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魔力至上主義世界編 - 97 最終決戦 (8)

 脅えている。

 教団3幹部、すなわち大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンの3人が、脅え震えている。


 つい半年前まで、彼らは暴力的なまでの権力を有し、ほしいままに振るっていた。

 贅を尽くした暮らしをし、泥草を虐待し、気に入らないやつは異端者と決めつけて処刑し、この世の栄誉を味わっていた。


 その権威と権力の前に、誰もが畏れ、震えながらひれ伏したものだった。


 それが今や、最下層であるはずの泥草の童女(わらべめ)相手に、震えている始末である。

 それほどまでに歯の痛みは強烈なものであった。

 ジラーもイーハも痛みには慣れていない。軍に属するグジンも、新人時代から上司に可愛がられていたため、理不尽なしごきとも縁遠く、さほど痛みを味わった経験もない。

 そんな3幹部にとって、全ての歯が麻酔なしで神経をゴリゴリ削られるようなあの痛みは、とても耐え切れるものではない。


 おまけにアコリリスは一生と言った。

 一生この痛みを与え続けると。

 5分の間でさえ地獄であったのに、この先毎日24時間ずっとあの狂気のごとき痛みがひっきりなしに襲いかかってくるとなれば、これはもう本物の地獄に落ちた方がマシである。


「ひ、ひいい! どうか、どうかお許しください!」

「おおお! ご慈悲を! ご慈悲をぉぉぉ!」

「お願いします! 許してください! 何でもしますからぁ!」


 ジラー、イーハ、グジンの3人は、這いつくばった。

 両膝を地面につき、両手を地面につき、頭を何度も地面にこすりつけた。

 土下座である。

 まずジラーが、そしてグジンが、最後にイーハが、舞台の上で震えながらひれ伏した。


 教団軍の兵達は、あっけに取られた顔で、その様子を眺める。

 雲上人(うんじょうびと)として、遙かに高い地位にあると思っていた人達が、皆の前で這いつくばりながら泥草相手に許しを乞うているのだ。

 驚きと失望と軽蔑が、その顔にありありと表れている。


 もっとも3幹部からしてみれば、失望も軽蔑も今はどうでもいい。

 この先一生、24時間地獄のような痛みを味わい続けるか否かは、アコリリスの腹一つにかかっているのである。


「助けてください、アコリリス様! この大神官ジラー、もう泥草様には逆らいませんから!」

「どうか泥草様のご慈悲を! わたくし高等神官イーハめに、どうかご慈悲を! どうか、どうかぁぁ!」

「心を入れ替えます! 軍率神官グジンは、これからは泥草様のために生きます! だから許してくださいいい!」


 顔中を涙でくしゃくしゃにしながら、必死に自分の名前をアピールして、どうか自分だけは助けてくれと言わんばかりに、何度も何度も謝り倒す。


 強烈な痛みの記憶が、彼らをそうさせていた。

 痛みというのは、それほどまでに強烈なものである。

 あらゆる誇りも自尊心も、一瞬で消し飛ばすほどのものであったのだ。

 あの痛みをこれ以上味わうくらいなら、プライドも何もかなぐり捨てた方がマシだと思えるほどに、激烈なものだったのだ。


 もっとも、この場を切り抜けることさえ成功すれば、3幹部はたちまちの内に元通りに戻るだろう。

 ジラーは権威と権力が大好きな男に、イーハは教団にちょっとでも逆らう者は容赦なく処刑する教団原理主義者に、グジンはナルシストで自分のためだったら誰に何をしても構わないと思っている男に、あっという間に戻るだろう。

 泥草に感謝などしない。

 逆に「出来損ないの分際で僕達をあんな目にあわせやがって! 許さない! ぶっ殺してやる!」と怒り狂うだろう。


 今、3幹部が土下座しているのは、痛みで一時的に脅えているだけのことである。


 弾正はそのあたりをちゃんと見抜いている。

 見抜いているから、3幹部の土下座を(どうせ今だけじゃ)とせせら笑っている。

 だが、アコリリスはどうか。


(そのあたりを見抜いておるかのう)


 もっとも弾正は、仮にアコリリスが情にほだされて3幹部を見逃してやったとしても、構わないと思っている。

 その場合は、また決戦をすればいいだけのことだ。そして、また勝てばいい。

 失敗したらそれを取り返せばいいだけのことである。


 そんな弾正の思惑に気づいているのか、いないのか。

 アコリリスはにっこり笑った。


「お三方が、そこまでおっしゃるなら仕方ありません。選択できるようにしてあげましょう」


 3幹部は顔を上げた。

 選択、とアコリリスは言った。

 意味はわからない。

 が、ともかくもアコリリスが折れたのは確かだと感じた。

(しょせんはガキだな。情にほだされた)とジラーなどは思った。


 さきほどまでの脅えた様子はどこへやら、3つの顔には早くも安堵、そして尊大さが浮かび始めている。


 アコリリスはそんな3人の様子にかまわず、こう言った。


「選択肢は2つあります。どちらか好きな方を選んでください。

 1つは髪も服も全部元通りにしてあげます。代わりに歯には先ほどの痛みを与えます。一生、24時間のあいだ、ずっとあの痛みを味わってもらいます。

 試しに今、実演しましょうか?」


 アコリリスは微笑んだ。


 3幹部は顔を青くして、首をぶんぶん横に振った。

 冗談ではない。あんな痛みなど、もう一生味わいたくない。論外だ。

 そんなことより、もう1つだ。もう1つの選択肢はどんなものなのだ。


 アコリリスの答えはこうだった。


「もう1つは……これは実演した方が早いでしょうね。こうです」


 アコリリスは手をかざした。

 するとまず3人の僧帽が外れて地面に落ちる。

 続いて、3人の髪がぱらぱらと抜け落ちた。

 もともと弾正によってちょんまげ頭にされていたため、頭頂部の髪はなくなっていたのだが、残っていた側頭部と後頭部の髪も完全になくなってしまったのだ。

 完璧なるスキンヘッドである。


「へ?」

「は?」

「ほへ?」


 さらにアコリリスが手をかざすと、彼らの頭に文字が浮かんだ。


『教団はバカ』


 そんな言葉が額に、そして後頭部にくっきりと大きな文字で浮かんだのだ。


 それだけではない。

 いつのまにか、3人の頭のてっぺんに、リアルなフィギュアが乗っかっていた。

 それは土下座する男のフィギュアだった。


 つい先ほどまで、ジラー、イーハ、グジンの3人は地面に這いつくばり、アコリリスに対して土下座していた。

 その土下座姿をそのままフィギュアにしたのである。

 ジラーの頭にはジラーのフィギュアが、イーハの頭にはイーハのフィギュアが、グジンの頭にはグジンのフィギュアがそれぞれ乗っている。

 いわば、自分のミニチュア人形が、頭のてっぺんに乗っかり、土下座している格好である。


 おまけにどういう仕組みか、このフィギュアは動く。

 動いて土下座する。

 フィギュアは全体的にリアルではあるが、わかりやすくするためか顔は大きめに作ってある。

 その大きな顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、何度もぺこぺこと頭を下げる。


 そしてしゃべる。


『助けてください、アコリリス様! この大神官ジラー、もう泥草様には逆らいませんから!』

『どうか泥草様のご慈悲を! わたくし高等神官イーハめに、どうかご慈悲を! どうか、どうかぁぁ!』

『心を入れ替えます! 軍率神官グジンは、これからは泥草様のために生きます! だから許してくださいいい!』


 そんな風に、ばっちり本人の名前を言いながら、泥草に向けて謝っているのだ。


 ジラー、イーハ、グジンの3人は状況の変化についていけず、あぜんとする。


 だが、まだ終わらない。

 アコリリスは手を振る。

 すると、バサバサと音を立てて、何かが飛んでくる。

 本である。

 黒くて分厚い表紙には、金文字で大きく『聖典』と刻まれている。

 教団にとって、いやこの世界にとって何よりも尊く、神の子の言葉が刻まれた世界一神聖な書物とされている聖典である。

 その聖典が、バサリバサリと3冊飛んできたかと思うと、チャンピオンベルトのごとく、3幹部の腹にぴたりと貼り付いたのだ。


「はい?」

「え?」

「ほわ?」


 舞台にはいつの間にか大きな鏡が置かれていた。

 3幹部は自分達の姿を見た。

 頭は完全なスキンヘッド。そして額には『教団はバカ』と書かれている。

 頭のてっぺんには土下座するフィギュア。

 服はふんどし一丁である。

 そして、腹にはベルトのごとく聖典がぴたりと貼り付いているのだ。


「な、な、なんじゃこりゃああああ!」

「ななな、なんだこの罰当たりなのはあああああ!」

「ひいいいい! なにこれえええええ!」


 ジラー、イーハ、グジンの3人は、つんざくような悲鳴を上げた。


 3幹部は聖職者である。

 誰よりも教団と聖典を大事にしなければならぬ立場である。


 であるのに、よりによって頭に『教団はバカ』と書かれ、頭のてっぺんには本人が泥草に向けて土下座する動くフィギュアを乗せられ、おまけに腹には聖典を貼り付けられてしまったのだ。

 罰当たりなことこの上ないし、教団に真っ正面から喧嘩を売っている。


 こんな姿にされてしまったら、今の地位にとどまることは難しいだろう。

 ただでさえ、ちょんまげアイドル姿になったことで、ずいぶんと危うい立ち場に追い込まれているのだ。そのうえ追い打ちをかけるように、露骨に教団を侮辱する姿にされてしまったら、もはやどうしようもない。

 平聖職者に降格、あるいは破門された上で教団を追放されてもおかしくない格好である。


 権力大好きのジラーにとっても、教団原理主義者のイーハにとっても、教団を利用して自分の美名を後世に残そうとしているグジンにとっても、とうてい許容できるものではない。

 それゆえ3人は悲鳴を上げたのだった。


 特に教団原理主義者のイーハの悲鳴はすさまじかった。

 人生を教団の教義に捧げてきて、『異教徒』や『異端者』を処刑することに命をかけてきた彼にとって、こんな教団の教義を真っ向から笑いものにするような姿など、許せるものではない。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるなあああああ! ふざけるなあああ! 何だこれはあああああ! 教団はバカだとおおおお! 現世の頂点に位置して、愚民どもを支配する我ら教団がバカだとおおお! ふざけているのか! そそそ、そしてなんだこの聖典は! 神聖にして神の言葉が刻まれしこの世でもっとも尊き聖典を、よりによって……よりによって腹に! 腹に貼り付けるだとおおおおおおお! ええい、はがしてやる! はがしてやるうううう!」


 イーハは必死になって自身の腹に張り付いた聖典を引っ張る。彼にとって神聖極まりない聖典をどうにかはがそうと力をこめて引っ張る。が、はがれない。聖典はぴったりと腹にくっついている。


「ふふっ。ダメですって。大事な聖典をそんなに引っ張っちゃ。

 ちなみに、それ、破るのも、切り刻むのも、焼くのもできないようになっていますからね。大切な聖典ですから、ずっとそのままですよ。

 もちろん、ズボンなんて履こうものなら、ズボンのほうがボロボロになるようにしてますからね」


 ふんどしガールズが服を着ようとしても、どういう仕組みか、その服がボロボロになってしまうように、3幹部もまた何か服を身につけようとしてもボロボロになるようにしているのだと、アコリリスは言う。


「くっ……お、おのれえええ! おのれえええええ! よくもよくもよくも! この罰当たりものめがああああああ!」


 怒り狂うイーハだが、その頭の上では、イーハ本人のフィギュアが、

『どうか泥草様のご慈悲を! わたくし高等神官イーハめに、どうかご慈悲を! どうか、どうかぁぁ!』

 と泣き叫びながら土下座しているのだから、まるで迫力がない。

 むしろバカにしか見えない。


「ふふっ」


 アコリリスは笑う。


「わはは!」


 弾正もまた楽しそうに笑う。

 弾正にウケたことが嬉しかったのか、アコリリスもますます楽しそうに笑う。


「お、お、おのれええええええ! おのれえええええ!」


 顔を真っ赤にして怒り狂うイーハ。

 そんなイーハに向けてアコリリスはにっこり笑って言った。


「ふふふ。何を言っているんですか、イーハさん。罰はまだ終わっていませんよ」

 なんとか今週分も間に合いました。

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