魔力至上主義世界編 - 92 最終決戦 (3)
「さて、それじゃボクの本当の作戦を説明しましょうかぁ」
軍率神官グジンはのんびりした余裕たっぷりの口調で話し始めた。
「本当の作戦だと?」
大神官ジラーがいぶかしげに聞き返す。
「言ったでしょ? 敵を騙すには味方からって」
「……つまりお前が僕達に説明した作戦は嘘ってことか?」
「嘘の説明をすることも含めての作戦だったんですよぉ」
「ふん、ものは言いようだな」
ジラーは不快感をあらわにした口調で言った。
要するに部下に嘘をつかれて騙されたわけである。
偽の作戦を説明され、今日までずっと何ヶ月もそれを信じてきたわけである。
不快感は隠せない。
「それで? どういう作戦なんだ?」
これで勝てない作戦だったらただじゃ済まないぞ、と言いたげな口調でジラーが言う。
「簡単です。まず偽の作戦を泥草たちに流出させます」
「……流出、だと?」
「ええ。偽の作戦、つまり大神官様達に事前に説明していた作戦はこうでした。
素人部隊に見せかけた教団の精鋭部隊が、泥草軍をおびきよせ、岩山を崩して圧死させる。
我々の精鋭部隊は、岩が落ちてこない安全地帯に避難する」
「ああ、そうだったな」
「そして、この作戦を流出させる。泥草たちに聞こえるようにしてやるんです。どうせやつらのスパイはそこら辺に紛れています。わざとらしくない程度に作戦を噂させてやれば、すぐに耳に入るでしょう」
「まあ……そうだな……」
ジラーはうなずく。
「でもですね、よく考えてください。大きな岩山を崩すんですよ? そんな都合よく、岩が落ちてこないような安全地帯なんて、作れるわけ無いでしょう」
「む……」
その点はジラーも考えていたことであった。
それをあっさりとグジンが認めた。
「そして安全地帯がなければ、当然みんな死にます。泥草軍も教団軍もみんな岩につぶれて死にます。めでたしめでたし」
「し、しかし、それでは我々の軍も一緒に死んでしまうではないか!」
「言ったでしょ? 教団軍の連中は、あれは素人部隊に見せかけた精鋭部隊、と見せかけて本当に素人部隊です。そこらへんの農民を集めただけの連中です。いくらでも換えはききます。死んでも惜しくない連中なんですねぇ。だから、別に死んでもどうでもいいんです」
「む……」
グジンの言うことは事実である。
教団の人間を大勢死なせることがあっては、ジラーもグジンも責任を追及される。
しかし、農民を数万人死なせても、教団は「その程度なら別にいいか」と考える。
やりすぎれば民の反発を招くが、「まあ数万人程度なら」と教団は考えるのだ。
「ふふふ、それにしても、教団軍も泥草軍もさぞかし驚いたでしょうね。何しろ聞いていたより随分早く岩山が崩れてきたんですからねぇ」
グジンは楽しそうに笑う。
「い、いや、待て。だが、泥草どもは空を飛べるんだぞ? なんであいつらは飛んで逃げなかったんだ?」
「農民の連中がいたからですよぉ」
ジラーの疑問にグジンが答える。
「なに? 農民だと?」
「ええ。どうもね、敵の司令官の松永弾正と名乗る男。あいつは殺すのを嫌がっているようなんです。もちろん必要とあれば、いくらでも殺すでしょうけれどね、性格なのか計算なのか趣味なのか、できるだけ殺さないようにしている。
さて、そんな松永弾正の目の前で、農民達が腰を抜かして倒れていて、彼らの上に大量に岩が降ってきているんです。
弾正とやらはどんな指示を出すと思います?」
「……農民どもを助けろ、か?」
「正解です。きっとそんな指示を出します。事実、岩が降ってきた時、泥草どもは農民達を助けに向かった。しかし、助けようにも、もはや飛んでいるヒマはない。結果は、飛んで逃げることもできずに岩の下に埋まってしまった、というわけですよ」
「ううむ……」
ジラーは唸った。
実際、グジンの言う通り、泥草たちは岩の下に埋まっているのだから、文句のつけようがない。
だが、それでも気に入らなかったのだろう。
これまで黙っていた高等神官イーハが鼻を鳴らした。
「ふん、運がよかっただけではないか」
「んー?」
「泥草どもが、農民どもを抱えて、岩が降ってこない場所まで逃げ切れる可能性だってあったのだろう? たまたま運よく泥草どもが逃げきれず、生き埋めに出来たというだけではないか」
「あははははは!」
「何がおかしい!」
グジンの笑い声に、イーハが不快そうに声を上げる。
「あ、いえね、実はその言葉を待っていたんですよ」
「なんだと?」
「ほら、思い出してくださいよ。あの辺りには堀があるんです」
「む……」
確かにそんなことを言っていたのをイーハは思い出す。
確か堀はV字形に深く掘っていると言っていた。
断面図が、このような形になるように、細く深く掘っているのだろう。
土 土
土 土
土 土
土土 土土
土土 土土
土土 土土
土土 土土
土土 土土
土土 土土
土土土土土土土
この形であれば、確かに底までは容易に岩では埋まらない。
さらに堀は原っぱの中を延々と長く伸びていると言っていた。
上空から見れば、きっとこのような形なのだろう。
堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀
これだけ長ければ、全部が岩で埋まることはない。
仮に下図のように●の部分が岩で埋まったとしても、堀の底までは埋まり切っていない。だから堀をたどって歩いて行けば、やがて下図のA地点やB地点にたどり着き、地上に出られる、というわけだ。
堀堀A●●●●●●●●●●B堀堀
「ふふ。きっとこう思ったでしょう。堀があるから何なんだよ? と」
「む……」
グジンの言葉に、イーハが詰まる。
「あはは。そんな顔しないでもちゃんと説明しますって。
さて、泥草の立場になって考えてみてください。
彼らの頭の上から大量に岩が落ちてきています。農民たちのところに駆けつけるのに貴重な時間を使ってしまっているため、もう逃げる時間がありません。
でも、泥草たちは知っているのです。ボクたちが流出させた作戦のおかげで知っているのです。あのあたりには堀があるということを。V字型の深い堀があって、中に入れば助かる上に、地上に出る手段だってあるということを。
だったら、こう判断しますよね。いちかばちかで逃げるよりも、堀の中に避難しよう。そうすれば高確率で助かるのだから」
「バ、バカな! それでは、やつらが堀の中に逃げてしまうではないか!」
イーハは叫んだ。
V字型に深く掘った堀が長々と伸びているのであれば、泥草たちは、そこに避難することができる。
しかも、堀を通って歩いて行けば、やがて地上に出られると言う。
それでは結局、泥草たちを逃がすことになってしまうではないか!
「こ、こうしてはいられませんぞ、大神官様! 一刻も早く、泥草どもが地上に出る前に叩かねば!」
慌てるイーハ。
それに対し、グジンは平然とした口調でこう言った。
「大丈夫ですって。あいつらは地上に出られませんから」
「……なんだと?」
「第一に、堀が長々と伸びているというのは嘘です」
「嘘?」
「ええ、堀は短いんです。だから、全部岩で埋まってしまいます」
つまり、グジンはこう言っているのだ。
本当の堀はこんなに長くはない。
堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀堀
実はこの程度の長さしかないと。
堀堀堀堀堀堀堀堀
そして、この程度の長さしかなければ、容易に全部岩で埋まってしまうと。
「だいたいですね。いくらV字形に細く深く掘ってあるからと言って、絶対に底まで埋まらない保証なんてありません。埋まるときは岩で埋まってしまいます。
そうなってしまえば、もう脱出は不可能なんですよ? そんな危険な作戦できませんって」
「むむむ……」
イーハは言葉がない。
「さて、これで泥草どもは、実は脱出不可能な堀にまんまと誘導されてしまいました。結果、ご覧の通り、見事に生き埋めというわけです。でも、これだけだとまだ弱い。最後のパンチがほしい」
「まだあるのか?」
ジラーが驚きの声を上げる。
「ええ。泥草はゴキブリみたいにしぶといですからね。念を入れて入れすぎることはありません。最後のとどめ、それが毒ガスです」
「毒ガス? しかし、貴様、先ほど言っていたではないか。今日は風がないから毒ガスは使えない、と」
毒ガスは風上から風下の敵に向けて流すことで使う。風がなければ、毒ガスはそのへんに立ちこめるだけで、役に立たないどころか、味方を殺してしまう。
「あれは嘘です」
「嘘だと?」
「ええ。毒ガスは初めから使うつもりでした」
「し、しかし、風もないのだぞ。いったいどこで使うつもりなんだ?」
「堀の中です」
「え?」
ジラーが聞き返した。
「実は堀の中に、農民兵を何百人か入れておいたんです。ただの農民兵ではありません。大変に家族思いの農民兵です。
そして、ボクは彼らの家族を人質に取っています。
その上で、こう言ってあげました。
『堀の中に隠れているんだ。そして泥草たちがやって来たら毒ガスを使え。そうしたら家族は殺さないでやる』ってね」
「なんだと!?」
グジンの得意げな言葉に、ジラーが驚きの声を上げる。
「ふふ、名案でしょ? 岩で天井がふさがれた密室の堀の中で、毒ガスを使われる。
何百人もの農民兵によって一斉に毒ガスを使われる。
いくら泥草でもこれは確実に死にます」
「ぬぬぬ……」
「むむ……」
グジンの説明に、ジラーもイーハも言葉がなかった。
つまり、グジンの本当の作戦はこうだ。
・偽の作戦を流し、泥草を油断させる
・油断しているところに、予定より早く岩山を落とす。
・教団軍は、精鋭に見せかけた農民兵。予定外の事態に動けない。
・泥草軍はそんな農民兵を助ける。そして、確実に避難できる場所は堀の中。
・しかし、その堀は、実は地上への出口はなく、生き埋めになるだけ。しかも、中では毒ガスがたっぷり焚かれる。当然泥草は全員死ぬ。
「ふふふふ。あはははは! いいでしょ、この作戦。実に名案でしょ? ボクの天才っぷりがこれでもかというくらいに現れた完璧な作戦ですよ。うふふふふ。あっはははははは! いやあ、我ながら怖いくらいにパーフェクトな作戦です。ボクの名声は後世まで輝くだろうなぁ。詩や歌に残っちゃうなあ」
グジンは楽しそうに笑う。
ジラーもイーハも、確かに目の前にハッキリと『泥草たちを埋めている大量の岩』という成果が出ている以上、認めざるを得ない。
そんな『泥草たちを埋めているはずの大量の岩』が、かすかに動いた。




