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魔力至上主義世界編 - 90 最終決戦 (1)

 最終決戦の日が来た。


 そこは広々とした平原だった。

 すぐ北には、イリスの町がある。場所としては、イリスを囲む城壁の一部をなしている岩山の近くである。

 草で覆われた原っぱが一面に広がっていて、大軍が展開できるだけの土地がある。


 合戦を行うには格好の場所と言えよう。


 その格好の場所に、教団軍3万人と、泥草軍3万人が対峙していた。


 教団軍は北側、つまりイリスの側である。背後にはイリスの岩山がそびえ立っている。

 泥草軍は南側である。


 時刻はまだ午前だ。

 陽はこれから高くなるだろう。

 空は良く晴れている。

 穏やかな日で、風ひとつない。


「うーん、この無風じゃあ毒煙は無理だナァ」


 軍率神官グジンは、のんきそうな声で、そうつぶやいた。

 毒煙を使うには、風上から風下へと、風に乗せて毒を流してやる必要がある。

 肝心の風がなければ、毒煙は使った側の周囲に立ちこめるばかりであり、ただのバカな自滅にしかならない。


「大丈夫なのか?」


 大神官ジラーが、ジロリとにらみつけながらたずねる。


「大丈夫ですよぉ。作戦は説明したでしょ? 毒煙はあくまで予備ですから。毒煙を使えなくても作戦には支障はありません。大丈夫ですって」


 グジンはそう言って、ケラケラと笑う。

 大神官ジラーと高等神官イーハは、そんなグジンのあっけらかんとした様子に(本当に大丈夫か?)といささか心配げになるが、今さら心配しても仕方がない。


「まあ、いい。しくじるなよ」

 とだけジラーは言う。


「大丈夫ですって。心配症だナァ」

「心配にもなる。何しろ失敗したら我々はオシマイなんだ。わかってるだろうな」

「もちろんですよぉ。ご安心ください。ボクの作戦は完璧です。大神官様は大将らしく、どっしりと構えていればいいんですって」

「ふん。こんなところでどっしりも何もあるものか」


 ジラーは鼻息を鳴らした。


 教団と泥草の両軍は、互いに横一列に広がるオーソドックスな陣形を敷いていた。

 図で描くほどのものでもないが、あえて描くならこうなる。



  <イリスの町>


 ●●●●●●●●●●


 ○○○○○○○○○○



 ●が教団軍。

 ○が泥草軍だ。

 図の上側にイリスの町がある。


 両者の数は、図を見ればわかる通り、互角だ。


「思ったよりも泥草の連中、数をそろえてきましたねぇ」


 教団軍の大将陣にいるグジンが、のほほんとした声で言う。


「感心している場合か。繰り返すが本当に大丈夫なんだろうな」

「そうだぞ、グジン。この戦いには、神の正義がかかっているのだからな」


 ジラーとイーハが口々に言う。


 彼らの言葉は事実である。

 この戦いには教団の浮沈がかかっている。

 もし勝てば、何とか教団にも挽回の可能性は残されているかもしれない。が、負ければ一貫のオシマイである。全てを失う。教団は取り返しのつかないダメージを負うし、大神官たちは、もはや今の地位には留まれなくなるだろう。

 ジラーは偉そうに威張るための権力を、イーハは神の教えを広めるための権力を、それぞれ失ってしまう。何よりも大事な地位と権力を永久に失ってしまう。

 それがわかっているから、彼らは何度も大丈夫かと尋ねずにはいられないのだ。


「もう、本当に大丈夫ですって。ボクも繰り返しますけど、大将らしくどっしり構えていてくださいって」

「なら、僕も再度繰り返すぞ。こんなところでどっしりも何も……」

「あ、ほら、始まりましたよ」


 グジンの言葉通り、泥草軍が動き始めた。

 最終決戦が始まったのだ。


 ◇


 泥草軍は、ゆっくりと前進を始めた。

 彼らの格好はラフである。動きやすいシャツに上着にズボンといったところで、ぱっと見、街中を歩いていそうな姿である。ボロ布と木の棒を装備していた前回の決戦時も、とても軍人には見えなかったが、今の彼らもまた軍人には見えない。

 武器すら持っていない。

 腰に袋をつけており、その袋からゴム弾を取り出して飛ばしている。それが彼らの武器なのだろう。


 一方、教団軍もまた、軍人らしく見えない。

 彼らは兜と胸甲こそ身につけているものの、法衣を身にまとっていない。法衣とはバリアを発し、魔法や矢や投石を防ぐ大切な装備品である。教団の象徴とも言えるものであり、教団軍であれば必ず着ているべきものだ。

 それを身につけていないのだ。

 おまけに剣を持っている。軍の主力兵器は魔法であり、剣は近接用の補助武器でしかない。なのに、その剣を魔法を使うための大事な右手にがっちりと握っているのだ。あれでは魔法は使えない。

 しかも、どこか及び腰である。

 構えといい、足取りといい、どこか素人臭い。まるでそこらへんの村で畑を耕している男に、無理矢理剣と鎧を着せたようである。


「まあ、実際はプロの軍人だがな」


 ジラーは言った。

 彼はグジンから事前に作戦の説明を受けている。

 その作戦の一環として、素人に見せかけた教団所属のプロの軍人を使う、ということも知っている。


(だが……うまくいくのか?)


 ジラーはここに来て不安になってきた。

 素人のふりをしたプロを使う、というのは前回のセイユの決戦でも使った手だ。

 そして、泥草たちにこてんぱんにやられている。


 一度使った手をまた使うというのは安易すぎやしないだろうか?

 それとも、失敗した手をあえてまた使うことで意表を突こうというのだろうか?

 だが、ああもわざとらしい素人の動きをしたら、かえって、実はプロだとバレバレなのではないだろうか?

 いや、案外露骨な方がバレないものかもしれない。だが、本当に?


 考えれば考えるほど、ジラーはわからなくなってくる。


 グジンに一言いいたくなるが、言ったところで、

「なあに言っているんですか。もう戦いは始まっているんですよ。今さらそんなこと言っても仕方ないですって。なあに、大丈夫ですよ。ボクたちには神様がついているんです。神様を信じて、あとはお祈りしましょう」

 などと言われるだけに決まっている。


 そんなのは嫌なので、ジラーは何も言わない。


 ジラーがそんなことを考えているあいだにも、戦いは進んでいく。


 戦いの推移は単純である。

 泥草軍が横一列のまま、ゴム弾を飛ばしつつ、前に進む。


 泥草たちは飛ばない。

 飛んで上空からゴム弾で攻撃すれば圧勝できるだろうに、それをしない。


「前回のセイユの決戦でもそうでしたけれどね。敵の司令官……あの謀反の神を自称する松永弾正とかいう男は、こういう(いくさ)というか合戦という場では、できるだけ堂々と地上で戦おうとする傾向があるんですよ。もちろん、どうしようもなくなったら飛びますけれどね。でも、できるだけ地上でどっしりと構えた上で決着をつけようとする傾向がある。そういう性格なんでしょう。だから、こちらもそれを利用するんです」


 グジンがそう言っていたのをジラーは思い出す。

 その予言通り、泥草たちはあくまで地上で戦う。


 それでも教団は押されている。

 教団軍は、その中央にイエローとブルーとピンクのミニスカートの男3人を抱えながら、少しずつ泥草に押し込まれている。

 飛んでくるゴム弾……おそらくまだ様子見といった感じで手加減して飛ばしているそのゴム弾を、「ひ、ひい!」と言いながら盾で防ぎつつ、後退していくのだ。

 そうして少しずつイリスのほう、それもイリスの城壁の一部をなしている岩山へと向かっていく。


(さあ、ここだ)

 とジラーは思った。


 あの岩山に罠が仕掛けてある。

 ジラーはグジンからそれを聞いている。

 実際に仕掛けのための工事をしているところも見ている。


 あれが決まれば泥草たちはさぞや驚くだろう。慌てふためくだろう。


(さあ、行け!)

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