9.神さまから定期連絡がきた
今回から新章、新キャラも登場します!
はざま世界で初めての魚を食べた日から、だいたい一週間が経った。
というか、現世での一週間ちょうどかはわからないんだけどもね。
この世界で昼と夜の数を数えてたら、今日でちょうど七回だったってことだ。
その間の生活といえば、それはそれはいたって平和なものだった。
朝には、石室下の川に水を汲みに出かける。
帰ってきてから、レトルトごはんや餅なんかで簡単な朝食。
それからしばらくゴロゴロしたあと、再び川辺に下りる。
水を汲むのではなく、下流を目指すのだ。
一週間前にシャチホコを釣った深めの川は、私の勘どおり石室下の川と同じ水系だった。
なので、石室下から川沿いをしばらく歩くと、魚たちのキラキラ輝くのが見えてくる。
そこで昼間は、その川辺で取り寄せた座布団に腰をおろして、のんびり釣り糸(縁結び)を垂らす。
釣果はだいたい一日一匹。あの即席竿の出来にしては上々だ。
ちなみに、モルエの分の竿も作ってあげた。
魚自体も結構ボリューミーなので、モルエが釣った分も含めると一日分の食事量として事足りる。というか、むしろ余っているので無限かばんに保管してある。
そんな、ほぼ理想的なスロー自堕落ライフを満喫できた一週間だった。
……だったんだけれど、すでに新たな問題が浮上していた。
「ハルカ、また鳩が歩いてますよ。捕まえてみますか?」
モルエが指差す先では、例の足長鳩がてくてくと散歩中だった。
「う~ん……。あいつらやたら足速いからなぁ。でも、どうにかしてとっ捕まえたいよね。…………そろそろ魚も、ねぇ」
「そうですね……」
一週間ずっと同じ魚を食べていて、その美味に舌が慣れてしまっていた。
……ぶっちゃけ飽きてきたのだ。
逆に、一週間も魚生活を続けられたのはある意味すごいと思う。
ともかく、そろそろ魚以外の食料が欲しいと思い始めていたのだ。
「お肉の味が懐かしくて、はるか遠くの存在に感じるよ。……あんなに近くで歩いてるのに」
私の視線に危機感を覚えたのか、近くの鳩が慌てたように逃げていった。
相変わらずハンサムだなぁ。
――ブブブブブ……。
と、突然ポケットのスマホが震えた。
画面を見ると、やっぱりというか、交通安全の神さまからの着信だった。
「もしもし」
『あ、もしもしー。悠さんですか? こちら、交通安全の神ですー』
「どうも、お久しぶりです」
まあ、今このスマホにかかってくるとすればあなたしかいないんですけどね。
『そちらに行かれてから一週間とちょっとですよね。調子はいかがですか?』
「まあ、ぼちぼちですかね。お米とか魚とかを食べて、なんとか生きのびてます」
『え、お魚を捕まえたんですかっ? すごいっ。悠さん、なかなかサバイバルの才能がおありなんですね!』
なんか、予想外のところに驚かれた。
ここの魚を捕まえるのってそんなにすごいのか……?
「あ、でも、鳥とかは全然捕まえられそうにないですよ? あの鳩の足なんて反則ですよ」
見た目的にも能力的にも。
『ああ、あの鳩ですかー……。あれはそちらの世界で最速クラスの足を持っていますからね。仕方ないと思います』
あいつら……そんなにすごい鳥だったのか。
あとでスマホで写真撮っとこうかな。ついでにシャチホコも。帰ったら芽衣に見せてあげようっと。
あ、でも通話以外の時はスマホ真っ暗だったんだ。地味に悔しい……。
それから、このはざま世界について神さまにあれこれ質問してみた。
そこでわかったこと。
この世界も地球の太陽暦と同じような時間の流れで、「年・月・日・時間」の概念があること。
ちなみに、昼間空にいる天女風の女性は"あまてらす"といって、この世界のまさに太陽らしい。
てか、そのまま太陽神じゃないか! 古事記か何かで出てきた気がするぞ!
そして夜には"つくよみ"が浮かんでいるらしい。
……あのすごい視線の主だな。この一週間ちょっと、未だに私は見ていない。モルエは一度だけ見てトラウマを植えつけられてた。
続いて、この世界の生き物たちについて。
『もともと、彼らは神の眷属……"神使"と呼ばれるものだったんです。神さまの一部がそちらに移られた時に同行して、そちらで野生化したのでしょうね』
なかなか偉大な存在だった。
私、この一週間でだいぶ魚食べたぞ……。
そして、鳩やシャチホコの他にも、干支の動物や他にも色んな生き物がいるらしい。
「てことは……神さまもこの世界におられるってことですか?」
『ええ、おられますよ。正確には、すでに神の座を降りられた方たちですけどね。いわゆる"元神さま"です』
動物たちのいきさつを聞くと、自然とそういう結論になるだろう。
しかし、元神さま、かぁ。
聞けば聞くほど恐れ多い世界に来たもんだなって思う。
「あ、最後にそもそもなことを聞いていいですか? 私は、いつ元の世界に戻れるんでしょうか。あと、モルエ……死神の子が巻き込まれて来ちゃってるんですけど……」
そこが今回一番聞きたかったところだ。
『ああ、あの死神さん、やっぱりそちらに行っちゃったんですね……。残念ながら、悠さんが戻られる時まではどうしようもないですね……』
「そ、そうですか……」
横目でモルエを見ると、お気になさらずという感じで肩をすくめていた。
私よりも若い(たぶん)のに、大人な対応だ……。
『そして、悠さんが戻れるのはですねぇ…………』
……ごくり。
なんだか、変に緊張するな。
病院で診断結果を待つみたいな気分だ。
『……まだ未定です!』
未定なのかよ!
なんで無駄に溜めを作った!?
『期待させてしまってすみません。お身体の損傷が予想以上に複雑でして……』
「そ、そうなんですか」
思い返せば、タイヤに轢かれた跡が頭にまでいってたからなぁ。
脳とか構造からして複雑そうだし、なかなか困難なんだろう。
『いえ、脳は常人以上にシンプルな構造だったんで、すでに修復済みですよ。それよりお身体の方がわりと大変でして……』
私の脳みそ、シンプルなんだってよ……。
ちなみに、戻るのは事故前の時間軸らしいので、こちらでの時間経過は気にしなくてもいいとのことだ。
『では、また折を見て連絡させていただきますねー。何かと不便もあるかと思いますが、頑張ってくださいねー』
そうして、神さまからの通話は終わった。
なんか……あまり有益な情報はなかったな。
しかもちょっとディスられた気がしなくもないぞ?
「あの~……」
まあでも、今の私には待つくらいしかできないしな。
気を取り直して、再び釣りでもするか。
「あのぉ~、すみません~」
……ん?
「どうしたの、モルエ?」
「え? 何がです?」
「え? いやだって、今呼ばなかった?」
「あ、あの~。こっちですぅ」
背後から声がしたのに気づく。
そうだ。
モルエは今、私の隣にいるんだから、後ろから声をかけるなんてことは物理的に不可能だ。
てことは…………誰?
恐る恐る振り返ると、そこには女性が立っていた。




