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魔力至上主義世界編 - 95 最終決戦 (6)

「う、ううっ……」


 ゴム弾を食らってのびていた大神官ジラーが目を覚ます。


「はっ! た、戦いは!? 最終決戦はどうなった!?」


 ジラーは慌てて周囲を見回す。

 彼が目にしたのは、自分を含め、教団軍3万人が全員縛られている光景だった。

 縛られ、拘束され、そして泥草に囲まれているのだ。泥草どころか、教団の補助部隊からも冷たい目を向けられている。


 どう見ても完全敗北である。


「ぐっ……くぅぅっ……」


 ジラーは屈辱のうめき声を上げる。

 左右からも同じような声が聞こえてきたので見てみると、唇をかみしめて悔しそうな顔をしている高等神官イーハと軍率神官グジンがいた。グジンはようやく正気に戻ったらしい。まあ、この状況で正気に戻ったところで、何ができるというわけでもないが。


 そして、目の前には泥草軍総司令官の松永弾正がいる。


「目が覚めたかのう?」

「ぐっ! き、貴様ぁ!」


 ジラーが吠える。

 それを無視して、弾正はこう言った、


「では、さっそくうぬらには、罰を与えようと思う」

「……へ?」

「わはは、楽しみじゃのう」


 弾正は愉快そうに笑う。


 教団の3幹部は愉快どころではない。

 何しろ、前回の罰では、ちょんまげ頭にされ、アイドルの格好をさせられた上に、リボンで互いの身体をつなげられてしまったのだ。

 今度はいったいどんな目にあわされるのかと考えると、ぞっとする。


「ひ、ひいっ! や、やめろ! 僕は大神官様だぞ! 僕に手を出すと天罰が下るぞ!」

「そ、そ、そうだ、この不信心者め! 無教養なお前はわからぬだろうが、我々聖職者は神に選ばれし尊き存在なのだぞ! そんな我らに手を出したら、神が黙っておらぬぞ!」

「く……来るなぁ! ボクに近づくなぁ!」


 3幹部はそれぞれ悲鳴や脅しの言葉を口にするが、弾正はまるで気にしない。


「かかか、小童(こわっぱ)どもがほざきおるわ。まあよい。アコリリスよ。ここへ来い」

「はい!」


 弾正に声をかけられたアコリリスが、ご主人様に呼ばれた子犬のように、とことこと嬉しそうに寄ってくる。


「アコリリスよ。ここにおるは、高等神官イーハと大神官ジラーじゃ」


 弾正は縛られているジラーとイーハを、アコリリスに指し示した。

 セイユでの決戦の時、アコリリスは不在であったため、こうしてこの2人に正面から相対(あいたい)するのは、彼女にとってこれが初めてであった。


 アコリリスにとって、この2人はある種特別な存在であった。

 何しろ彼女の父を処刑したのが高等神官イーハであり、それを承認したのが大神官ジラーなのである。


「……そうですか」


 アコリリスの目がすっと細まる。

 弾正に呼ばれた時の嬉しそうだった顔が、あっという間に冷たいものへと変化する。

 その冷たい顔で、ジラーとイーハを見る。

 そして、こうたずねる。


「ジラーさんに、イーハさん、ひとついいですか?」

「な、なんだ!?」

「で、出来損ないの泥草が、何の用だ!?」


 たずねられたジラーとイーハは、冷たい顔にひるみながらもにらみ返す。

 アコリリスは、まったくひるむことなくこう言った。


「質問があります。質問の答え次第で、あなたたちへの罰が大きく変わってきます。真剣に答えてください」

「な、なんだと!?」

「不信心者の分際で、その言い方はなんだ! だいたい貴様ら泥草は……」


 ひゅっと石が2つ、目にもとまらぬ恐るべき速さで飛んできて、ジラーとイーハをかすめた。

 2人の頬から血が一筋流れる。


「ひっ……」

「なっ……」


 アコリリスはぞっとするほど冷たい目で言った。


「真面目に答えてくださいね。じゃないと」


 アコリリスは大きな石を2つ浮かべた。


「死にますよ」


 アコリリスは冷たい表情のまま、にっこり笑って言った。

 答えねば、この大きな石をぶつけて殺すと言うことであろう。


 2人は「ひっ!」と言って、表情をひきつらせる。

 アコリリスは「大丈夫です。簡単な質問ですから」と前置きした後、こう言った。


「あなたたちは、フィル・ルルカという人のことを覚えていますか?」

「……は?」

「……え?」


 ジラーとイーハはその名に記憶は無かった。

 本気で思い出すことができず、頭にクエッションマークを浮かべる。


「まだわかりませんか? では3年前、紡績機を作った人と言えば思い出せるでしょうか?」

「ぼ、紡績機?」

「な、なんだ、それは?」

「糸を紡ぐ機械ですよ。一度に大量の糸を紡ぐことができる発明品です」


 アコリリスがそこまで言ったとき、ようやく高等神官イーハの顔に理解の色が浮かんだ。


「ああ、そういえば!」

「む、覚えているのか?」

「ええ、大神官様。たしか3年ほど前、糸を大量に紡ぐ怪しげな道具を作り上げて人々の生活を乱す、悪魔に魂を売った男がいましてな。処刑したのですよ」


 アコリリスの父フィル・ルルカは紡績機を発明した。

 糸を高速かつ一度に複数紡ぐ機械であり、これが普及すれば、シャツ1枚が日本円にして50万円という中世の服事情が大幅に改善することは間違いない代物であった。

 それを悪魔の道具とみなし、発明者ごと文字通り消したのはイーハである。


 その事実を、イーハはごく軽い調子で言った。彼としては悪いことをしたなどとは欠片も思っていない。

 むしろいいことをしたとさえ思っているため、罪悪感ゼロのままごく気楽な調子で口にした。


「そんなこと、あったかな?」


 ジラーが首をひねる。彼もまた、イーハの行いが悪いことなどとは全く思っていないため、軽い調子である。


「大神官様にも処刑のご署名は頂きましたぞ」

「ううむ。いちいち覚えていないが、まあお前がそう言うならそうなのだろう。まあ、罪状からしても処刑は当然だろうからな。それで……」


 そこまで言ったところで、大神官ジラーと高等神官イーハは固まった。

 アコリリスが、先ほどより一層冷たい、それこそ視線だけで人を凍てつかせるかのような冷え切った目をしていたからである。


「……な、な、なんだ、貴様。何をそんな目で……」

「なぜ殺したんです?」


 アコリリスがイーハにたずねる。


「……は?」

「なぜ殺したか、と聞いているのです。正直に答えてください」


 イーハはアコリリスがなぜこんなことを聞いてくるのか理解できない。

 彼としては、本当に当たり前のことをしただけのつもりである。悪いことをしたなどとは露も思っていない


「なぜ……? はあ、やれやれ。よいか、出来損ないよ。この世の中は、我ら聖職者が長年かけて作り上げてきた完璧なものなのだ。その完璧な世の中を乱すものなど、なにひとつ認められるはずがないではないか」


 イーハは、バカな子供に説教するような口調で言った。

 正しいのは教団である。自分達である。その正しい自分達が認知しないもの、知らないものなど、この世に存在することすら許されない。

 イーハはそう言っているのだ。


 その言葉にジラーもうなずく。


「当たり前だな。世の中を変えていいのは、我々聖職者だけなんだよ。我々以外の者がどうこうすることなど、認められるはずがないじゃないか。死刑だよ。死刑。それが普通だろ」


 アコリリスは冷たい表情のままたずねる。


「なぜです? 紡績機は糸車よりも何倍も早く糸を紡げるのですよ? 糸がたくさん作れれば、服もたくさん作れる。たくさん作れれば、服が安くなる。暖かい服がなくて凍え死んだり、不衛生なボロ着を着て病気になったりすることも減るんですよ。それの何がまずいんですか?」

「黙れ! 出来損ないが!」


 イーハが叫んだ。

 絶対的に正しい聖職者を自負する彼にとって、泥草ごときが意見すること自体が我慢ならなかったのだ。


「正しいのは我々だ! 我々だけが正しいんだよ! お前達は、正しい我々の言う通りにしておけばいいんだ! 勝手なことをするな!」


 イーハの言葉に、ジラーもまた、うんうん、とうなずく。


「まったくだ。下人(げにん)のくせに、何を(さか)しげなことをぬかしているんだよ。我々は聖職者様なんだぞ。貴様等は、ただ我々の言葉をありがたがって聞いておけばいいんだよ。余計なことを言うなよな」


 アコリリスは、2人の言葉を黙って聞いていた。

 それから、軍率神官グジンに向き直ってたずねた。


「グジンさんも同意見ですか?」


 いきなり話を振られたグジンは「え?」ととまどったが、グジンもまたイーハと同意見である。彼にとっては極めて『当たり前』のことを聞かれているため、反射的にこう答えた。


「……え? あ、うん。そうなんじゃないの? 正しいのは教団って当たり前じゃない。逆らうことしたら死刑なのは普通でしょ? 何言ってんの?」

「……そうですか」


 アコリリスは、冷たい表情のまま、そう言った。

 それからこう続けた。


「ちなみに、フィル・ルルカはわたしの父です」

「「「……は?」」」


 ジラー、イーハ、グジンの3人は一瞬とまどったような声を上げた。

 が、すぐに我に返り、「ふん。それがどうした? 出来損ないの泥草の親もまた出来損ないというだけだろう」と言おうとした。

 しかし、言えなかった。


 ズガァン!

 ズガガァァン!

 ズガガガァァァン!


 鋭い勢いで落ちてきた3つの大きな石が、縛られている3人をかすめて地面に突き刺さったからだ。

 3人の頬を血が流れる。


「ひいっ!」

「あわわわ……」

「ひ、ひ、ひい……」


 当たっていたら確実に死んでいたであろう大きな石が目の前を高速でかすめたことに、3人は悲鳴を上げる。

 下半身がまたじわりと濡れ、失禁する。


 そんな3人をよそに、アコリリスは弾正に向き直った。

 先ほどまでの冷たい表情が嘘のような、まるで怒られることをおびえている子犬のような顔である。


「あ、あの、神様……」

「ん、どうした?」

「その……ひとつお願いがあります」

「なんじゃ。何でも申してみい」

「は、はい。その……この3人への罰なのですが……わたしに任せてもらってもいいでしょうか?」

「おお、なんじゃ、そんなことか」


 弾正は笑ってうなずいた。


「全く問題はない。好きに致せ。皆の者も異存はないかぁ!? こやつらへの罰は、アコリリスに一任してよいかぁ!?」


 弾正の問いかけに、泥草たちは口々に答える。


「問題ございません!」

「神の子のアコリリス様であれば、喜んでお任せ致します!」

「アコリリス様なら大丈夫です!」

「わー! アコリリス様ぁ!」


 弾正は満足げにうなずいた。


「ということじゃ、そちの思うがままに為すがよかろう」

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 アコリリスは嬉しげに頭を下げた。

 そして、教団の3幹部に向き直った。


 ついさっきまでの嬉しげな顔はなんだったのかと言いたくなるほどの、ぞっとする冷たい顔。

 その冷たい顔でにっこり笑ってこう言った。


「というわけです。皆様には楽しい罰が待っています。たっぷり余すところなく罰してあげますから、わくわくしながら待っていてくださいね」

 来週 (4/15(月)~) から、更新ペースを週2に増やします。

 月曜から日曜までの間に、2回更新します。

 2回というのが、月木か、火金か、はたまた日日かは筆の進み次第ですが、特に事情が無ければ週に2回は更新していきます。

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