魔力至上主義世界編 - 89 最終決戦前夜
最終決戦までの半年の間、双方の陣営が何をして過ごしていたかは、陣営ごとに異なる。
弾正たちは、ひたすらにエクナルフ地方の「制覇」を続けていた。
町や村の隣に、泥草たちの町や村を築き、豊かさを見せつける。
見せつけるほかは何もしない。
せいぜいが、ラジオを流したり、飢饉の時にたまに助けたりする程度である。それ以外のことは何もしない。
町や村では、教団への不満が日々高まっている。
民衆は、泥草ではなく、教団を選んだことを後悔していた。泥草を選んでいれば、今頃は自分も……と悔いていた。
それもこれも、教団が自分たちを騙したせいだ! 教団が悪い!
そんな不満の声が、露骨ではないものの、町や村のあちこちでちらほらと上がっていたのだ。
が、大神官たちは、その不満を無視した。
「ふん。要は最終決戦に勝てばいいんだよ。僕たちが勝てば、愚民どもが何を言おうが、構わん。何しろ勝っているんだ。勝者は何でも出来るんだよ」
大神官ジラーは、民衆の不満を訴える部下の報告を、そう言ってあしらった。
「大神官様もいいこと言いますねぇ。その通りですよ。ボクたちが勝てばいい。そうすれば、問題の泥草連中も崩壊するし、不満だって力で抑え込める。そうです、勝ちさえすればいいんですよぉ」
軍率神官グジンが、そう言って笑う。
「ま、クズの泥草に鉄槌を下すのは、神の御心に沿った行いでしょうからな。最優先でやるべきでしょう」
高等神官イーハも、真面目な顔で言う。
彼らの主張は、ある意味間違っていない。
最終決戦に負ければ、特にもし弾正が死ぬようなことがあれば、泥草陣営は大混乱に陥るだろう。
弾正だって不死身でもなければ無敵でもない。正しい手順で殺せば死ぬ。
アコリリスには、一寸動子の力や、神の子としてのカリスマ性はあっても、人をまとめ、引っ張る力は弾正ほどではない。そもそも弾正が死ねば、アコリリスは錯乱してまともに実務を行えなくなるだろう。
あとの面々は、ネネアにしても、ルートにしても、レーナにしても、巨大化した泥草集団を統率できる力はない。
その結果、暴走した泥草たちが一体何をするかはまだ誰にもわからない。が、ともかく泥草陣営の崩壊だけは間違いがない。
教団が狙っているのは勝利と、それにともなう泥草陣営の崩壊である。
そうして彼らは半年間、ひたすらに最終決戦の準備をした。
第一に軍を集めた。
その数、3万人である。
中世という時代においては、破格の人数と言えよう。
とはいえ、集めたら集めたで面倒ごとは生じる。
3万人の軍と補助部隊(農村から引っ張ってきた雑用係)の飯を用意しなければならないし、住居や生活物資も必要である。
幸か不幸か、イリスの人口は半減したばかりである。
住居はある。
それにイリスは大都市であり、物資の一大消費拠点であるから、流通経路もある。
商機と見たのか、商人たちも物資を持って集まってきている。
3万人の軍人と補助部隊を食わせるのに支障はない。
作戦の準備もした。
キーワードは圧殺と毒殺である。
このあたりはグジンに一任されている。
彼としても、これがラストチャンスであるとよくわかっている。
失敗したら文字通りお終いである。
であるがゆえに、グジンは彼にとって生涯最大級の芸術的な作戦を練り上げた。
練りに練った完璧な作戦であると自負している。
「ふふふ、これで泥草どももおしまいさ」
グジンは自信たっぷりにそう笑う。
前回はちょっと油断しただけで、自分が本気になれば泥草なんてひとひねりなのだと、泥草を倒す手段なんていくらでもあるのだと、グジンはそう考えていた。
本気で信じていた。
そうして余裕の笑みを浮かべるのだった。
大神官ジラーは、そんなグジンを見て「ふん」と鼻息を鳴らした。
ジラーはグジンが嫌いである。
自分より20歳も若いくせして、地位は自分より1個下なだけである。
地位だの権力だのが大好きなジラーからすれば腹立たしい限りである。
グジンとラブラブリボンで結ばれ、24時間一緒に過ごすようになって半年が経過しているが、それで情が芽生えるなんてこともなかった。
嫌いなものはやっぱり嫌いなのだ。
それでも、グジンの軍才だけは認めている。
セイユでは泥草相手に惨めに負け、そのせいで自分たちはこんな可哀想な姿になってしまい、実に腹立たしい限りなのだが、それでも軍才は認めている。
3万という中世において未曾有の大軍。
全員、教団の軍に所属する者たちであるとはいえ、さまざまな地域から集められたがゆえに寄せ集めの集団であったのを、短期間で確固たる指揮系統の確立した規律ある軍組織に仕立て上げたのはグジンである。
彼らはすでにグジンが命じれば意のままに動くようになっている。
軍というのは、命令通りに動かなければ、壊れた機械のごとく役に立たない。
雑多な集団を、瞬く間に有機的に動く機能的な組織へと変貌させたその手腕は見上げたものである。
そのグジンが本気を出す。
完璧な作戦を立て、完璧な軍を用意した。
その結果、待っているのは完璧な勝利だろう。
「ぷぷっ。泥草どもめ。さんざん手こずらされたけど、これで僕の勝利だ。勝利の暁には……ぷぷぷ。どうしようかな。
まずは、僕の姿を元に戻してもらおうか。元に戻せば命だけは助けてやる、って言うんだ。やつらがそれを信じて元に戻したら、その瞬間、『バーカ、嘘だよ。助かるって思っちゃった? 思っちゃった? うぷぷぷぷ、ざぁんねんでしたぁ』って言ってやろう。きっと絶望で顔を真っ青にするんだろうなあ。楽しみだなあ。うふふふふ」
ジラーはそうつぶやきながら、楽しげに笑うのだった。
高等神官イーハも、グジンに対する気持ちは同じである。
嫌いだ。
髪をキザったらしく伸ばして、キラキラの派手な服を着て、ナルシストで、聖職者としてあるべき上品で清らかな姿からはかけ離れている。
自慢の長髪が無残にも散り、ハレンチな格好をする羽目になった時は「いい気味だ」と笑ったものだったが、それでグジンの存在が許せるかというと、そんなことはない。
見た目が変わっても、キザったらしい態度は変わらない。
ムカつく。腹が立つ。
それでも、やはり軍才は認めている。
そして、グジンは嫌いであっても、グジンが率いる軍の力は信頼している。
教団が誇る軍の最精鋭部隊が本気になれば、泥草など粉みじんのごとく、吹き飛ばされるであろう。イーハはそう信じていた。
教団こそは最高なのだ。無敵なのだ。至高の存在なのだ。
「クズの泥草は当然皆殺しだ。それすらも生ぬるい。民衆の中にも泥草に毒された連中は大勢いるだろう。教団が民衆を厳しく管理していかねば。我ら教団こそが、唯一にして絶対の存在だと改めて教えてやらねばならぬ。
あらゆる娯楽は禁止だ。酒は禁止。美食も禁止。演劇も音楽もギャンブルも禁止。聖典以外の本も禁止。娼館などもってのほかだ。なにもかも禁止にしてやる。
そして教団の管理のもと、美しい世の中を作るのだよ。ふふふ」
イーハはそう言って、笑う。
こうして教団幹部3人は、楽しげに笑いながら、最終決戦を待ち望むのだった。
彼らは自分たちの勝利を確信していた。
教団が本気になるのだ、
出来損ないの泥草相手に負けるはずがない。
そう信じていたのだ。




