魔力至上主義世界編 - 91 最終決戦 (2)
大神官ジラーは、軍率神官グジンから以前聞いた作戦を思い出していた。
それはこのようなものであった。
「まずですねぇ、素人に見せかけた精鋭部隊を、泥草たちと戦わせるんですよぉ。
一見すると、へっぴり腰の素人。でも実は全員プロの軍人です。
そいつらを泥草にぶつけ、泥草に押されるふりをして、ゆっくりとイリスの岩山に向けて後退させるんです」
グジンは得意げな顔でそう言った。
「後退させてどうするのだ?」
ジラーはたずねた。
「岩山の手前まで来たところで、一気に退却させるんですよぉ。
これまでいかにも素人らしくジタバタと戦っていた教団軍が、いきなりプロみたいに整然と、しかも迅速に退却をするんですよ?
泥草たちはあぜんとするに違いありません」
「ふむ。それで?」
グジンに続きを促す。
「その機をついて、一気に岩山を崩すんです。
岩山に事前に切り込みを入れ、何ヶ月もかけて工事をして、いつでも切り崩せるようにします。
もともと岩の城として中身がくりぬかれていますし、岩も存外やわらかいですし、どうにか工事は完了するでしょう。
そうなれば合図ひとつでいつでも崩せます。
その岩山を崩して一気に泥草どもにぶつけるんです」
「岩山をぶつける? でも、そんなことをしたら教団軍も一緒つぶれてしまうじゃないか」
そのへんはどうなんだ? とジラーは疑問を投げかけた。
「心配ご無用。岩山の崩し方には工夫がしてあって、安全地帯が出来るようにしてあるんです。
岩を崩しても、原っぱのその一カ所だけは岩が落ちてこないような、そういう安全地帯ができるような特殊な崩し方をするんです。
教団軍はそこに退却させます。
それに、もともとあの辺りには掘があるんです。いつか戦争があった時に使うかもしれないと思って、ボクが何年も前に用意しておいた堀ですけれどねぇ。
安全地帯に逃げられそうになかったら、その掘の中に逃げさせます」
掘ねえ、とジラーは言った。
「大丈夫か? 掘など、降ってくる大量の岩で埋まってしまいそうなものだが……」
「V字型に掘っているんですよ。それもかなり深く。だから、底の方までは岩は届きませんよぉ」
「岩で埋まらなくても、脱出はどうする? それじゃ、ただの生き埋めだろ?」
「掘は長く掘っています。たどっていけば、地上に出られるようになっているんです」
「だが、万が一、泥草たちが岩山から這い出てきたら?」
「その時は毒ガスの出番です。這い出るところを毒ガスで一網打尽にします」
このような作戦をジラーはグジンから聞いていた。
その時は、なるほどすばらしい作戦だ、と思ったものだが、今改めて思うと、色々と穴があるようにも思える。
例えばグジンは、岩山を崩す時に、教団軍が避難するための安全地帯が出来ると言っていたが、本当なのか? そうも都合よく安全地帯などできるものなのか? 当たり前だが、これまで岩山を実際に崩したことなど一度もない。ぶっつけ本番である。ただ崩すだけならともかく、安全地帯を作るような特殊な崩し方を事前テストなしにできるものなのか? 大丈夫なのか?
あるいは、そもそも泥草たちは空を飛べるのだ。いざ、岩が降ってくるとなったら、飛んで逃げてしまえばいいのではないか? あるいは逃げられないほどギリギリまで引きつけてから岩山を崩すのか? そんなことをしたら教団軍も逃げる暇などなくなってしまうではないか。
だが、このようなことは今考えても仕方のないことであった。
すでに決戦は始まっている。
教団軍は、一目でジラー・イーハ・グジンとわかる黄・青・桃色のヒラヒラミニスカートの男たちをその中心に抱えながら、徐々に岩山へと後退していく。
ジラーは緊張する。
岩山が崩れるタイミングを今か今かと見守る。
まだだ。
まだ少し。
まだあと少しかかる……。
そうジラーが思ったその時である。
突如として、岩山が崩れたのである。
メキリという音がしたかと思うと、予定よりも早く岩山が轟音と共に崩れて来る。
「バカな!」
ジラーは叫んだ。
崩れるのが早すぎるのである。あれでは安全地帯に行く暇など無い!
隣にいるイーハも唖然としている。
「ふふ」
グジンだけは笑っていた。
岩が降り注ぐ寸前、教団軍はあっけにとられていた。
目の前の状況をまるで予想できていなかった様子である。
降り注ぐ石を前に、ある者はあぜんとし、あるものは腰を抜かして尻餅をつき、ある者は足が震えて全く動けなかった。
そんな中、泥草たちはすばやく動いた。
地を疾風のごとく駆け、走り、動けない教団の兵達の身体を抱えた。
その直後、教団軍と泥草軍の上に岩が降り注いだ。
崩れる岩山から、大小無数の岩が雨あられのように落下する。
辺り一帯が、すさまじいまでの轟音と土煙に包まれる。
あれでは安全地帯など、とてもありえない。
やがて岩山が崩れ終わり、さっきまで戦場だった場所には、無数の岩がガレキのように積み上がる光景が浮かび上がっていた。
「な、なんだよ、グジン! これはいったい何なんだよ!?」
ジラーが叫んだ。
「ふふふ。敵を欺くにはまず味方からですよ、大神官様」
グジンは笑った。
ジラー・イーハ・グジンの3人は無事だった。
無数の岩が教団軍と泥草軍の上に落ちたのに彼らが無事だったのは、彼らがはじめから教団軍の中にいなかったからだ。
さっきでまで泥草とぶつかりあっていた教団軍。その中にいた黄・青・桃色の服を着た3人は実は影武者である。
本物は補助部隊の中にいる。
この時代の合戦として、戦闘部隊と補助部隊がいる。
戦闘部隊は槍を持ち、弓を持ち、魔法を放ち、戦う。
補助部隊は物資を運び、炊事や洗濯をし、馬の世話をする。
そういう役割分担が出来ている。
地位が高いのは戦闘部隊のほうである。
現に今回も、戦闘部隊に所属しているのは、みな、教団のエリートである軍の人間達である。
特権階級である聖職者の、さらに戦闘に特化したエリート集団である。
一方、補助部隊の地位は低い。
荷物運びなど、そこらへんの村人にでもさせておけ、と言わんばかりに、彼らは徴集された農民兵である。
代わりはいくらでもいるという認識である。
戦闘が始まっても、扱いは変わらない。
役立たずは引っ込んでいろとばかりに、戦場から離れたところに追いやられ、ただ戦いの様を見ていることしか出来ない。
そういう集団である。
ジラー達はこの補助部隊に紛れていた。
最終決戦の直前、
「大神官様は大将らしく、どっしりと構えていればいいんですって」
というグジンに対し、ジラーはこう答えた。
「ふん。こんなところでどっしりも何もあるものか」
『こんなところ』とはすなわち補助部隊の中である。
栄えある戦闘部隊の中には影武者を置き、自分達自身は補助部隊の中に紛れるというのがジラーは不満であった。
補助部隊の連中は、全員がボロ布を身にまとい、見るからに覇気がなく、だらだらしている。
それゆえ『こんなところ』と言ったのだ。
なお、紛れるに当たって、彼らは大量のボロ着を持ち込んでいた。
何しろ3人はよく目立つ。
弾正の呪い(彼らはそう呼んでいた)のおかげで、3人はヒラヒラフリルのミニスカート服を着せられているのだ。
その異様なカラフルさは、戦場ではよく目立つ。
おまけに呪いらしく、上から何か羽織ろうものなら、たちまちのうちに羽織った服が溶けてしまう有様である。
そこで、彼らは大量のボロ着を持ち込み、これを着込み、溶けたらまた次のボロ着を着て、とすることで、ごまかしていたのだ。
大神官である自分が、補助部隊ごときの中に紛れ、おまけにこんな汚い服を着なければいけないとは……とジラーは不満たらたらだった。
大神官様に何かがあったら大変ですから、と言ってグジンに説得され、しぶしぶ了承したが、それでも不満でいっぱいだったのだ。
「でも、もうこんなボロ着を着る必要はありません。いやあ、よかったですねぇ、大神官様ぁ」
「い、いやいや、待て待て!」
ジラーは叫んだ。
「どうしましたかぁ?」
「どうしましたかじゃない! い、いったい何が!? 何が!?」
ジラーが大声を上げる。
「だ、大神官様! それより何より、まず我が軍の者達が! 泥草どもが埋まったのは当然の天罰ですが、あそこに埋まっているのは我が教団の軍の者達でもありますぞ! そ、それが生き埋めに……」
イーハがそう言うと、ジラーははっとした。
「そ、そうだ! そうだよ、グジン! 軍が! 軍が埋まっちゃったじゃないか!? 何やっているんだよ、お前!」
教団による世界の支配には軍の力が必要不可欠である。
それに軍を3万人も失ったとあっては、たとえ勝ったとしても、他の教団幹部から責任を問われる。
ジラーはそのことを追求したのだ。
だが、グジンはこともなげに言った。
「ああ、大丈夫ですよぉ。あいつら、補助部隊ですから」
「……は?」
「ですから、あいつら補助部隊なんですよぉ。いくらでもつぶしていいやつら。代わりはいくらでもいるやつら。素人に見せかけた精鋭部隊、と見せかけて実は本当に素人だったんです。で、ここにいるのが補助部隊のふりをした本物の戦闘部隊です」
グジンはそう言うと、『補助部隊』に向けて大声で叫んだ。
「おーい、お前達! もう変装を解いていいぞぉ!」
グジンのその言葉に、補助部隊は「待っていました!」とばかりに自らの身を包んでいたボロ布をはぎ取った。
そこに現れたのは立派な法衣に身を包んだ男たちだった。
顔つきも、つい先ほどまでのだらけたものが嘘のように精悍になっている。
「な、な、な、なんじゃとおおお!」
ジラーは驚きの声を上げた。
グジンはその声を聞いてにっこり笑うと、こう言った。
「さて、それじゃボクの本当の作戦を説明しましょうかぁ」




