魔力至上主義世界編 - 94 最終決戦 (5)
「よし! お前達! 行くぞ! 出来損ないの泥草どもなど、粉砕してやれ!」
軍率神官グジンは、配下の教団軍3万人にそう命じたが、命じながら冷や汗をかいていた。
いや、冷や汗どころではない。
心臓がバクバク言っている。頭が困惑と混乱で、わけがわからなくなっている。
(どうしよう……)
グジンの作戦の種はもう切れている。
もはや手がない。
いや、一応、手はある。
もしもの時のためにとっておいた、最後のとっておきの手段だ。
だが、この手を使うには、風が必要である。
無風状態の今では使いようがない。
(くそ、この手さえ使えれば、下等な泥草どもなど、枯れ草に火をつけるがごとく、一網打尽にできるのに……)
グジンがそう悔しがった時である。
天の助けとも思える事態が起きた。
その風が吹いたのである。
グジンにかつての長髪が残っていれば、きっと優雅にたなびいたであろう秋風が、にわかに強く吹き始めたのである。
しかも折良く、風下が泥草である。
「お……お……おおっ!」
あまりのタイミングの良さに、グジンは狂喜した。
(なんたる幸運か! まさに天がボクに味方しているじゃないか!)
勢いづいたグジンは、その勢いのまま大声で叫んだ。
「松永弾正!」
「ん?」
弾正はグジンの叫びに、首をかしげる。
その弾正に向けて、グジンは叫ぶ。
「今からボク達は全軍で突撃する。何の小細工もない一斉突撃だ。お前達もその岩の山から降りてこい! 降りてきたところで、互いに距離を取り合い、そして両軍突撃だ。力と力のぶつかり合いだ。我々と泥草、どちらが上か、純然たる力比べだ!」
「ほほう」
弾正はにんまりと笑った。
「よかろう。この松永弾正、うぬの望みをかなえてやろう」
弾正はそう言うと、配下の者達に命じ、岩の山から降りてくる。
互いに距離を取り、陣形を作った。
図で書くとこうなる。
<イリスの町>
<岩の山>
↑
●●●●●●●●●● ↑
↑風の方向
↑
○○○○○○○○○○ ↑
●が泥草軍。
○が教団軍である。
ちょうど最終決戦が始まる前の格好に戻ったとも言える。
泥草たちが岩の山から降りてくるあいだの時間、グジンは教団軍全体に対して作戦を周知した。
口では「突撃する」と言ったが、あれは嘘である。グジンとしてはバカ正直に正面から突撃するつもりはない。
最後のとっておきの作戦を考えている。
「さて、グジンよ。準備はよいかな?」
陣形を整え終えた泥草軍の司令官、松永弾正が声を張り上げてたずねる。
「とっくにできているさ。あとはお前達泥草を始末するだけだ」
「ほほう。それは結構」
弾正はそう言ってうなずく。
一瞬の間。
そして、両者は見計らったかのように、声を張り上げた。
「全軍突撃じゃ!」
「全軍突撃!」
泥草軍はゴム弾を、教団軍は魔法を放ちながら、互いに距離を詰めていく。
そして間もなくぶつかるであろうところで……。
奇妙なことに、教団軍は突如として足を止めた。
この時代の合戦というのは勢いが大事である。
勢いがなければ大軍でも負ける。
その勢いを自ら殺すとは何事か?
泥草たちが不思議に思ったとき、教団軍は妙なモノを次々と泥草たちに投げてきた。
それは野球ボールくらいの大きさの黒い塊である。
そして一斉にすばやく魔法を放った。
泥草たちにではない。空中を飛んでいる黒い球に対してである。
大量の魔法が、黒い球に次々と当たる。
魔法を食らった黒い球は粉砕され、ばっと粉のようなものをまき散らす。
その粉が、風に乗って泥草たちに向けて大量に飛んでくる。
「よしっ! 勝った!」
グジンが歓喜の声を上げる。
喜ぶグジンをよそに、大神官ジラーは困惑していた。
何が起きているのか理解できなかったのだ。
太った身体を揺らしながらグジンにたずねる。
「な、なんだ、あれは?」
「毒球ですよ」
「毒球?」
「ええ、毒ガスの材料を固めた球でしたね。魔法を当てると粉砕されて、粉になります。風が吹けば飛んでいって、風下にまき散らされます。ふふ、これがどういう意味かわかりますか?」
「……つまり、毒の粉が、大量に風下にまき散らされるということか?」
「その通りです。万が一を考えて、念のため、軍の連中全員に、毒球を持たせておいたんですよ。まあ、風下にしか使えないという点で、使いどころの難しい武器ですがね。
ふふふ。でも、天はボクたちに味方しています。まさに風が欲しいというまさにそのタイミングで、泥草たちに向けて風が吹き始めたのです」
「ふん、なるほど。生意気な泥草どもも、あわれ、毒まみれになって全滅と言うことか」
「ええ、そうです。見てくださいよ。泥草ども。毒に包まれて、次々と倒……れ……」
グジンの言葉はそこで止まった。
グジンは確信していたのだ。
泥草たちが、毒の粉に包まれて、苦しそうにもがきながら絶命していく光景が目の前にあると。
ところが、どうだろう。
泥草たちは誰一人として倒れていないのである。
彼らは平気な顔で立っている。飛んでくる毒の粉に向けて、手をかざしてはいるが、それだけだ。ぴんぴんしている。
「へ? は? ……はああああああああああああああ!!??」
グジンは驚愕のあまり絶叫した。
「な、なんだ、おい! 全然効いていないじゃないか! おい、グジン!」
大神官ジラーがグジンに向けて焦った声をかけるが、グジンの耳には届かない。
「う、うそだ……うそだ……なんでだよ……なんで毒がきかないんだよ……なんで……なんで……」
グジンは呆然としたまま、つぶやく。
なんで毒がきかなかったのか?
それは泥草たちが、化学の使い手だからである。
泥草たちは一寸動子が使える。
それは物を3センチ動かす力であり、突き詰めれば物体を微粒子単位で組成から化学的に変化させる力である。
そうして、たとえば泥と草をパンに、あるいは炭をダイアモンドに、などなど物質を様々に変化させることができる。
その一寸動子の力で、毒を無力化した。
毒というのは、言ってしまえば有害化学物質である。
だが、いかに有害な物質とは言え、組成が変わってしまえばたちまちのうちに無害になる。
そうやって、泥草たちは、自分達に飛んでくる毒の粉に対して一寸動子を発動させ、無害化したのだ。
「わはは、どうした、グジンよ」
弾正は笑った。
元より、弾正はグジンの作戦を見抜いていた。
弾正が教団内部に探りを入れていた時、最初耳にしたのは、教団の偽の作戦であった。が、あまりにもすんなりと作戦を入手できたのが逆に不自然に感じられた。
囮の作戦ではないかと調査を重ねた結果、本当の作戦に行きついた。
「なるほど、毒か」
わかってしまえば、あとは対策してしまえばいいだけである。
毒がどのような成分であるかを調べる。どうやれば無害にできるかを解析する。
泥草全軍に対し、毒を無害化する訓練をさせる。
毒の粉はそうやって無力化した。
堀の中で、生き埋めになったときも同じである。
泥草たちはつい先ほどまで、堀の中で生き埋めになっていた。そして、そこで、決死の表情で(実際、死ぬつもりで)毒ガスを焚く農民兵達と相対していた。
が、泥草軍はその毒ガスをあっさりと無力化した。あらかじめ来るとわかっている攻撃である。訓練も積んである。無害化は簡単であった。
後は、頭上を覆う岩の組成を一寸動子で変えることで穴を空け、地上まで脱出したのである。
だが、教団軍はこのような事実を知らない。
彼らからしてみれば必殺の毒がきかなかったのである。
意味がわからない。わけがわからない。
パニックである。
「グジン様! このあとどうすれば!?」
「グジン様! ご命令を! グジン様!」
周囲の人間が次々と声をかけるが、グジンの耳には届かない。
「こんなのうそだ……無敵の教団の攻撃が通じないはずがないんだ……ボクの作戦は完璧なはずなんだ……こんなのありえないんだ……」
グジンは、ただただ呆然と呟くばかりである。
「く、くそう! ええい、お前ら! 攻撃しろ! 魔法だ! 魔法を使え!」
とうとう焦れた大神官ジラーが、グジンに変わって命令を下す。
「は、はい!」
「わ、わかりました!」
「聞いたか、お前達! 魔法だ! 魔法で泥草どもを皆殺しにしろぉ!」
教団軍はジラーの指示通り、一斉に泥草目がけて魔法を使う。
赤い弾丸が……これまで多くの者達を殺してきた弾丸が、泥草軍を襲う。
が、無駄である。
ぽふん。
いつものごとく、気の抜けた音と共に、あっさりと弾かれてしまう。
「ち、ちくしょう! 撃て! どんどん撃て! 撃てえ!」
大神官ジラーが叫ぶ。
「そうだ、お前達、撃つんだ! あの不信心者どもを根絶やしにしろ!」
高等神官イーハも叫ぶ。
叫びながら、自らも魔法を放つ。
必死である。
負ければ、自分達はオシマイなのだ。
必死になって魔法を放つ。
が、ことごとく効かない。
ぽふん。
ぽっふん。
ぽふふふん。
その全てがあっけなく弾かれる。
弾正はニヤリと笑い、こう言った。
「さあて、これより教団軍を1分で全滅させるとしようかのう。ものどもぉ! 一斉にやれい!」
「ははぁ!」
「わかりましたぁ!」
「ただちにぃ!」
弾正の雷鳴のごとく鳴り響く声に、泥草たちは打てば響くがごとく、即座に呼応した。
泥草たちは飛ぶ。
そして、空からゴム弾を一斉に放ったのだ。
「ぎゃん!」
「ぐぎゃっ!」
「ひゃぎっ!」
飛び交う無数の弾丸に、教団軍は次々と倒れていく。
「な、何をやっているのだ! お前達! いいから撃てはぎゅおっ!」
大神官ジラーが、ゴム弾を食らって倒れる。
「こ、この不信心者め! 神を冒涜するクズどもめ! よくもごふぎゃっ!」
高等神官イーハも倒れる。
「うそだ……こんなのうそだ……そうだ、これは夢だ……本当はボクは今ごろ大勝利をおさめているんだ……やったぞ……大勝りがぎひゃあ!」
軍率神官グジンも倒れる。
こうして教団がその命運を賭して結集した決戦軍3万は、あえなく全滅した。
「さあて、まずはおしおきと参ろうかのう」
弾正は朗らかに笑いながら言った。




