20.川辺で子どもが泣いていた
さてさて。
禍のことはさておいて、今はいつものように釣りに出かける。
無限カバンを携えて、モルエと一緒に川沿いを流れに沿って下っていく。
今日もいい天気だ。空の天女さん、あまてらすさんもなんだか機嫌が良さそうだ。
「今日も今日とて晴れですね」
「そうだね。水面もキラキラと眩し……」
あれ?
今日は、心なしか眩しくないな。
空を見ても雲ひとつないんだけど。
……と、思ったのもつかの間。
水面がいつものように光を集めて輝いていた。
あれ、やっぱり、暗く見えたのは私の気のせいだったのかな……?
「ハルカ。今日は先客がいらっしゃるようですよ」
そのままいつもの釣りポイントまで歩くと、その川べりで小さな子どもが体育座りしていた。
ここで自分たち以外を見るのはまかみさん以来だ。
その子は真っ白な着物で、そして頭には尼さんの頭巾のような、幽霊の三角巾のようなものを目を隠すほど深く被っていて、性別まではわからない。
「あの子……もしかして泣いてる?」
「見たところ、そのようですね」
よく見ると、目の隠れたその頭巾から水滴がこぼれ落ちていた。
ぼたぼた……というより、ザザーッと。
いやいや、涙出すぎじゃないか? まるで滝だ。
泣く理由もだけど、まずは脱水症状を心配してしまうレベル。
「ど、どうしましょう……」
「このまま横で釣りを始めるわけにもいかないよね。一回声かけてみるよ」
その白い子どもに、驚かせないよう隣からそっと近づいた。
「えと、こんにちは。こんなところでどうしたの? 迷子?」
「え? ……あっ、こんちはです」
こちらへ向いた子どもは、意外と元気な返事をくれた。
「迷子ではないんす。ただ、ちょっと訳あって住処を追われちまって。それで行き場所に迷ってて……て、これを迷子っていうのですね、ははは」
わりと深刻な話しだと思うんだけど、当の本人は頭を掻いて笑っていた。
目元からは相変わらず滂沱の涙なんだけど。
そのギャップがものすごく違和感だ。
「それで泣いてたんだね……。よかったら、詳しく聞かせてくれない? あ、言える範囲で構わないんだけどさ」
そのまま、私とモルエはその子の側に座り、それぞれ名前を名乗った。
本人からすれば、いきなり現れたやつに話すのは抵抗があるかもしれないが、こっちもこのまま放置ってわけにはいかないよね……。
まずは、少なくともこっちが君の敵でないことを伝えて、話しやすくしてあげないと。
「いやはや、話し聞いてくれるのですね! ありがたいです! ずいぶん暇してたんで、誰かとお話ししたかったのですよ!」
そんなこちらの気遣いなんていらなかったようだ。
身を乗り出す勢いで、子どもは話し始めた。
「あ、自分は泣沢女っていいます。遠くの山の麓で暮らしてましたです。……あ、一応女なのです。こんなナリですけど」
「泣沢女ちゃんね。私もよく女か男かわからないって言われてたよ」
オシャレも化粧も縁がなかったからね。仕方ないね。
「おお、同志でしたです! 自分たちは中性仲間なのです!」
変なところで仲間意識が生まれた。
「それで……どうしてここに? それが泣いてる理由だよね?」
「ああ、ですね。泣いてる理由はないのですが……ここに来たのは、少し話が長くなるのです」
そして、泣沢女ちゃんは経緯を話してくれる。
「実は自分、つい先日からお友だちのペットを預かっていてですね」
「ペット?」
「ええ。同じ水の元神の子が旅行に行くってんで、まだ幼いその子は自分に預かっていてほしいって」
話が見えてこないな。
ところで、予想はしてたけど、泣沢女ちゃんも元神さまなんだ。
友だちってことは、同じ水の元神さまでも複数いるんだな。
「それで、しばらく預かったんですけど、その子が急に豹変しちまいまして」
「ひ、豹変?」
「まさに、あれは豹変なのでした! で、姿を変えたその子が突然暴れだして、自分の住んでた井戸を壊したあげく、自分にまで襲いかかってきたのです。だから必死で逃げ出したのですよ」
そしてここまで逃げ続けて、今はその休憩中だったそうだ。
ペットという可愛いワードからいきなりバイオレンスな展開になったな……。
「あの時ばかりは、命がいくつあっても足りないって思いましたですね」
アドレナリンでも出てるのか、身振り手振りも混じえて熱く語る泣沢女ちゃん。
でも、ずっと泣きながらなので、怖いのか楽しいのかこっちもこんがらがってくるぞ……。
「ペットの豹変……それは気になりますね」
「そうだよね。どんなおっかないペットだったの……」
「本当は可愛らしい子なのですけど、ほんとにあのイメチェンにはおったまげましたです……。あ、そうそう、ちょうどあんな感じでですね」
泣沢女ちゃんが私の背後を指差す。同時に、急にその辺りが陰に覆われた。
…………振り返りたくねぇ。
もうなんか、嫌な予感しかしねぇ……。
でも、このままだと、例えば映画とかだと真っ先に殺されるポジションだよね、私。
仕方なく振り返ると……。
そこには、それはそれは大きな、三つ首の蛇がいた。
「あれこそがお友だちのペットの白蛇ちゃんなのです」
「ペットっていう雰囲気じゃ全くねぇ!!!」
しかも白くねぇ!!!