痒かったけど、私も久々にお餅づくりができて楽しかった。
「私たちのできることは、ここまでです。あとは、まかみさんの思うおもてなしで頑張ってくださいね」
「はい! きっと新参元神さまたちをギャフンと言わせてみせますよ!」
ギャフンと言わせてどうすんだ……。
まあ、まかみさんはやる気まんまんなので、いっか。
彼女の計画が上手くいきますように祈りつつ、私たちは集落をあとにした。
――後日。
私たちが集落に行った時にまかみさんの家へ寄ると、その装いが少々変わっていた。
玄関口のすぐ脇には、ベンチのような横長の腰掛けが。
そして、『甘味処 はいいろ』と書かれたのぼりが一本立てかけられていた。
一見すると、時代劇などで目にする茶屋のようなイメージだ。
「これはまた……本格的な」
「なんていうか、趣がありますね……」
モルエと二人してあんぐりしていると、玄関からカカシさんが三人ほど出ていらっしゃった。
それぞれ、口周りにはあんこらしきものを付着させている。
「素敵な集落だね」「こんなおいしいものを頂けるとはねぇ」「おかみさんも美人だし、これはリピート確定だね」
そのままご機嫌な様子でぴょんぴょんと歩いていった。
どうやら、お茶とあんこ餅でのおもてなし……その評価は上々のようだ。
目的はどうあれ、リピーターまで確保してるしね……。
「あ、ハルカさんにモルエさん! いらっしゃいませ~」
「どうも、まかみさん。おもてなし、いい感じですね」
「はい! おかげさまです~! あ、よかったら、お二人もお召し上がりになってくださいよ~!」
まかみさんに誘われるままに、二人してお茶とあんこ餅を出してもらい、椅子に座って一息つく。
「うむ、おいしい」
「見た目もきれいですし、まかみさん、上達されたのですね」
お餅のもっちり感とあんの甘さが絶妙に口に広がる。
そのあとに飲むお茶が、口の中の甘さを心地よく溶かしていった。
舌鼓を打ちつつ眺めた先には、茅葺き屋根の民家と、カカシさんの立つ田んぼ。
稲や麦の穂が風に撫でられてゆらゆら揺れていた。
そして見上げた青い空には、あまてらすさんがふわふわと泳いでいる。
「のどかだねぇ」
「ですねぇ」
思わずあくびが出そうなほど、ゆったりした時間がここには流れていた。
こんな平和な時がずっと続けばいいのに。
……。
…………いやいや、待て待て。
ずっと続いちゃダメでしょ。
私は、芽衣の待つ現世に帰らないといけないのに。
……ちょっと、のんびりした空気にあてられ過ぎたようだ。
「おっし」
目を覚ますように、立ち上がって自分の両頬を叩いた。
……勢いを加減し忘れて、歯が折れるかと思うほど痛かった。
次から新展開になります!
……今後少し投稿ペースが遅くなります>< お読みくださっている方には大変申し訳ありません!
なるべく早い頻度で更新していけたらと思います!




