10.魚でケモミミが釣れた
振り返ると、すぐ後ろに女性が立っていた。
「どうもー、お取り込み中のところすみません」
私が座っていて相手が立っているのもあるけど、それを抜きにしてもスラリとした長身。
着物のような服装の上にエプロンのような布をまとっている。
私よりも少し年上くらいか。健康的ながらも、どこか大人な雰囲気の漂う美人さんだ。
そして、何よりも……。
「今、お魚を捕まえられていましたよね?」
「ええ……、そうですが?」
女性の質問に答えたのはモルエだ。
顔にほんの少し警戒の色が浮かんでいる。
「あのぉ、いきなり出てきてこんなことをお願いするのは申し訳ないんですけど……。よろしければ、そのお魚を少し分けていただけませんか?」
どうやら女性は、私たちが魚を釣っているのを見て、それを分けてもらおうと話しかけてきたらしい。
「はあ……、魚を、ですかぁ」
会ってすぐの印象だと、彼女からは悪意は感じない。それに、実際釣った魚も私たち二人だけでは食べきれないくらいの量になってきていた。
なので、その申し出に断る理由はとくにない。
話の内容はちゃんと理解できている。
できているんだけど……歯切れの悪い返事しかできなかったのは、どうしても意識がそっちにいってしまうからだった。
「あ……、やっぱり、いきなりこんなこと頼まれたら困ります?」
女性が話すごとに、薄茶色の尖った耳がピコピコと動いた。
「あ、ははぁん……なるほど。言いたいことはわかりましたよ。基本は物々交換ですよね? ふふ、それくらいは人間社会でちゃんと学んでますよ?」
一人で得意げになっている女性のすぐ背中で、ふかふかそうなしっぽがフリフリと揺れた。
つまり彼女は、ケモミミ&ケモしっぽの持ち主だったのだ。
そんな私の態度と視線をどう勘違いしたのか、彼女の話しはどんどん進行していく。
「そんなこともあろうかと、用意してますよ! こちらからはなんと! ……じゃじゃん! これを差し上げます!」
「「あっ!!」」
私とモルエは同時に声を出してしまった。
おもむろに女性がしっぽの中から取り出したのは、なんと、私たちがさっきから眺めていた鳩だった!
足を持たれて逆さ吊り状態の鳩は、目をバッテンにしている。
まさか……彼女が捕まえたんだろうか。いや、現に持っているってことはそうなんだろう。
てか、どうやってそのしっぽに収納してた?
明らかにはみ出そうなサイズだぞ……。主に足が。
「ふふ、こう見えて狩りは得意なんです」
その口ぶりとドヤ顔から、本当に彼女が捕まえたらしい。
「でも、水が苦手で……。なのでお魚というのを食べたことがなくて……」
「なるほど。だから、私たちが釣ってるのを見かけて声をかけたんですね……」
誰にでも得手不得手ってのがあるもんだ。
なんだか、驚くことが連続して、逆に冷静になれた気がする。
まずは、何よりもお話ししないとね。
「あの……、ケモミミさん?」
「あ、わたくしは大口真神っていいます」
「え? おおくち……?」
「おおくちのまかみ、です。"まかみ"でいいですよ~」
「はあ、じゃあ、まかみさん? お魚が欲しいってことだったんですけど……いいですよ」
「ほ、ほんとですかッ!?」
予想以上に激しく喜ばれた。
しっぽがブンブンと風を切っている。
「ええ。私たちもちょうど鳩……お肉が欲しかったですし」
「あげますとも、あげますとも! いやぁ~、頼んでみるもんですね~! 今日はおいしいお酒が飲めそうです!」
お酒。
やっぱり大人のおねえさんのようだ。
ん?
てことは……。
それって、帰ってお酒を飲むような場所があるってことなんじゃ?
「えっと、まかみさんはこの近くにお住まいなんですか?」
「はい。すぐ近くの集落に住んでま……あっ、よかったら一度、おいでませんか? お礼も兼ねて集落を案内させてくださいよ」
少し話しを交わしただけだけど、見た目に反して快活な人(ケモミミでも"人"でいいんだろうか?)だった。
ところで、なんとこの近くに集落があるらしく、しかも招待までされたぞ。
「モルエはどう思う?」
「ボクはいいと思いますよ。悪い方ではなさそうですし、せっかくの厚意をお断りするのも少し心苦しいですしね」
てことで、トントン拍子にケモミミ美女まかみさんの住む集落にお呼ばれされることと相成った。




