閑話 夜を司る元神
今回はおまけ回です!
バーベキュー歓迎会が終わって、私とモルエは石室に帰る途中。
一晩泊まっていくことも勧められたんだけど、石室に色々と置いてきているし、今日のところは帰ることにした。
集落入口にある道祖神に触れると、私たちはいつのまにか、いつも水を汲む川の前に立っていた。
集落も見えないし、元神さまたちの声もまるで聞こえない。
「なんだか、不思議な感じですね。こんな近くにあんな場所があったなんて」
「そうだねぇ」
あたりはすっかり暗くなっていた。ロストも見えないってことは、もう夜といっていい時間なんだろう。
というか、いつもより若干暗いぐらいだ。
「じゃ、帰ろうか。……あ、その前に少し水を汲んでいっていいかな?」
「え、今から……ですか?」
モルエの反応はあまり良くなかった。
おや?
ここは別にすんなりオッケーをもらえると思い込んでたから、ちょっと面食らってしまう。
「ん? あんまり、よろしくない?」
「あっ、いえ。そんなことはないのですが……できれば、明日の朝の方がいいかも……なんて」
そういうモルエは、少し挙動不審だ。
何かをしきりに気にしてるような……そう、まるで何かの影に怯えるような感じ。
……あ。
そこで、一つ心当たりがあった。
この世界の夜空に浮かぶ存在……。
「なるほどね。モルエの言いたいことはわかったよ」
「す、すみません。……というか、ハルカは何も感じませんか?」
「んん~、言われてみれば……」
最近はあまり気になってなかったんだけど、意識するとなんとなく視線を感じる。
そして、さらに……。
「その……今日は、いつもと視線の感じが違う気がするんですよね」
「うん。それもわかるよ」
なんていうか、変に湿気が多いというか……。
そういえば、この世界にも雨とか曇りってあるんだろうか。
今のところ快晴ばかりだったどころか、雲すら見た覚えがない。
まあ、現状が不穏なのは間違いないので、水汲みは明日にして、早く石室に戻ろう。
「あ、でもちょっとだけ待ってくれない? 顔だけ洗わせてほしいんだけど」
「ええ。それは、ボクも賛成です」
さっきのバーベキューのせいか、ちょっと脂っこくなっていた。
ほんとは身体も洗いたいところだけど……、今はとてもそんな気にはなれないしな。私だって一応女の子なのだ。
足元に気をつけながら、顔を洗うために川辺に近づく。
いやあ、ほんと、ちょっとくらい暗いだけでいつもの川がやや不気味に感じる。
「雨でも降るのか…………な……」
そこで私は、つい……見てしまった。
やたら空を気にしてたのがいけなかったのか。
水面に映る夜空を見てしまった。
そして、それが目に入ってしまった。
「あれって……まさか」
とっさに上を見上げると、そこには雨の気配も、それどころか雲ひとつなかった。
星の数も少なかったけど……代わりにインパクト大なものが浮かんでいた。
「顔だ……」
夜空のキャンバスをほぼ独り占めしていたのは、大きな顔だった。
太い眉毛に、少し釣り上がった大きな瞳。
スッとした鼻に、片方の口角を上げた口が真一文字に結ばれていた。
一言でいうなら、キザったい顔。
でも、それだけ。
それには、肝心の輪郭がなかったのだ。
まさに空全体が輪郭といったような様相だ。
「ハハ、ハルカ……!? 見ちゃったんですかっ?」
「あれが、つくよみさんなのかぁ」
正直…………思ってたほど怖くない。
いや、一種のキモさはあるんだけど、トラウマを植えつけられるってほどのものではなかった。
むしろあれは、ギャグ?
「ええっ! ハルカ……なんでそんなにクールな反応なんですかっ! 怖くないんですか……っ?」
「うん。ぶっちゃけ、全然」
現世のスーパーなんかでも最近見かける。
豆腐のパッケージとかに描かれてるような大げさに男前な顔。まさにあれだ。
逆に馴染みがあるというか、なんというか……。
「今までビビって空を見なかった時間がもったいない気さえするよ」
「本気ですかハルカ……。まさか、ショックのあまり気が触れ……」
「いやいや、私はいたって正気だけど!? ただ、現世でも見覚えのある顔だったからね。慣れてるんだろうね、きっと」
今まで無駄に恐怖心を抱いてたぶん、この世界の夜がちょっとだけ過ごしやすくなった気がする。
そんな私の心情を酌んでか、たまたまか。
キザったい顔……もとい、つくよみさんがキラっと歯を見せて微笑んだ。
「わ! 口が月の役割なのか!」
口の開いた部分が、まさに三日月の形に光っていた!
あれはキモいわっ!
怖くはないけど……やっぱり身体を洗ったりするのは昼間だな。
あんなのに見られながらだと、かなり抵抗がある。怖がってるモルエだとなおのことだろう。
「ボクは、まだまだ日本のことを勉強不足のようです……。日本って、恐ろしい面もあるんですね……」
「別に、あんなのばっかりじゃないよ?」
モルエには間違った知識を植えつけてしまった感が否めない。
今後、もっと日本のことを教えてあげよう。




