15.宴の準備を手伝う
最初に見た印象どおり、この集落は平和そのものだった。
田んぼに畑、そして民家がちらほら。他には何にも見当たらない。
ここでは、まかみさんたちが狩ってきた肉とカカシさんたちが創った稲や麦などの穀物を主な食料としているらしい。
基本的には、神さまたちもちゃんと食事を摂るようだ。麦を創るカカシさんを見学しているとそう教えてくれた。
カカシさんたち以外にも元神さまはいて、織物を生み出す元神さまや、鍬やシャベルなどの農具を生み出す元神さま……さらには、金属加工で色んな調理道具を創作する元神さまもいた。
「ほんとは、鏡を作るのが得意なんだけどねぇ。この集落ではあんまし必要ないから、こうしたもんを作っとるんじゃぁ」
そう話してくれたのは、金属加工場の実質ナンバーワンであるおばあさんの元神さまだ。
集落では"イシコリばあさん"と呼ばれているらしい。
集落内でも一際大きいこの加工場では、多くのはにわ型の元神さまが働いていた。
普段はイシコリばあさんの元で働いているけど、たまに田畑の土壌整備なんかも手伝ったりするそうだ。
みんなそれぞれ、生活してるんだなぁ……。
この集落は、それぞれの理由で神の座から降りた元神さまが、のんびり隠居するためにつくったのだそうだ。
生死のはざま世界って、神さまの隠居場所でもあったんだな。
と、あちこち散策してみたものの、面積的にはやっぱり小さな集落。
まかみさんたちのところに着いた時には、まだ盛大に準備中だった。
「あらら? もういらっしゃいましたか? まあ、何もないところですもんねぇ……」
まかみさんは、ちょうど石のテーブルのようなところでお肉を加工中だった。
「それは……牛ですか?」
「そのとおり! よくご存知です! さすが人間さまですね!」
それは、褒め言葉なのか……?
人間であることで持ち上げられたのなんて初めてだ。
それより、この世界にも牛だとかやっぱりいるんだねぇ。
「あ、これは、さっきの鳩だね……」
あの足長鳩は、テレビなどでよく見る鳥の丸焼きの状態になっていた。
ちなみに加熱前なのでけっこう生々しい。
「そしてこっちはオークですね」
「あ、ああ……たしかに、そうだね」
鳥肉の隣には、まだ切り分けられる前の豚が置かれていた。
モルエの世界だと、豚はやはりというか、オークなのか。
「このお肉の量……てことは?」
「今夜は、お二人の集落登録を祝しまして、バーベキューをすることにしたんです!」
「おおっ!」
バーベキュー!
この世界でそんなワードを耳にするとは!
そして、久しぶりのお肉料理ときた。
これはテンションが上がらないわけがないっ!
「でも、仕込みにまだ時間がかかりそうなんです……。もうしばらくお待たせしちゃいますが……」
「じゃあ、手伝います」
「ええっ、か、かまいませんよっ? お客さんに手伝っていただくわけには……!」
「いえいえ、ただ待ってるのもアレなんで。それに私、こういうこと好きなんで、ぜひ手伝わせてください」
毎日の食事の用意……好きというか、やらないとどうも落ち着かないというか。
腕まくりをして、セラミック包丁を片手にさっそく豚肉を切り分けはじめる。
「おお……手際いいですね!」
「こんな大きい豚を切るのはあんまり経験ないんですけどね……」
でも、コツさえ掴めばどうってことないな。
ここで家事スキルが役に立った。
焼き肉用に薄切りにした豚肉を器に重ねていく。
「ぼ……ボクも手伝います……!」
しばらくすると、モルエも私の隣に立った。
ただ、鎌こそ構えているけど腰が完全に引けている。
食料として見ても、生き物のこういう姿は苦手なんだな。
この調子だともしかすると魚も無理かもしれない。
……シャチホコは全部私が調理してたから気づかなかったな。
「じゃあ、モルエは……野菜を切ってくれない?」
私の言葉を聞いて、モルエは救いの神を見るような目でこっちを向いた。
いやいや、大げさだよ。
「すみません。お野菜は切るようなものはないんですよ~」
「あ~……」
そうか。この集落では"五穀だけ"があるんだ……。
つまり、米、麦、粟、豆、ヒエ……だったっけか。
そこに、刃物で切る必要があるものがない。
「ハルカ……ありがとうございます。ボク、頑張りますから……!」
改めて、モルエはお肉に立ち向かった。
覚悟を決めたのか、さっきよりへっぴり腰じゃなくなってる。
「い、いきます……!」
なんだか、初めて料理に挑戦する我が娘を見るような心境だ。
もちろん、私はまだそんな歳じゃないけどさ。
でも、見てるこっちもハラハラしてくるよ……!
「あぁぁ……、ヌルって、でも……んんっ……わっ……き、切れたっ。やった、切れました!」
一枚目でこのはしゃぎっぷり……。
でも、よくやったよモルエ!
「切り方もいい感じだよ! じゃ、その調子でどんどん切ってこうか!」
「はい!」
「さすが、手伝ってくださると効率が上がりますね~」
大量のお肉だったけど、三人がかりだとあっという間に切り分けが完了した。
モルエも、一度覚えると手際がよかった。
将来有望だな。今度からお魚も頼んでみようか。
「あとは、焼き場の準備次第ですね~」
加工済みお肉の乗ったお皿を少し離れた場所へ運ぶ。
そこにも大きなテーブルが備え付けられていた。
中央は少し凹んでいて、鉄板ならぬ石板のようになっている。
「あれ……誰もいないな」
「いえ、長老がいますよ。ほら、あそこです」
テーブルの下。
そこにはたくさんの藁が詰められていて、中からパチパチと音が聞こえてくる。
なるほど……あの中なのか。
しばらくすると藁に火がつき、すぐにヒノ長老が転がり出てきた。
「お、まかみちゃん。火加減はどうかの?」
「ちょうどいい感じですよ~。さすが長老ですね」
「ほっほっほ、だてに長年火熾し担当はしとらんわいっ」
長老なのに担当が火熾し……。まあ、適材適所といえばそうかのか。
「あ、あの……っ、長老さまっ」
と、モルエがヒノ長老に駆け寄っていった。
……ああ、さっきの気絶のことを謝るのか。
当然のように、長老さんは笑って許してくれたようだ。
うん。これでもうモヤモヤはなくなったね。
「よし、準備もできたことじゃし、そろそろ始めるかいの」
「待ってました! みなさんも呼んできますね!」
そうして、元神さまの集落での私たち歓迎のバーベキューが始まった。