魔力至上主義世界編 - 96 最終決戦 (7)
即席の舞台が作られた。
刑罰の舞台である。
高さ3メートル半ほどのその舞台は、一寸動子の力によって作られた直方体の演台であった。
上には、弾正とアコリリス、そして大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンの3人がいる。
もっとも、弾正は腕を組んで床几にどっかりと腰を下ろし、楽しそうに笑っているだけで、何かをする様子はない。
舞台の周囲は、泥草軍、そして教団軍3万人によって囲まれている。
彼らは観客である。
泥草軍はリラックスした様子で、教団軍は縛られたまま緊張した面持ちで、ことの成り行きを見守っている。
そんな中、アコリリスは冷たく微笑みながら言った。
「それでは早速罰を与えましょうか」
その言葉に、ジラー、イーハ、グジンの3人は口々に悲鳴を上げた。
「ひ、ひいっ!」
「な、何をする気だ!」
「やめろぉ! ボクに近づくなぁ!」
教団の3大幹部である彼らは今、髪型はちょんまげ、服装はヘソ出しミニスカート、手には互いを結び合う赤いリボン、という世にも奇天烈な格好である。
セイユでの合戦で負けた時の罰により、かように可哀そうな姿にされてしまったのだ。
今度はいったいどんな悲惨な目にあわされてしまうのか。
そう思うと、悲鳴を上げずにはいられないのである。
ところが、アコリリスがひとつ手を振ると、彼らを結んでいたリボンがひらりとほどける。
あれほど忌まわしかった赤いリボンが、嘘のようにあっさりと取れてしまったのだ。
「お、おおっ!」
「むむ!」
「ええっ!」
3幹部は驚きの声を上げる。
初めのうちこそびっくりしていたが、徐々にその顔が喜びにあふれていく。
赤リボンにより、彼らは半年もの間、おっさん3人で常に密着しなければならなかった。
その苦痛からやっと解放されたのだ。
ジラーは脂ぎった顔を、イーハは神経質そうな痩せた顔を、グジンはナルシストらしくキザったらしい顔を、それぞれ喜色で満面にする。
同時に疑問も浮かぶ。
いったいなぜ、このアコリリスとかいう童女は、こんなことをするのか?
(まさか!)
3幹部は『理解』した。
この童女は、教団の偉大さに気づいたのだ。
そして、罪を悔いるべく、まずは3幹部に与えた罰を解除しようとしているのだ。
そうだ、そうに違いない。
3幹部は「やれやれ、やっと我らを敬う気になったか。まあよい。早く髪型と服も元に戻せ」と横柄な態度で言おうとした。
が、それよりも早くアコリリスがこう言ったのだ。
「まずは、皆さんの格好からですね」
「む?」
大神官ジラーは一瞬いぶかしげな顔をしたが、(ああ、まずは僕達の服装と髪型を元に戻すのだな)と思った。
「ふん、さっさとしろ、クズ」
ジラーの威張りくさった言葉を受け、アコリリスはニッコリ笑って手をかざした。
するとどうだろう。
あれだけ体に張り付いたように剥がれなかった3幹部のアイドル衣装がするするとほどけ、形を変えていくではないか。
そして、あっというまに、いかにも威厳ありげな法衣に形を変え……なかった。
そう、法衣などにはならなかった。
かわりに、おなじみのふんどし一丁の姿になってしまったのである。
「な、な、な……なんじゃこりゃあああああああ!」
「ひ、ひいいいいい! なんだこれは! なんだこれはあああああああ!」
「うわあああああああああああああ!」
3幹部は悲鳴を上げた。
そして、叫んだ。
「なななな、何をする!」
「ええい、この役立たずめ! さっさと元に戻さぬか!」
「このボクになんて格好をさせるんだよ! 早く戻せよぉ!」
アコリリスは彼らの叫び声を無視して、こう言った。
「今回の罰は、ジラーさんへの愛によるものです」
「……は?」
名指しされた大神官ジラーは、意味がわからない。
「ジラーさんは食べ過ぎです。ぶくぶくに太っていて脂ぎっています。とても健康に悪そうです。
ですので、そんなジラーさんが長生きできますように、という愛をこめました」
いったい何を言っているんだ、とジラーが口にしようとしたその瞬間である。
ジラーの歯をすさまじい激痛が襲った。
「ぎいいいいいいいいいいいいいいい!」
彼の全ての歯に対し、突如として、苛烈なまでの痛みが走ったのだ。
例えるなら、麻酔なしで歯をゴリゴリと削られるような痛み、あるいは末期の虫歯のような痛み、とでも言えばいいだろうか。
その痛みが、全ての歯に対して激烈なまでに走ったのである。
「ふふふ。たくさん食べ過ぎて太っちょになっちゃったジラーさんのために、食べ過ぎちゃダメだぞ、という気持ちをこめて、暴飲暴食ができないように歯を痛くしてみたんです。どうですか?」
「ひっ、ひっ、ひいいいいいい! ひいいいいい! 痛い痛い痛い痛いいいいいい!」
「あ、ちなみに、歯は抜けないようにしっかり根元まで強化しておきました。下手に抜くと死にますから、気をつけてくださいね」
「あぎいいいいいいいいい! ああああああああああ!」
アコリリスはニコニコ笑いながら説明するが、ジラーの耳には入らない。
ひいひい言いながらひたすらに舞台の上を転げ回る。
すぐ横では、イーハとグジンが同じように悲鳴を上げながら、のたうち回っている。
「ぎょぎいいいいいいいいいい!」
「ぎいああああああああああああああ!」
この2人もまたジラーと同じく、歯に激痛が走っているのだ。
「ふふふ、3人ともはしゃいじゃって。そんなに嬉しかったんですか?」
アコリリスは楽しそうに笑うが、3幹部の耳には入らない。
「ひょぎいいいいいいいいい!」
「がああああああああああああ! 痛いい! 痛いいい! ひいいいい!」
「あぎがああああああああああああ!」
涙を流し、悲痛な叫び声を上げ、ひたすらに転げ回る。
もっとも、これまで3人が不当に弾圧し、処刑してきた人間の数を思えば、ささやかな痛みと言えなくもないが。
しばしの間、アコリリスは3幹部が激痛で転げ回るのを眺めていたが、やがておもむろに手をかざした。
その瞬間、さきほどまで彼らを苛んでいた地獄のような痛みが、嘘のようにひいた。
転げ回っていたジラー、イーハ、グジンは、突然痛みが消えたことで、ようやく落ち着く。
とはいえ、その顔は一様に脂汗でぐっしょりと濡れており、生気を失って真っ青になっている。まるで地獄から生還したかのようである。いや、当人達の精神上では、間違いなく地獄からの生還と言えるだろう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「ひゃ、ひゃひっ、ひゃひい……」
「はっ、はひっ、はひゃっ……」
怒りの言葉を発する気力も無く、ただただ、あえぐように息をつく。
アコリリスは笑って言った。
「今のは体験版です」
「た、体験版……?」
息も絶え絶えながら、どうにかジラーが聞き返す。
「そうです。3人には今の痛みをこれから先、一生味わってもらいます」
「……へ? い、一生……?」
「はい、そうです。一生です」
3幹部は背筋がぞっと冷えるのを感じた。
彼らはつい先ほどまで地獄を味わっていた。
歯に対してドリルでグリグリとえぐるような、神経をゴリゴリと削るような、そんなすさまじい痛みが、全ての歯という歯に襲いかかっていたのだ。
時間にしてほんの数分だった。
しかし、死ぬほどの苦痛に満ちた数分だった。
あれが一生……。
この先一生……。
「や、やだ、やだよ……」
「ひゃ、ひゃひっ……いや、いやだ……いやだ……」
「あ、あ、ああ……あひっ、あひい……」
ジラー、イーハ、グジンの3幹部は、涙目になり、情けない声を上げる。
それほどまでに地獄に満ちた痛みだったのだ。
心がへし折れるほどの痛みだったのだ。
だから、アコリリスが再び手をかざすと、3人は「ひゃあ!」とつんざくような悲鳴を上げた。
「ひいっ! や、やめてくれえ!」
「やだやだやだ! 痛いのやだ! やめて! やめてよ!」
「あひいいい! ひゃひっ! ひゃひいいい!」
教団の大幹部とは思えないくらいみっともない声で、3幹部は、いやだいやだ、と泣きわめく。
その姿を泥草たちは、やれやれ情けないなあ、と言わんばかりの様子で、教団軍は自分達のトップに立つ大幹部が子供みたいに泣きわめく姿に呆然と失望の混ざった表情で、それぞれ見ていた。
(さて……)
弾正は、アコリリスがこの後どう出るのか、じっと見守っていた。
任せると言った以上、弾正はアコリリスに任せる。
異議を差し挟むつもりはない。
ただ、彼としては、教団の人間は、痛めつけるよりも、恥ずかしい姿にして笑いものにしてやりたいと考えていた。
痛めつければ同情が集まる。同情が集まれば団結されるし、下手すればこちらが悪者になる。
しかし、恥ずかしい姿にしてやれば、その恐れもない。集まるのは同情どころか失笑だからだ。
その点で言えば、歯に激痛を走らせるやり方は、弾正の好みではなかった。
が、まだアコリリスの罰は終わっていない。
彼女はまだ何か考えている風である。
(さて、ここからどう出るか)
弾正は楽しそうに笑いながら、状況を見守った。
「今後は週2で更新します」と先週言ったばかりで申し訳ないですが、今週の更新は今日投稿したこの話のみとなりそうです。
今後の更新ですが、週1回以上と変更します。
ご了承ください。




