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魔力至上主義世界編 - 93 最終決戦 (4)

「ふふふん、ふふふん、ふんふふふん」


 軍率神官グジンは上機嫌で歌を歌っていた。

 何しろ泥草に『勝利』したのだ。

 さんざん煮え湯を飲まされ、自分達を悲惨極まりない姿にしたあの泥草たちが、今や死体と化したのだ。

 泥草の精鋭軍、そして何よりあの松永弾正という男さえ殺せば、残るは烏合の衆ばかりである。

 1人1人は強くても、肝心のまとめ役がいない。

 熊や虎は人間よりもはるかに強いが、地上の大部分を支配しているのは人間である。それと同じで、指導者を欠く組織など、どうとでもなる。グジンはそう考えていた。


「ふん。まあいい。よくやったな、グジン。とはいえ、この僕がお前に任せるだけの器があったからこその成果だということを忘れるなよ」


 太っていて、顔がテカテカと脂ぎっているため、ちょんまげ頭を合わさって、時代劇に出てくる悪徳商人みたいになってしまっている大神官ジラーは、鼻を鳴らしながら言った。


「そうだぞ、グジン。大神官様の言う通りだ。我々の器の大きさのおかげで勝てたということを失念してはならぬぞ」


 高等神官イーハもまたグジンをじろりとにらんで言う。


「はいはい、わかってますって」


 グジンはニヤニヤ笑いながら言った。

 彼は、大神官や高等神官が何を言おうが気にしなかった。

 何しろ今回の最終決戦の勝利で、この上もない名誉を獲得するに違いないからだ。

 そうなれば、大神官は退官ということになり、自分が新たなる大神官になってもおかしくないのだ。


「うふふふふ」


 グジンは嬉しげに笑う。


 パキリ!


 そんな中、妙な音が響いた。


「ん? 何か音がした?」


 グジンは部下たちにたずねる。


「え、ええ、何か変な音がしましたな」

「あれは……なんでしょう? 岩が割れるような音のような……」

「泥草どもが埋まった辺りから聞こえましたが……」


 部下たちはとまどったような顔で答える。


「ふうん。落下の衝撃でひびが入った岩が、今になって割れたのかな。まあ、いいや。大したことじゃない。それより、大神官様。泥草どもが混乱している今がチャンスです。さっそく泥草どもの町を攻めて……」


 パキパキパキリ!


 また妙な音が響いた。先ほどよりも大きな音。


「グ、グジン様、これはいったい?」

「いったいも何も、岩が割れているだけだろ。やれやれ。そんなことより次の作戦を……」


 パキパキパキパキパキリ!


 今までで一番大きな音が響く。そして……。


 ガラガラガラガラ!


 岩が大きく崩れる音がした。

 見ると、泥草が生き埋めになっているであろう岩々の積み上がった山がガラガラと崩れ、大きく砂煙が上がっている。


「な、なんだ、グジン! 何が起きた?」

「慌てないでくださいよ、大神官様。単にひび割れた岩が崩れただけですって。大したことはな……い……」


 グジンが固まった。

 大小様々な岩々が山のように積み重なり、その下に泥草が生き埋めされているはずの場所。

 その山の上に、泥草たちがいたからである。

 1人や2人ではない。何十人、何百人、何千人と、ぞろぞろ出てくる。

 ついには泥草軍3万人全員が姿を現した。

 その中心には、岩の山の上で仁王立ちしている彼らの指導者がいた。


「わはは、松永弾正、復活でござる」

「へ……?」


 グジンは目をパチクリさせ、しばし固まった。


 固まったのはグジンだけではない。

 大神官ジラーも固まっている。

 高等神官イーハも固まっている。

 教団の軍の面々も固まっている。


 彼らは確かに見た。

 泥草たちが落ちてくる大量の岩の下に埋まってしまったのを。

 そして、かろうじて(ほり)の中に逃げ込んでいたとしても脱出は不可能。しかも、堀の中では毒ガスが焚かれている。万が一にも生き残れる可能性はないはずだ。


 それなのに!

 それなのに!

 全員生きている!

 ピンピンした姿で、生き埋めになったはずの大量の岩の下から出てきた!


「な……ん……で……?」


 グジンは口をパクパクさせる。


「わはは、どうしたグジンよ。言いたいことははっきり言う。でないと伝わらないではないか」

「……な、なんで……」

「ほれほれ、がんばれがんばれ」

「な、な……なんで貴様が生きているんだーーーーー!!!???」


 グジンは叫んだ。


「なんで生きているとは失礼じゃな。人は皆、生きる権利がある。生きてその尊い命を全うする権利があるのじゃ。よいか、グジン。命というものはじゃな」

「そんなことを聞いているんじゃなああああああああい!!!」


 グジンは髪をかきむしって(髪はないが、かきむしるような仕草で)、全身から絞り出すような声を上げた。


「とすると、人はなぜ生きるかという哲学的な議題かのう? ふうむ、人はなぜ生きるか。なかなか難しい質問じゃな」

「ちがーーーーーう! おまえ! 死んだ! 死んだはず! 生きてない! なぜ生きてる! 意味不明!」


 混乱のあまり、外国人がカタコトで話しているかのごとき口調で、グジンが叫ぶ。


「わし! 生きてる! なぜなら! わし! 松永弾正!」


 弾正もまた、真似をしてカタコトで返す。

 グジンはバカにされたことに怒りで顔を真っ赤にした。


「お、おのれぇ! ボクをコケにしたなぁ! コケにしたなぁ!」

「いや、コケではなく、トマトにしようと思っておる」

「へ?」


 弾正の言葉に目をパチクリさせるグジン。

 だが、次の瞬間、グジンの元に泥草が3人飛んできた。


「ひっ!」

「ひゃあ!」

「わあっ!」


 あまりにも高速で飛んできたため、誰も反応できなかった。

 3人の泥草は、グジンと、彼とラブラブリボンでつながっているジラーとイーハの襟首をつかむと、上空へと飛んでいったのだ。

 あっという間に、ジラー、イーハ、グジンの教団3幹部は、20階建ての建物の屋上くらいの高さまで連れて行かれてしまう。

 泥草たちによって襟首をつかまれ、てるてる坊主みたいに空に吊されている格好だ。


「うわあああああああああ!」

「ひ、ひいいいいいいいいい!」

「や、やめっ、やめろおおおおおおおおお!」


 3幹部は悲鳴を上げる。

 こんな高さから落ちればひとたまりもなかろう。

 事実、泥草たちがぱっと手を放すだけで、彼ら3人は地上に落下し、つぶれたトマトみたいになってしまうのだ。


 そうやって上空で悲鳴を上げる3幹部のところに、戦国時代の鎧に身を包んだ1人の黒目黒髪の男が飛んでくる。

 松永弾正である。


「わはは。空の散歩はいかがかのう?」

「き、貴様ぁ!」


 グジンは怒りの声と共ににらみつける。


「ほれほれ。そう、にらむでない。そんなに怒るからハゲてしまったのじゃぞ」

「これはお前がやったんだろうがああああああああ!!!」


 グジンが怒りの咆哮を上げる。

 ジラーもイーハも、また怒鳴る。


「許さんぞ! 貴様さえいなければ! 貴様さえいなければ!」

「くそぉ! 死ね死ね死ねぇ!」


 顔を真っ赤にする。

 怒号を上げる。

 ついには吊されている状態で、魔法まで放つ。


 が、何の効果もない。

 自慢の魔法でさえ、いつものように、ぽふん、と弾かれて終わりである。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「ひぃ、はぁ、ふぅ……」


 魔法を撃ちまくったことで体力を使い果たし、3幹部は息も絶え絶えとなる。


「わはは。気は済んだか?」

「お、おのれぇ!」

「さて、ちくと、うぬらにたずねたい(むね)がある」

「たずねたい旨……だと……?」


 グジンが警戒もあらわに聞き返す。


「さよう。グジンよ。うぬは、味方であるはずのあやつらを皆殺しにした。合っておるか?」


 弾正が地上を指差す。

 見ると、泥草たちに引っ張られ、多数の補助部隊の兵(教団がおとりに使った農民兵達)が岩の山から()い出てきていた。

 岩にはいくつもの穴が空いている。どうやったかは知らないが、泥草達も補助部隊の面々も、岩に穴を空けることで出てきたのだろう。

 這い出てきたのは補助部隊の面々だけではない。土色の服を着た集団もいる。彼らは、堀の中に潜み、泥草たちが出て来たら毒ガスを焚いて自らの命を犠牲にして泥草を倒す役割を帯びた者達である。その彼らもまた、全員這い出てきたのだ。なぜ彼らが生きているのかはわからない。毒ガスを焚いていたはずなのに、なぜ死んでいないのかもわからない。が、ともかくも這い出てきたのだ。


「見えるか、グジン。あの農民兵達じゃ。うぬは、味方のあやつらを、わしらもろとも皆殺しにしようとした。それで合っておるか?」

「ふ、ふん。なんだよ、それ。なんでお前にそんなことを言わなあひいいいいいいいいいいい!」


 グジンが絶叫を上げた。

 グジン達を上空でぶら下げていた泥草たちが、上空でぱっと手を放したのだ。


「ひゃあああああああああ!」

「わひいいいいいいいいいい!」

「ひょげええええええええええええ!」


 ジラー、イーハ、グジンの3人は絶叫と共に地上に落ちていく。

 そして地面に激突して潰れたトマトになる寸前で。


 ガシッ。


 急降下してきた泥草たちによってキャッチされ、また上空へと連れて行かれる。


「ひゃ、ひゃひい……」

「あ、あわわ……」

「あ、あひいい……」


 3幹部は全員、恐怖で茫然自失としている。

 3人とも下半身が濡れている。失禁したのだろう。


「わはは、おもらしとは情けないのう」

「お、お、お、おのれぇ!」


 グジンが必死でにらみつける。


「さて、あらためて聞こう。うぬは、味方のあやつらを、全員殺そうとした。合っておるか?」

「く、く、くそお! ああもうなんだよ、しつこいなあ! そうだよ! ボクはあいつらを全員ぶっ殺そうとした。それがどうしたんだよ!」

「ん? よく聞こえんかったのう。もう一度申してくれぬか?」

「ええい! ボクはあの農民兵どもを全員殺そうとした。いいだろ、殺したって! あんな連中、いくらでも代わりはいるんだ」

「んん? やはりよく聞こえぬのう。もっとはっきり言ってくれぬか?」

「だ・か・ら! ボクは農民兵どもを皆殺しにしようとしたんだよ! み・な・ご・ろ・し!」


 いつの間にか、高度が下がっていることにグジンは気づかなかった。


 グジンたちはいつのまにか、その当の農民兵達のすぐそばまで連れていかれていたのだ。

 つまり、グジンの「ボクは農民兵どもを皆殺しにしようとしたんだよ!」という宣言は、ばっちりとその農民兵3万人に聞こえてしまったのだ。


 農民兵達はショックを受ける。


「な、なあ、今、グジン様、俺達のことを皆殺しにするつもりだって……」

「そ、そんな……」

「……じゃ、じゃあ、あの『絶対に死なないから大丈夫』って言葉は嘘だったのかよ……」


 人間、不思議なもので、強いやつが好き勝手やっている分には、まあ仕方ないという気分になれる。

 だが、弱いやつ、負けているやつが好き勝手なことをやると、同じことをやっていたとしても、なんだよあいつ、という気になってくる。


 今までであれば、教団が好き勝手にやっていても、誰もとがめ立てはしなかっただろう。

 彼らは最強なのだ。

 誰も勝てない地上でもっとも強力な戦力を保持しているのだ。


 だが、その教団軍は今や、自慢の作戦が失敗し、しかもジラー、イーハ、グジンの3幹部が情けなくも上空で宙づりにされ、情けなくもおもらしまでしている。

 泥草たちに好き勝手に負けている姿を目の前で見てしまっている。

 農民兵たちは、生まれて初めて教団が、それも雲の上の存在であるはずの大幹部たちが、泥草たちにいいようにやられてしまっている姿をその目ではっきりと見てしまった。


「……なんでだよ……なんであんなやつらに殺されなきゃいけないんだよ……」

「そうだよ……なんでだよ……なんであんなやつらに……」

「あんなのが俺達を殺そうとしたのかよ……」


 そうつぶやきながら、怒りをこめて3幹部をにらみつける。

 グジンたちはそのことに気づかない。


「さあ、もういいだろ! さっさとボクたちを降ろせ!」

「そうだぞ! いつまでも無礼だろ! 早く降ろせ!」

「この出来損ないめ! 不信心者め! 今なら許してやるから、早く解放しろ!」


 口々に叫ぶ。


「わはは、いいだろう。解放してやろう」

「「「……え?」」」


 3幹部はそろって驚きの声を上げた。

 まさか本当に解放されるとは思わなかったのだろう。


 弾正の言葉通り、3幹部は地上に降ろされる。

 3幹部はしばらくとまどったような顔をしていたが、やがて慌てて自分達の軍のところに戻る。


 弾正は大声を張り上げた。


「わはは! うぬらを解放してやった理由はひとつ。うぬらをすっきりさせてやろうという仏心じゃよ。

 うぬらもまだ負けた気がせぬじゃろう? 何しろ自慢の教団軍3万はまだ無傷じゃ。

 そこで、わしらがこれからうぬらをボコボコにして、二度と勝てないと思えるほどの目にあわせてやろうというのじゃよ。

 どうじゃ、優しかろう。わはは、礼は要らぬぞ」


 弾正の大声は教団軍にも届いていた。

 彼らの反応は怒りだった。


「なにを! 貴様ら、調子にのりやがって!」

「我らは地上最強の教団軍だぞ! 運良く岩から逃げ出せたからと言って、いい気になるなよ!」

「すぐにボコボコにしてやるからな! 覚悟しろ!」

「さあ、グジン様! ご命令ください! あんなクズなど、すぐさま八つ裂きにしてやりましょう!」


 教団軍の面々はそう言ってグジンを見る。


「え? あ、ああ……そ、そうだな。よし! お前達! 行くぞ! 出来損ないの泥草どもなど、粉砕してやれ!」


 グジンの叫びに教団軍は口々に「おおー!」「行くぞー!」「我らの力、見せてやれー!」と叫ぶ。


 そのため、弾正の「ま、おそらく1分で終わると思うがのう」という声は、彼らには届かなかった。

 もう片方の連載小説は完結しましたので、本作は近いうち週2程度に更新ペースを上げます。

 もう少し落ち着いたらですが。

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