14.集落の長老があつい
生首だ。
そして燃えている。
集落に来て、いきなりサスペンスな事態に遭遇してしまった。
「ハァ、ハァ……長老~。あんまりお昼寝ばかりしないでくださいよ~。熱いんですから~」
「ああ、すまんすまん。あんまり暇で、ついのぉ」
建物の奥から転がってきたおじさんの生首。
彼はあくびをしながらまかみさんと会話を始めた。
「あれ、普通に喋ってるよね……。首だけなのに」
モルエに向けてつぶやいてみたけど、返事がない。
……。
どうやら、モルエは立ったまま気を失っているようだ。
この子、こういうスプラッタ系にほんとに弱いんだな……。
「お? そちらさんたちは? 見ない顔じゃの」
「もぉ、だからここまで来たんじゃないですか~。この方たちはお客さんたちです」
「なんと! お客人か! ようこそいらっしゃった。……てか、すまんのぅ。恥ずかしい姿をお見せしてしもうて」
「へ? ああ……いえいえ。お気になさらず……」
首がゴロリと角度を変えて、こちらに向き直る。
つられて、周りにまとっている炎もゆらりと揺らめいた。
「おお、ご紹介がまだでしたな……。ワシはヒノツチ。この集落の長を務めておりますじゃ」
「集落の方たちはみんな"ヒノ長老"って呼んでますよ」
「は、はじめまして。御巫悠です。それと、こっちの子はモルエっていいます」
遠くの世界に飛んでいるモルエのかわりに紹介してあげる。
「おお? もしかしてそちらのお嬢さん、怖がらせてしまったかいの? わはは! こりゃ申し訳ない! なんせ首が転がっとるもんのぅ!」
「あはは……」
これは……自虐?
なにせ反応に困るんですけど……。
「えっと……その、お身体の方は?」
ちょっと野暮ったい気もしたけど、ここはひとつ、素直な疑問をぶつけてみた。
「ああ、ワシはこっちに来た時からずっと首だけなんじゃよ」
そこで、集落の長であるヒノ長老の生い立ちを少し聞いた。
なんでも、神として生まれた瞬間に首を切って殺され、そのままこのはざま世界に流れついたらしい。
神さまの世界もなかなか殺伐としてるんだな……。
「まだ人間が生まれる前のことじゃからな。この世界ではそれなりに長いんじゃぞ?」
「な、なるほど……」
長生きのスケールが違いすぎる。
「ちなみに、燃えてらっしゃるのは、元々は火の神さまだったからなんですよ」
「普段はコントロールできるんじゃが、寝てたりするとどうしても火力が強くなってしまっての……。なのでやむなく、集落から少し離れたこの石の家に住んどるってわけなんじゃ」
話しを一通り聞いて、ヒノ長老の謎は解けた。
まあ……そういう元神さまとして見ればいいってことだよね。
ここに来るまでは少しビビってたけど、実際にこうして話しをしていると、朗らかで良いおじさんってイメージだ。
いい意味で威厳や怖さが感じられない。……見た目はまだちょっと怖いけどさ。
あとはちょっと熱いだけで、良い元神さまなのはよくわかった。
「ところで……ご客人は何用でこちらへ来られたんじゃ?」
「あ、それはわたくしがご招待したんですよ。このハルカさんたち、なんとお魚を分けてくださったんですよ!」
「魚とな! それはすごいのぉ!」
ヒノ長老の驚きっぷりも凄いな。一瞬火力が増した。
「いやあ、わたくしたち、みんな揃って水が苦手でして……。魚を獲って食べるなんて、夢のまた夢だったんですよ~」
たしかに、カカシさんたちも見るからに泳げなさそうだし、ヒノ長老も火の神さまだっただけに、水に入ったらそれこそ命に関わりそうだもんね。
「そこで、お礼も兼ねて集落にご招待したんですよ」
「なるほどの。ふむ……それなら話しが早いわぃ。まかみちゃんよ、さっそく伝令を頼まれてくれるか? 今夜の宴の準備を始めようとな」
「おおっ、宴ですか! さすが長老、太っ腹ですね!」
「ワシに腹はないけどの! ほっほっほ!」
なんだか話が盛り上がってきたな。
さっそくとばかりに、まかみさんは集落の方へ走っていってしまった。
「さて、と……ハルカさんや。しばらくワシもここを離れる。しばし待たせてしまうと思うが、その間集落内の散策でもしていてくださらぬかな?」
「あ、はい。散歩は好きなんで、ぜひ色々見させてもらいたいです」
「ほっほっほっ、まあ大したもんはないがの! どこでも自由に見て回ってくだされ」
笑いながら、長老も家の前の道を転がっていく。
……と、思いきや、去り際にもう一度こっちに向き直った。
「ハルカさん……そなたには、良き神さまがついておるようじゃの。この年寄りなんぞよりもよっぽど良き神じゃ。きっと、そなたの未来は明るいですぞ」
「え? は、はぁ……」
意味深な言葉を残して、今度こそ長老は去っていった。
「あの交通安全の神さまって、そんなにすごいのかな?」
そういえば、まかみさんも私のステータスを見て驚いてたし。
神は見かけによらないってことか。
てか、その神さまに殺されかけたんだけど……いや、まあ、そこはもういいか。
それはさておき。
時間があるっていうことならまずは…………とりあえず、モルエを起こそうか。
我に返ったモルエに彼女が気絶していた間のことを説明する。
「そういうことなんですかぁ。ボク、失礼にも長老さまの御前で気を失ってしまって……。後にお会いした時に謝らないと」
「んん、まあ、そのことは笑って許してくれると思うけどね」
あの陽気な長老さんならさ。
なんだか、散策する前からこの集落がいい場所だって確信が持てた。
「じゃ、少しお散歩しようか」
「はい」
集落に歩を進めていくと、集落からはすでに賑やかな声が聞こえてきていた。
「ちょ、長老が来たぞー!」「ぎゃー! もっと火弱めてくださいよ! 家が燃えちゃう~!」「すまんの、みな。久々の集落でちとテンションが……」
「……楽しそうですね」
「ふふ、そだね」
ちょっとトラブってる気がしないでもないけどな……。




